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「ラズール、おまえは今、姉上の側近らしいね。姉上はどうしてるの?病が再発して寝込んでるって聞いたけど…」
「お詳しいですね。誰から聞いたのです?」
「トラビス。彼が僕を連れ帰ってくれたんだ」
「トラビスが?」
ラズールの顔が一瞬で険しくなる。そして何かを考え込んで、勢いよく僕を見た。
「トラビスは、一度あなたに会ったが逃がしたと話していました。そして今回の国王崩御の使者を、自ら進んで申し出てバイロン国に向かったのです。もしや、あなたはバイロン国にいたのですか?」
「そうだよ。僕はバイロン国の第二王子に助けられたんだ。今僕が生きているのは、彼のおかげだから」
「バイロン国の王子…。そうでしたか。後でトラビスに詳しく聞くとしましょう。フィル様、もうしばらく前王と対面されますか?」
「いや…僕が傍にいては、母上は嫌だろうから。それに姉上に早く会いたい」
「では一度、部屋に戻りましょうか」
「うん…」
僕は母上に丁寧に頭を下げると、扉へ向かった。ラズールに背中を押されながら部屋を出て廊下を進む。廊下を数歩進んだところで、僕は慌ててフードをかぶって銀髪を隠した。
「なぜ隠すのですか?」
「なぜって…この城の中で僕の存在を知ってる人は限られてるだろ?」
「そうですが、俺はもう全ての人に知られてもいいと思っています。この先は、フェリ様と二人で国を守っていくのですから」
「それは…無理だ」
「なぜ?」
ラズールの低い声はよく通る。
僕は辺りを見回して、人がいないことを確認する。そしてラズールの腕を掴むと、足早に歩いて僕の部屋に入り鍵をかけた。
「声が大きい。人に気づかれる」
「別に構いません」
「僕は構うんだよ」
「なぜ?」
ラズールは頑固だ。僕に関しては一切の妥協を許さない。
僕はしばらく無言でラズールを見つめると、マントを脱いで椅子にかけた。
「理由を話すけど、その前に僕が城を出される時に、どうして来なかったのか聞いてもいいか?」
「はい」と頷きながら、ラズールが僕に座るようにすすめる。
僕は首を振って窓に近づくと、腕を組んで壁にもたれた。
ラズールも傍に来て、僕の前で膝をつく。そしてまっすぐに僕を見上げて口を開いた。
「…あの日、俺はあなたをさらって逃げようと部屋を出ました。ですが出たところで拘束されたのです。五人がかりで押さえ込まれましたが、暴れて何とか逃げようとした。だが背後から斬られて意識を失いました。気がついたら、あなたが城を出てから三日経っていました…」
「斬られたのっ?」
「はい。ですがそんなことはどうでもいい。あなたとの約束を守れなかったのだから、俺は斬られた時に死んでもよかった」
「僕の命令なしに死んだら許さない。ラズール、傷を見せて」
「気持ちのいいものではありませんよ」
「そんなの、僕の…」
「なにか?」
「なんでもない。早く見せて」
ラズールが上着とシャツを脱いで床に置く。鍛えられた上半身には、無数の小さな傷跡がある。それらは全て、僕を守るためにできたものだ。ラズールが向きを変え僕に背中を見せる。右肩から左腰にかけて斜めに赤く腫れた線があった。傷は塞がっているようだが、まだ痛そうだ。
僕は右手を伸ばして傷跡にそっと触れた。
「まだ腫れてるし熱い…。すごく痛かった?」
「全く。あなたとの約束を守れなかったことの方が辛かった」
「死にかけたの?」
「そうみたいですね。意識が戻った時に、なぜ生きてるのかと後悔しましたが、今は死ななくてよかったと思っています。もう一度、こうしてあなたに会えた」
「僕が殺されていたら、どうしてた?」
「もちろん、すぐに追いかけました」
「ラズールは、ほんとにばかだね」
「ええ、あなたに関してはバカになってしまうのですよ」
「ばか…」
僕はラズールの傷跡を撫でた。そしてラズールから一歩下がると、シャツを掴んでラズールの名を呼んだ。
ラズールが僕の方を向く。
僕はシャツを握りしめたまま、話し出した。
「ラズール、僕がここに戻ってきたのは、姉上を助けるためだよ。このままだと、たぶん姉上の病は治らない。姉上は助からない。僕だけが姉上を助けられるんだ」
「どういうことです?」
「夢を…見たんだ。母上が亡くなられた日に、僕は高熱を出して倒れた。その時に母上が夢に出てきて、姉上が再び病に倒れたこと、姉上を助けられるのは僕だけだということを話してくれた。だから僕は、バイロン国に使者として来たトラビスに頼んで、連れ帰ってもらったんだ」
「あなたしか助けられないとは、どういうことなのですか?」
ラズールの顔が、声が怖い。怒っているようだ。今から僕が、良からぬことを言うと気づいたようだ。
ラズールは立ち上がると、僕に手を伸ばした。
僕はラズールの手を避けて、横に移動する。なんとか平静をよそおうと笑ってみせるけど、頬が震えてうまく笑えない。
「ラズール…昔に話してくれたこと、覚えてる?」
「なんの…話ですか」
「呪われた子には、蔦のような痣が身体にあるって話」
「確かに…そんな話をしました。ですが、あなたの身体にはどこにもありません」
「前はね。ラズール、よく見てて」
「なにを…」
僕は震える指でシャツのボタンを外していく。全て外すと、ゆっくりとシャツを脱いで床に落とした。
あらわになった僕の上半身を見て、ラズールが息を飲む音がした。
「それは…一体…」
「呪われた子の証。僕は本当に呪われた子だったんだよ」
「以前にはそんなもの、なかったではないですかっ」
「母上が亡くなった日と同じ日に、いきなり現れたんだ。驚いちゃった…」
「だから…戻ってこられたのですか」
「そうだよ。呪われた子の役目は、決まっている」
「何をするおつもりですか」
「僕の心臓を貫いて、その血を姉上に飲ませる。そうすれば姉上は助かり、イヴァル帝国も安泰…」
「ダメだっ!」
話してる途中で、いきなり強く抱きしめられた。痛いほどに抱きしめられて、僕の顔が歪む。触れるラズールの肌が熱くて、鼓動が激しくて、せっかくの決意が揺らぎそうになる。
もしかして僕は、不幸ではなかったのかもしれない。生まれてからずっと、僕はラズールに守られてきた。城を出てからは、リアムと出会って、愛し愛される喜びを知った。幸せというものを知った。もう十分だ。
僕はラズールの背中に腕を回して、一度だけ抱きしめた。そして逞しい胸を強く押して身体を離す。
「フィル様、俺は納得しません!」
「おまえの意見は聞かない。これは命令だ。僕はやるべきことをやる。絶対に邪魔をするな。そしてラズール、おまえが僕を殺すんだ」
「嫌です!」
ラズールが即座に拒絶の言葉を叫ぶ。
僕はラズールに甘えたくなる衝動を我慢して、更に冷たく言い放った。