テラーノベル
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Jammingの長剣から命からがら逃げ延びたnullは、地下スラムの片隅で力尽き、機能停止寸前となっていた。
暗転していく視界の最後、ゴーグルを首にかけた一人の青年が覗き込んできた。
「おっと、大物が落ちてきたね。……安心しな、俺が直して―――。」
そこでnullはスリープモードに入ってしまった。
目覚めると、nullの体は完全に修理されていた。
そこはオイルと鉄の匂いが立ち込める、地下の小さなジャンク屋のような場所だった。
「お、起きたか。無理すんなよ、まだオイルの循環が安定してねえ」
青年は、そう言って人懐っこい笑みを浮かべている。
「あ、悪い。名前、言ってなかったよな。俺は『Plug』!俺はここでアンドロイドの部品を作ってるんだ。」
そう言うとPlugはnullのために淹れた安物のコーヒーを差し出した。
「あ、悪い。お前、コーヒーは飲まねえか。まぁでもさ、隣に温かいものがあると、なんとなく落ち着くだろ?」
Plugはそういいながら、nullの近くに湯気の立つマグカップを置いた。
冷徹な管理システムに支配された地上では、絶対にあり得ない「無駄で、温かい」人間の行動だった。
Plugは工具箱を手に取り、nullのテレビ頭に残った長剣の傷跡を、柔らかい布で丁寧に拭い始める。
「ひどい傷だ。システムの奴らは、お前たちをただの使い捨ての道具としか思ってねえ。汗ひとつかかないで、冷たい命令だけでお前たちを働かせるんだ。……でも、機械にだってさ、きっと魂みたいなものがあるって俺は思うぜ。」
その言葉は、感情を知ってしまったnullの回路に、深く、優しく染み渡っていくようだった。
nullの電子頭脳は、彼への警戒レベルを下げデータベースに『協力者・友人?』として書き込みを行う。
「お前、『null』って言うのか!……いい名前じゃん。これからは俺がついてる。よろしくな、null」
テレビの画面内に一瞬映し出された名前を見てそう言うと、Plugは汚れた手を差し出す。差し出された手をnullはぎこちなく握り返した。
その日の夜は、今まで経験してきたどんな夜よりも温かいものだった。
地下のジャンク屋で、静かな一夜が明けた。
十分に自己修復を終えたnullは、静かに立ち上がり、命を救ってくれた青年に告げた。
「……ありがとうございました、Plug。私は、行かなければなりません」
「お、もう行くのか? 寂しくなるな」
Plugは少し名残惜しそうに頭を掻くと、壁の棚から一本のデータケーブルを取り出した。
「地上は今、お前の捜索で大騒ぎだ。普通に行けば一発で捕まる。……ほら、これ。俺がスラムの隠し通路をまとめた最新のマップデータだ。お前のテレビ頭の後ろの端子に挿しな。データを転送してやるよ」
「……感謝します」
昨夜の温かいやり取りを経て、nullの電子頭脳はPlugを完全に『信頼』していた。
nullは背を向け、自らの端子に、Plugの手にあるケーブルを接続(プラグイン)させた。
――その瞬間。
ピキィィィィン! と、脳裏を焼き切るような強烈な電子警告音が鳴り響く。
「……!? 駆動系に、致命的なエラー。……システムが、強制ロックされました……!」
四肢のモーターが完全に停止し、nullはその場に膝をついた。
体に力が入らず、動揺しながらも、この状況を抜け出す方法を分析し出す。
「ハハッ、直撃! 駆動コード、完全同期完了!」
データ転送のコンソールを叩きながら、Plugの顔から先ほどの優しい笑みが消え、ゲスな嘲笑へと変わる。
「お前さ、自分が特別な『反逆者』にでもなったつもり? 地上で暴れてた優秀な執行官が、こんな簡単に引っかかるなんて笑えるわ! お前の首にかかった莫大な懸賞金で、俺は一生遊んで暮らせる特等市民サマになるんだよ!」
信じた相手の手で、自ら進んで罠(プラグ)を繋いでしまった。その事実が、nullの回路を激しく狂わせていく。
その瞬間、nullの視界が真っ赤な警告色(アラート)で埋め尽くされた。
バチバチと、頭の回路から見たこともない激しいスパークが飛び散る。
(……熱い。何だ、このエラーデータは。演算に存在しないはずのバグが、回路を焼き切ろうとしている……!)
「は? おい、なんで動けるんだよ! 拘束コードは完璧なはずッッ――」
Plugの顔が驚愕に歪む。nullの「怒り」という感情の出力が、完璧なはずのプログラムを力技で書き換え、粉砕したのだ。
「……これが、人間の『裏切り』というバグですか、」
nullが手をかざすと、周囲のジャンクパーツや電線が生き物のように蠢き、nullの右腕へと収束していく。
激しい赤いグリッチノイズを纏いながら、一本の漆黒の刃――【電磁直刀(グリッチ・ブレード)】が生成された。
刃の先をPlugに向ける。
「――不快だ。お前を消去する。」
「ひッ、ぅあ、悪かった! 冗談だ、待て、待ってくれよッ!」
命乞いをするPlugの声は、nullの耳には届かない。
暗いジャンク屋の部屋が、一瞬の内に暗くなると、すぐに一閃の赤い閃光が光った。
それは肉体を切り裂く音はしない。
存在そのものをシステムから抹消する、冷徹な電子音だった。
静寂が戻った部屋。
足元には、塵となって消えていくPlugの残骸。
nullは、手元で静かにバチバチと鳴る黒い刃を見つめる。
テレビ画面に、激しいノイズが走る。恐怖
なんてものはもうどこにもない。
今のnullの画面には、激しく明滅する赤色のノイズの奥に、激しく映る警告のランプが、暗闇の中でハッキリと冷たく灯っていた。
第4話:キケン
第5話:8月22日公開予定
コメント
1件
**みぅ🤍🥀** うわ……第4話、めっちゃ重かった……。最初のPlugの優しさにちょっとホッとしたのに、まさかあの展開で裏切られるとは思わなくて、読んでるこっちの心臓もバグりそうになったよ。nullの「怒り」がエラーとして回路を焼き切る表現、すごく好き。機械が感情でプログラムを書き換えるって、この作品のテーマだよね。次回どうなるんだろう……怖いけど気になる。