テラーノベル
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昼休み。教室の片隅で、私はコンビニの菓子パンをかじっていた。隣の席は空いてる。向かいの席も空いてる。
誰かが来ることも、話しかけられることも、最初から期待していない。
スマホの通知を何度か確認してから、私は小さくつぶやく。
「……ゼロ、っと」
その声も、誰にも届かない。
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私の名前は**片倉 結惟(かたくら ゆい)**。
高校2年生。中の下の顔面、中の下の成績、中の下の人生。
“嫌われてはいないけど、好かれてもいない”。
どこにでもいる、空気のような人間だ。
空気には、誰も興味を持たない。
空気には、何の価値もない。
でも私は、その空気の中で、ずっと息が詰まりそうだった。
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母は夜遅くまで働いていて、最近はほとんど喋らない。
部屋の壁越しに、くぐもった咳だけが聞こえる。
朝ごはんはレトルト、会話は「行ってきます」と「おかえり」だけ。
そんな生活が、もう半年以上続いている。
クラスでは、**瀬川玲那(せがわ れいな)**が“中心”だ。
SNSでは2万フォロワー、自撮り投稿にファンが群がる女王様。
彼女が笑えば皆が笑い、沈黙すれば誰も喋らない。
私は彼女の1メートル外にいて、ずっと“その他大勢”だった。
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その日、母が倒れたという電話が学校に入った。
倒れたのは朝方、台所で意識を失っていたらしい。
担任の椎名先生は気まずそうに言った。
「疲れとストレスが原因みたいで、
しばらく入院になるかもしれないって
何か力になれることがあればいつでも言えよ。」
私は、なぜか泣けなかった。
泣いたら、壊れてしまいそうだったから。
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夜、スマホを見つめながら、私はただ指を動かし続けていた。
誰かに助けてほしい、でも誰にも頼れない。
誰かに気づいてほしい、でも存在に価値がない。
スクロールした先で、ふと止まった。
《【感情を殺したい人へ】
泣き疲れたら、心のスイッチを切ればいい。》
リンク先は、無機質なサイトだった。
白い背景に、淡々と並ぶテキスト。
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*■感情を殺す方法(STEP1)*
「今日、あなたが感じたすべての感情」を書き出してください。
喜び、怒り、悲しみ、不安、虚無、羨望。
それぞれに“○=役に立つ / ×=役に立たない”をつけましょう。
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私はためらいながら、やってみた。
・昼休み、誰にも話しかけられず寂しかった → ×
・母が倒れたと聞いて不安になった → ×
・玲那のインスタのいいね数を見て虚しくなった → ×
・「どうせ私なんか」と思ってしまった → ×
× × × × × × × × ×
全部、役に立たなかった。
私の感情は、生きるために何の意味もなかった。
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その瞬間、何かがスーッと冷えていった。
胸の奥でぐちゃぐちゃに絡まっていた何かが、
少しだけ“音を立てずに”ほどけていったような気がした。
そして私は、画面の下に表示されたリンクを、
迷いなく、タップした。
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あなたは今、感情の外に出ようとしています。
世界を“動かす側”へ、ようこそ。
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それが、すべての始まりだった。
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