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――陽も暮れた頃、何とも云えぬ雰囲気に包まれた屯所内。
誰も声を発する事はない、いや出来ないのだろう。
それ程、兄弟の死は皆に影響を与えてくれた。
勿論、オレ自身にもな。
まあオレが何時でも極力口を開かないのは、この冷静理詰めな思考による所が大きい。
そろそろ腹も減ったのだが、催促もせず黙して語らないのは、オレは空気を読めるという事。そこら辺の事情はきちんと弁える事が出来る。
猫も人間も空気が読めない馬鹿が多い。
特に人間は空気を読まずに、ミサイル発射ボタンを簡単に押しかねない。
結果、戦争の火種になる事すら分からず……。
オレみたいなのが種を越えてもっと世に溢れれば、世界はきっと平和になるだろう。
エルドラード万歳という訳だ。
『お邪魔しま~す』
ほら来たよ、空気を読めない馬鹿が一人。
ガラガラーンとした寂れた取手音と共に姿を現すは、やはりというかあのはずれ者。
オレのトップランクに位置するお目出度い奴だ。
そういや夕刻にまた来ると言ってたな昨日。
『来る前にちょっと買い物してきてな。仔猫用のミルクとかフードを買って来たよ』
独り言でも呟きながら、はずれ者はずかずかと居間内に上がり込んで来た。
ここまで空気が読めないのも珍しい。察しろよ場の雰囲気で。
しかしその手に掲げられる白い袋に有るのは、恐らくヨーモニーなオレの為の重要食。
オレは空気が読めるのでがっつく事はしないが、ゴクリと固唾を呑み込んでいたのは内緒だ。
誰にも悟られぬよう、然り気無く呑み込むのがまたオレらしい。
『ん? どうしたの?』
蛙並みの鈍さを持っているとしか思えないこのはずれ者は、遅蒔きながらもようやく異変に気付いたようだ。
てか気付くのが遅い。その無駄に発達した脳は飾りか?
『シンちゃん……今朝ね――』
落ち込んでしまって見るに耐えない、オレのナイーブな心まで痛ませる女神が、事情を説明しようとするも堪えきれず、はずれ者の胸へと飛び込んでいた。
『そうか……』
都合良く、こんな時だけ察したのだろう。はずれ者はその胸で嗚咽する女神の滑らかな栗色の頭を、哀しそうに見せ掛けた裏満載の表情で、子供をあやすようになで続けていた。
ふん……茶番もいいところだ。
変なドラマの見過ぎなんじゃないかと、周りの目も省みず恥ずかしげもなく、そんな迷シーンを再現してくれる二人に呆れそうになるが、場の雰囲気としてはこれが正しいのだろう。
そこら辺の事情は、オレも弁えているつもりではある。
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――その日は結局、女神を落ち着かせる為か己の欲望の為かは知らないが、はずれ者は此所で泊まっていく事になってしまった。
その事実に一瞬オレのこめかみはピクリと浮かび上がるが、こいつは意外と話が分かる奴だった。
“はずれ者の癖に生意気だ”
買ってきたと思わしき、ヨーモニーな栄養食をしっかりと準備し、空腹で怒り心頭だったオレにきっちりと振る舞う。
少しは見直してやろう。ランキングトップスリーからファイブへ格下げだ、おめでとう。
――腹も膨れ、お休みの時間。
流石のオレも今日は疲れた。
兄弟との別れはオレの中で、大きなターニングポイントの一つになったと思うが、何時までも気にしてはいられない。
オレ達に出来る事は、兄弟の分まで生きる事なのだから――
と、なんて哲学的なのだオレは。自分で自分が怖い、その見事なまでの理論的思考に。
一つの別れを乗り越え、オレの新たな猫生が始まるーー。