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「じゃあ、とびきり甘くしてあげるね」
ニコニコ笑ったお兄さんについて奥に進むと、やっぱりザワザワした葉っぱの音が聞こえる。
天井もなんて言うんだろう。天窓があるような天井じゃないのに、電気じゃない明かりが差し込んでるっていうか。
木漏れ日みたいな光で部屋の中が照らされていた。
私たちが入ってきた大きな扉が見えなくなった頃、そこにあったのは豪華なティーセットの置かれたテーブルだった。
すすめられるまま席につくと、お兄さんは慣れた手つきでお茶を注いでくれる。
「それで死神くんの聞きたいことっていうのは、ゆかりちゃんの寿命と、その運命について──だよね?」
お兄さんの言葉に、死神さんがうなずく。
だけどそれって、運命の神様に聞くんじゃなかったっけ?
どういうことなんだろうと思って死神さんとお兄さんを交互に見比べる私に、お兄さんは静かにカップを差し出してくれた。
お砂糖を入れたようには見えないのに、ものすごく甘くておいしそうないい匂い。
まだ熱いかもしれないと思いながらそっと飲んでみたら、たった一口で目の前がチカチカした。
おいしすぎるものを飲むと、目の前に星が飛ぶんだ。
そんな私をほんの少し笑ったあと、お兄さんは困ったように、なにもないところに手を伸ばした。
ガサガサガサッ
壁から枝が伸びてくる。
たくさんの葉っぱをつけた、立派な枝だ。
そのとたん、周囲の壁は一面の森に変化していた。
やっぱりここは、普通の部屋なんかじゃないんだと、少し緊張する。
「彼女の寿命がまだ尽きていないことは確実だよ。これが彼女の運命を書いた葉だ。大きくて立派な葉だろう?」
お兄さんが見せてくれた葉っぱは、本当に大きくて立派なものだった。
形は、ちょっと笹の葉に似ているかもしれない。
でも笹なんかよりもっともっと、縦にも横にも大きなものだ。
「ここに走る葉脈の数が、ゆかりちゃんの寿命を示してる。そしてどういう人生を辿るかが、この表面に詳しく書かれているはずなんだけど」
つらつらとお兄さんが説明するのを、死神さんが真剣に聞いているみたい。
きっとこのお兄さんが、死神さんの言っていた運命の神様なんだ。
そう思ったとき、急にゾッとした。
私、神様たちと一緒にお茶してるんだ。
死んじゃったんだ。
さっきまでは意味がわからない展開に大混乱していたけど、あのお茶を飲んだせいかな。
気持ちがほどけて──気がつくと、ボロボロと涙がこぼれていた。
「ゆかりちゃん?」
お兄さん、ううん、運命の神様が心配そうに顔をのぞいてくれる。
さっきから恥ずかしいところを見せてばかりだ。
声がひっくり返るところも、泣き顔も、全部かっこ悪い。
「ごめっ、ごめんなさい……っ! すぐ、涙、止めますからっ」
「無理に止める必要はないよ、大丈夫。だけどどうして泣いてるの?」
優しい声に、また涙が出てくる。
「だって私、家族になにも言えないまま死んじゃって……!」
「え?」
運命の神様は、私の言葉になにかひっかかったみたいだった。
「……死神くん? きみ、彼女をつれてくるときになんて言ったんだい?」
神様、なにか怒ってるみたい。でも死神さんはそんなこと気にしてないみたいに、ふんとそっぽを向いていた。
「一回マジで死ねって言っただけだ」
「それ、全っ然『だけ』じゃないから」
ぎろりと死神さんを睨んだあと、運命の神様は長い長いため息をはく。
「ごめんね、この神本当にコミュニケーション能力に問題があって……。少なくとも君はまだ死んでないから、安心してほしい」
「ほ、本当ですか?」
「もちろん」
やわらかい布が、涙をぬぐってくれる。
なんだか、すごく暖かかった。
「家の中にあったきみの体も、ちゃんと死神くんが安全な場所に移動させたんだ。今は病院にいる。一度心臓は止まったけど──今はいろんな人が必死に、きみの命を守ってるよ」
死んで、ない?
耳から入って、頭で理解できたとき、へなへなと力が抜けるのを感じた。
まだ、死んでない。
私の死にかけ回数が一回分増えたけど、それだけで済んだ。
お父さんやお母さんには会えるし、友だちとも遊びに行ける。
大好きな配信者の動画も見られるし、好物のチョコレートだっていつでも食べられるんだ。
……ホッとした。
「本当にごめんね。だけどこの神もちゃんと神様だから、寿命が尽きていない子を死なせるようなことはしないよ」
運命の神様が死神さんを肘でつつくと、死神さんは頬杖をついたみたいだった。
だけどそれならそうと、ちゃんと説明してほしかった。
説明してくれれば、あんな風に泣いちゃうこともなかったのに。
唇をとがらせて死神さんを見ていると、運命の神様はこほんと咳をした。