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#夢
凪川 彩絵
瑠璃香は鞄を持つ手にグッと力を込めると、ニコッと笑って見せた。
(……信じるって、決めたんだから、私、頑張れる)
晴永が創業者一族の人間である以上、こういうことはこれから先も起こるだろう。それを覚悟しなければいけない、と思った。
彼の隣にいるということは、きっと、そういうことなのだ。
瑠璃香は、なけなしの理性を懸命に搔き集める。
「……大丈夫です」
意識して、声を整える。
「お仕事なら、仕方ないです」
「本当にすまない。――なるべく早く終わらせるから」
「はい、待ってます。でも……無理だけはしないでくださいね」
できるだけ明るく。
できるだけいつも通りに。
そう言ってから玄関脇へ避けると、晴永が慌ただしく出て行った。
家の中がしん……と静まり返る。
家の外から車のエンジン音がして、晴永が出て行ったのが分かった。
(晴永さん、スーツ姿じゃなかったけど大丈夫かな?)
そんな心配がふと頭をよぎる。会社に替えの服くらいあるだろうと思い直しはしたものの、彼を見送った途端、支えを失ったように瑠璃香は壁に手をついた。
(……仕方ない、よね)
そう思う。
そう思おうとする。
だって彼は、嘘をつくような人じゃない。
社長補佐になってから、ものすごく忙しくしていることも分かっている。
(だから、こういうドタキャンも仕方がないこと――。大丈夫。私、ちゃんと理解してるよ?)
そう、自分に言い聞かせる。
そうやって、胸の内へ確かに存在するざわつきに蓋をした。
瑠璃香は自分を鼓舞して前を向いた。
玄関先に設置された姿見に、自分の姿が映っている。
いつもより時間をかけて施した化粧と、そわそわしながら選んだ服。そうして左手薬指で光る指輪が、行き場をなくしているように見えて――。
瑠璃香は、しばらくその場に立ち尽くした。
この気持ちを消化するには――。
瑠璃香は鞄からスマートフォンを取り出すと、アドレス帳を開いた。
少しだけ迷ってから、ひとつの名前をタップする。
コール音が、やけに長く感じられた。
『はーい、もしもし! おはよー、瑠璃香ぁー。ちょうど今起きたトコ。……もしかして、私へのモーニングコールだった? さすが瑠璃香、分かってるじゃん!』
屈託のない明るい声に、ちょっとだけ肩の力が抜ける。
「……ふふ、おはよう、悦子。起こしちゃったかな、ごめんね。あのね、もし今日……悦子が空いてたらでいいんだけど……お出かけしない?」
悦子のノリに合わせて小さく笑ってみせたものの、後半になるにつれて、瑠璃香はわずかに息を詰めた。
とにかく一人でいるのが耐えられない。そう思ってしまう程度には、自分でも気づかないうちに限界が近付いているのが分かっていた。
『いいよー! ちょうど暇してたトコだし。私も瑠璃香に会いたい!』
あっさりとした返事。
『実は私もさ、ちょっと日下のことで話聞いて欲しいなーって思ってたんだよね。ほら……職場だとなかなか突っ込んだ話、できないじゃん?』
軽い調子で続けられて、思わず瞬きをする。返事が遅れてしまったからだろう。悦子が言葉を重ねた。
『あっ、って言っても重いやつじゃないから安心して!? ランチのついででいいから話、聞いてよ』
その気負いのない言い方に、思わず小さく息が抜ける。
コメント
1件
こう言うとき、誰かと一緒にいられるのは有難いよね。