オレ達二人は――すまん二匹だったな。女神とその他、これはどうでもいいが、献身的な介護もあり、特にトラブルも無く、走れる程までに成長を遂げた。
特にその他に可愛がられていたのは、意外にもオレではなく雌の方だった。
人間もそうだが、どの種も例外無く雌には弱い。
本能に忠実で現金な連中に、普通なら抗議の雨あられだが、オレはきっちりと現状を把握出来る。
とにかくこの雌の兄弟は人懐っこいのだ。
活発かつ愛くるしくすり寄っていく姿は、単純な連中からすれば、心落とされるのにそう時間が掛かる訳なかろう。
その策士ぶりに失笑しながらも、雌の世渡り上手ぶりには目を見張る所もある。
それはオレも感心せざるを得ない。
『何がいいかな?』
『迷うね……』
話が脱線したな。今日屯所内にはずれ者含む、全員総出でオレ達を取り囲んでいるのは、目出度い襲名式だからだ。
何故こんなに遅れたのか不明だが、それは人間の事情ってやつだろう。
無名だったオレにも、ようやく名前がつくと思うと、オレもやはり猫の子。期待混じりの高揚を隠せないでいた。
『じゃあこの子は“シロ”ね』
『決まり~』
女神の一言は鶴の一斉となり、強制的に雌の兄弟のネーミングが決定した。
白毛だからシロ。
「プッ……ククク! 良かったなぁシロ?」
普段は冷静で寡黙なオレでも、今回ばかりはこの単純明快さに吹き出してしまった。
「シロ……駄目っ!」
きっとオレを殺す算段に違いない。
恥も外見も捨て、オレは畳の上で転がり回ってしまった。
「何が可笑しいのよ!? 良い名前じゃない? と言うより御主人様が付けてくれたんだもん。何であれ、それらは全て宝物になるわ」
雌の意外な言葉に、オレの回転も止まる。
コイツはこの単純な名前を、喜んで受け入れたのだ。
“シロ”
やっぱり駄目だ! オレは再度回る。
しかしその気持ちも分からんではない。
その他大勢からは断固否定だが、女神が名付け親になるのならオレも受け入れよう。
ただしオレに相応しい、格好いい名前にしてくれよ?
幸運な事にオレは雌兄弟とは違い、白と茶に彩られた神の黄金比率の如き毛並みを誇るから、恐れ多くて間違っても“シロチャ”なんて、訳分からん名は付けないだろう。
オレは期待して女神の命名を、回りながら待った。
『この子の名前は……』
うんうん。それで?
女神の艶やかな唇から紡がれる次の一声に、オレの心臓はショート寸前。
まだこんなに興奮する事が出来るのだ。つまりこれはオレが期待してるという証な訳で――
『ほし……この子は“ほし”』
期待とは裏腹に、オレは耳を疑った。きっと幻聴だろう。
『あなたは“ほし”よ。ねえ~?』
女神がうわ言のように寝惚けながら、オレの頭に手を差しのべてくる。
よく耳をかっぽじっても、どうやらそれで間違いないらしいがちょっと待て。
何だその“シロ”以上に、何の関連性も脈絡も無いネーミングセンスは?
オレは疑いたくなくとも、女神のセンシリビティを疑い始めた。シロの事例もある。
ほら、もっとあるだろ? ジャン・グリード・ダンディムとか、レオパルド・デカプリンとかオレに相応しい名が――
『お気に入りみたいね、ほし~』
こういう時、言葉が交わせない種別の辛さよ。
オレは断固抗議したが伝わらなかったようだ。
『姉ちゃんほしって? あぁっ!』
弟の馬鹿なミーノスが馬鹿な事に気付いて、馬鹿な声を上げた。
『そうよ。あのほし……』
『確かにそっくりだ』
お前らだけ納得してないで、速やかな状況報告をしろ。オレは期待を裏切られて機嫌が悪いのだ。
『きっとこの子は、ほしの生まれ変わり……』
『毛並みとかそっくりだもんね』
どうやらオレは、此所で以前飼われていた猫にそっくりらしい。
生まれ変わりとか輪廻転生とか馬鹿な話だ。
オレはオレでしかない。
女神がやけにオレに目を掛けていたのは、つまるところ昔の面影をオレに見ていたのだ。
ナンセンスだ。オレはそんな見た事も聞いた事もない奴の代わりなんかではない。
女神はオレを胸元に抱き締め、『ほし、ほし』と愛しい者を呼ぶかのように連呼。本当に嬉しそうだ。
だからこそオレは受け入れていた。このほしと言う名を。
オレの名前がジャン・グリード・ダンディムではなく、ほしで決定した瞬間だった。
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