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【嘆きのバイト〈面従腹背〉編】
「この茶托、もう洗ったんですか。そのまましまって大丈夫ですか。」
「拭きましたが、完全に乾いてからの方がええと思うて、そこに置いてますが。」
「洗うか、アルコール吹き付けてください。ここにありますから。」
「木製やから、どうなんでしょうねぇ。」
「すぐに洗ってください。やらないと先生がうるさいんです。」
「先生」とは、わたしの勤め先の一つが士業の事務所で、先日引退した有資格者であり、二つの事務所の合併前の元所長のことである。大病を患ったので、ウイルスや細菌に敏感なのは理解できる。しかし、引退したばかりで、後片付けであと数日来る以外には事務所には現れない。その日も来ていなかった。
「すぐに洗って」
とほざいたただのバイトの彼女は、余程洗い物が嫌いならしく、いつも来客の後は、下げた湯呑と茶托を流しに置きっぱなしにする。自分の家ならば好きにすればよいが、ここは違う。職場であり、いつ次の来客があるか分からない。わたしが気づけば代わりに洗っていた。
その日の最初の来客の際には、一度担当者と昼食を摂るために外に出た直後に、わたしが下げて湯呑はすぐに洗った。茶托は木製なので、乾いた紙で拭いて、風通しのよい場所に置いていた。
木製のものは、水に濡れっぱなしにしておくと、当然、カビや反りの原因になる。わたしは乾いた紙で拭き、濡れていたら室内の風通しの良い場所に置いて乾かしてから所定の場所に片づける。汚れたらスポンジで洗うこともあるから、その後はよく水気を切って紙で拭いてできるだけ水分を減らしてから伏せておくが、その時はそれ程ではなかったので、紙で拭いてから棚の中にしまわずに上に置いていたのを放置したと勘違いしたのか、気に入らんかったのか、単に何か文句が言いたかったのかどれかやろう。
「そんなにいいものではないので、ダメになったらダメになったで、買い替えればいいですから。」
と彼女は言うたが、
「自分が楽をしたいだけやろ。それに、会社の備品を簡単に『買い替えれば』って言うな。お前のカネで買うんちゃうぞ。」
と思うても口にはしないし、
「すぐに洗わずに流しに置きっぱなしにしてある方が、余程衛生面で問題があると思うけどな。」
などと余計なことも言わない。
「はい。わかりました。」
とだけ返しといた。彼女とこれ以上会話をしたくはないので。
その代わり、彼女のために、その日二度目以降の来客洗い物は残しておいた。
自分の性格が悪いという自覚はあるが、自分は楽をしたいのに他人にあれこれ指図する人間は嫌いやし、前々から彼女の言動に対して頭にくることも多かったので、言葉も行動も最小限に留めておくことにしているんである。
ちなみに、わたしはコーヒーが好きでよく淹れるが、衛生面を気にして、使い捨ての紙コップを持参している。そして、彼女が注文するものが口に合わないので、コーヒーも自分で用意している。