テラーノベル
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翌朝、教室に入ると、玲那の笑い声が響いていた。
アイロンで巻いた髪、バッチリ決めたメイク、香水の甘い匂い。
昨日と同じ、完璧な“玲那”。
でも――
私は、昨日とは違う目で彼女を見ていた。
⸻
私はもう、感情を信じていない。
だからこそ、他人の感情が“嘘”だと気づくようになった。
笑っていても、目が笑っていない人。
うなずきながら、爪を噛む人。
楽しそうに話しているのに、スマホを1秒おきに見ている人。
それらすべてが、「不安」や「支配欲」や「承認渇望」の現れだ。
そして私はそれを、見抜けるようになってしまった。
⸻
昼休み。
玲那のグループに近づき、わざと声をかけた。
「玲那、そのアイシャドウ変えた? なんか今日、目がはっきりしてる」
「えっ、分かる? やっぱ似合うよね、これ♡」
玲那は嬉しそうに笑った。
でもその直後に、私はこう続けた。
「でもさ、ちょっと寝不足っぽく見えるかも。疲れてる?」
玲那の笑顔が、一瞬だけ硬直した。
でもすぐに、取り繕うように笑って言った。
「ううん、大丈夫〜! てかメイク濃いとそう見えるよね!」
その声が少しだけ高くなっていたのを、
周りの子たちは気づいていなかった。
けど、私は気づいた。
その反応は、
“揺れてる”証拠だ。
⸻
放課後。トイレの鏡の前で、玲那がメイクを直しているのを見かけた。
何度も何度もコンシーラーを重ねて、
目の下をこすって、鏡に顔を近づけて、
スマホのインカメラで確認して、また直して――
その姿は、美しくて、哀れだった。
“他人にどう見られているか”だけが、彼女の全てなんだ。
だったら、そこを壊せばいい。
ちょっとずつ、“美しさ”という仮面を溶かしてやれば。
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その夜、私はPDFの次のステップを開いた。
■Step2:「相手の“感情の自己像”を少しだけ傷つけろ」
褒める
少し否定する
他人を引き合いに出す
この3ステップで、相手の自己像は揺らぎ始める。
重要なのは、善意のふりをすること。
私は笑った。
これは、簡単なゲームだ。
⸻
次の日。
私は玲那に、もう一言、加えた。
「玲那って、自撮り上手いよね。
川上さんも最近投稿してるけど、あの自然体っぽい雰囲気も可愛いと思うな〜」
玲那はまた笑った。
でも、明らかに、声が乾いていた。
⸻
クラスに戻ると、**西園寺 瞬〔さいえんじ しゅん〕**が教室のドアに立っていた。
彼は静かに私を見たあと、こうつぶやいた。
「君……人を壊すの、得意なんだね」
私は何も言わなかった。
でも、胸の奥で冷たい何かがスッと立ち上がった。
(見てる奴が、もう一人いる)
⸻
私はパンをかじりながら、窓の外を見た。
世界は変わっていない。
でも、私の見え方が変わった。
人間は、脆い。
感情は、壊せる。
そして私は、それを理解してしまった。
⸻
“これで、私は背景じゃなくなる。”
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