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「………………」


各々おのおの、言葉すくなに林道を進む。


いかにまばらな木立とはいえ、枝葉が頭上に“こんもり”と茂っているため、身辺は薄暗い。


行く手に浮かぶ外界の明るみが、何十メートルも遠くにあるような錯覚がした。


「けっこう広いね? やっぱり」


「うん……」


やっとの思いで林道を抜けた私たちは、ほどなく目当ての場所に到着した。


辺りの景観は、とても町中とは思えないほどにひなびている。


広々とした土地に田畑が数枚ほど。いずれも作物を養うどころか、すっかりと涸れ果て、直近に人が手を加えた様子は見当たらない。


周囲を鬱然とした広葉樹の木々がぐるりと巡っており、天然の垣根の役割を担っているようだった。


まるで、すすむ都市開発に取り残された自然の袋小路。


一見広漠こうばくとした空間でありながら、どことなく圧迫感というか、重苦しいものを覚えずには居られなかった。


「ここ……、だよね?」


「うん……」


そんな田畑を大まかに繋ぐ畦道あぜみちの脇に、ぽっかりと口を開けた貯水池がある。


直径にして、およそ10メートル前後か。護岸はされておらず、むき出しの土塊つちくれがゆるやかに窪み、一般的な池の全容を表していた。


水はひどく濁っているため、中心付近の水深を測ることはできない。


すっかりとのぼせ上がった夏の大気によるものか。青々しい草のにおいが、やけに鮮烈だったことをよく覚えている。


えた水の臭気も同様で、今でもつぶさに思い返すことができる。


“あの頃の、懐かしい匂い”


そう表せば、それなりにおもむきがある。


けれども、あの思い出は、もっと凄みの効いたものだった。



どれほど時間が経っただろう。


私が用意した敷物の上に女子。


男子は各々、柔らかい草の上に尻をつけて、この一時いっときをぺちゃくちゃとやり過ごした。


誰かが持ってきたお菓子をつまみながら、すぐそば粛々しゅくしゅくとして横たわる池の様子を見やる。


一向に変化はない。


早くから飛び始めた赤とんぼが二〜三匹、騒がしい私たちと物言わぬ池を、交互に見比べるようにして舞っていた。


「出てこないね……?」


「うん……」


事前の打ち合わせで、対象の好物だと噂されるニボシを使っておびき出す作戦も提示されたが、さすがに危険すぎるという理由で却下した。


ならば、私たちに残された手段は張り込みだ。


ジッと息を潜め、いやさ図らずも獲物の存在を賑やかに振り撒きながら、対象の出現を待ちわびる。


次第に根比べの様相を呈し始めていた。


そもそも、子供の私たちは何をどうしたかったのか。


未確認生物を捕まえたい。その手柄をもって、一躍ヒーローになりたい。


そんな大それた事は、仲間内の誰ひとりとして考えていなかったように思う。


ただ、純粋な好奇心と、それを埋め合わせる何かが欲しかった。


この池には、見たこともない生き物が居る。 そういった確証が欲しかったのかも知れない。



始めのほうこそ、本命のザリガメ論で白熱した話題も、時間の経過と共にどんどん脇道へ逸れてゆく。


お盆はどうやって過ごすのか。どこへ遊びにいくのか。


それら、身近なネタもいよいよ尽き始めた頃。


「おまえ、誰か好きな人いんの?」


「はぁ!?」


暇を持て余した男子を中心に、あらぬ話題が。


こうちゃんはタマでしょ?」


「え…………?」


「はぁ!? ちがうし!!」


「もうやめなよぉー!」



真夏の炎天下。


じりじりと焼けつくような日の光も、して気にならなかった。


帽子はかぶっていたけれど、紫外線対策なんていう言葉を、私たちはまだ知らない。


「あ? 変だな……」


「え?」


気心の知れた友達と交わす会話が、暑さを忘れさせてくれる。


あるいは、当時と現代で、夏の暑さというものがまったく違っていたのかも。


あの頃のだるような気温とて、現代の酷暑に比べれば、幾分かマシだったように思える。


「ちゃんとマーキングしておいたのに……。迷い込んじゃいました? うっかりと」


「え? 誰…………?」


そんな淡い夏の風情に、じっとりと蔓延はびこり始めた惨烈な気色。


それに、子供わたしたちは気づけなかった。

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