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アイゼン様の風邪が完治してからというもの
宮殿の空気はどこか奇妙な、それでいて熱を帯びた甘い緊張感に包まれていた。
これまでは、私が一方的に癒やしを「与える」側で、アイゼン様はそれを静かに「受け入れる」側。
けれど、あの一夜を境に、二人の間に流れる空気は決定的な変化を遂げようとしていた。
ある日のこと
「……ノエル、今、手は空いているか?」
午後の執務室の前を通りかかった私を呼び止めたのは、近衛騎士たちでも宰相でもなく、アイゼン様本人だった。
普段なら、執務中の皇帝陛下に近づくことさえ許されない。
用事があれば護衛の騎士を通じて呼ばれるのが常なのに
彼は自ら重厚な扉を開け、待ちわびていたかのように私を見つめていた。
「はい、アイゼン様。ちょうどお洗濯の確認が終わったところで……。何か、御用でしょうか?」
私がいつものように駆け寄ると、アイゼン様はわずかに視線を逸らした。
驚いたことに、白磁のような彼の耳の端が、微かに赤く染まっている。
「いや……そうではない。その、これを……お前にと思ってな」
差し出されたのは、掌に乗るほどの小さな
けれど目も眩むような繊細な彫金が施された宝石箱だった。
おそるおそる蓋を開けると
そこには私の瞳の色と同じ、淡い真珠色の輝きを放つ大粒の首飾りが鎮座していた。
「ええっ!? こ、こんな高価なもの、いただけません! 私、ただ看病をさせていただいただけなのに……」
「看病の礼ではない。……いや、その礼でもあるが、もっと別の意味も含まれている。……とにかく、数ある中からお前に一番似合うと思って、俺が選んだんだ。受け取ってくれ」
「俺が選んだ」という低い響きに、私の心臓は裏返るほど跳ね上がった。
帝国の頂点に立つ皇帝が、公務の合間を縫って宝飾店に指示を出し
自らの審美眼で、名もなき私一人のために贈り物を吟味する。
それがどれほど重く、特別な意味を持つのか。
世間知らずの私でも、その熱量に目眩がしそうだった。
「あ、ありがとうございます……。一生の宝物にして、大切にしますね」
「……大袈裟だな。…それと、もう一つだ」
アイゼン様が、さらに一歩、私との距離を詰めた。
あの日、看病の時に触れた逞しい胸板が目の前に迫り、清涼な彼の香りが鼻腔をくすぐる。
思わず息を呑んで立ちすくむ私に、彼は逃げ場を奪うような低い声で囁いた。
「今日の午後は空けておけ。……二人で、庭園を歩きたい」
「二人……きりで、ですか? 騎士団長のカイル様や護衛の方たちは……」
「……いや、今日は、皇帝としてではなく……ただの男として、お前と過ごしたいんだ」
〝皇帝してではなく、ただの男として〟