テラーノベル
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さっきまであんなに騒がしい場に居たから、今は静寂が際立ち、カラコロと2つの下駄の音とコンビニ袋の擦れる音だけが響く。
自覚せずに酔っているのか、視界が全部ぼやけてて。
でも、少し前を歩くレンさんだけが、やけにくっきりしてる。
レンさんの家に近付く度に、いつもと違う感じがする。
(なんで、こんな落ち着かへんねやろ。)
最早行き慣れたレンさんのマンションは目の前。思わずゆっくりと足が止まる。
(そうや。俺、この後もしかしたら──それなら。)
生唾を飲み込んで、ぎゅっと拳を握り…背中に向かって声をかけた。
「今日はほんまおおきに。『独り占め』、させてもろて。」
レンさんが立ち止まり、こちらへ振り返る。街灯に照らされたその立ち姿に息が詰まり、俺は思わず影の方へと後退る。
「少し…話、してええ?」
「ここで?まあ、いいけど。」
身体ごと向き直され、真っ直ぐ見つめてくるレンさんの目。
「俺な、」
口を開いたものの、その目を見れば見るほど、何から言えばいいか分からない。引き返せる最後のライン。でも、戻る気はないから…ぐちゃぐちゃな思考のまま打ち明けた。
「レンさんと関係持ってから、すっぱりウリやめてん。」
「…そう。」
「見つからへんようにこっそり、なんていくらでも出来たんやろうけど、なんか…無理になって。」
そう。街に立たなくなったのはやめたから、というよりはその理由が一番正しく感じられた。
「俺、今まで男とおんのが普通やったやん?」
彼が片眉を上げて小さく頷く。少しずつ頭の中で整理する度に、視線が揺れる。
「でもそれって『ヤれる』ってだけで、『その人やないとあかん』とかは無かって。でも、」
やっぱり上手く言えない。それでも、出していくしかない。胸の奥がざわつく。初めて言葉にするのを邪魔するように、心臓がうるさく感じる。
「レンさんにだけは、一緒に居たい。って…いつからかそういう気持ちが、あって。」
鼓動のノイズを振り払うように言い切った瞬間、頭が真っ白になる。
(…言って、もーた。)
でも、零れた言葉はもう戻せるはずが無くて。俺の言葉に動じることもなく、レンさんは浴衣の中で腕を組み、首を傾げた。
「…なんで俺なの?」
来ると思っていた質問。その声音に嫌悪は混じっておらず、シンプルな疑問というトーンだった。
答えようとして口を開き…声は、そこから出なかった。
的確な言葉が、出てこない。僅かな沈黙の中で導き出される1番近しい語彙を言葉に乗せた。
「好き、やから?」
「疑問形?」
その単語に、やはり違和感が走る。
『好き』って、──何?
「…いや、待って、なんかちゃう。」
彼の目を、見られない。思わず言い直しても、結局頭が追いつかない。胸を右手で押さえると、鼓動は先程よりも速さを増していた。
「レンさんと居るとな、ここ…変やねん。」
押さえていた自分の胸を指で叩く。心做しか、息が浅くなる。
「ずっと落ち着かんくて。でも、この感覚が無くなんのは、なんか嫌で。」
言いながら、余計分からなくなっていく。それでも、レンさんは静かに聞いていて。もう、こっち見んといて欲しい。
「俺、色んな男に抱かれてても別に平気やったし…せやから、こういう関係も、」
一瞬、息が詰まる。ブレーキが、効かない。
「…『いつも通りや』って、『線引きはせな』って、思ってた。」
「………。」
「でもレンさんと居ると、その考えも全部崩れてしもて、…崩れた先にある気持ちが『怖い』なのか、『嬉しい』なのかも、
──わからんねん。」
ぽつ、と涙が落ちる。
「お前、」
「…あれ…っはは…、なんで泣いてんねやろ俺…っ、」
雑に拭って笑おうとしても、それはどんどんと溢れ流れていく。少しでも彼から顔を隠すように胸にあてていた手を拳として額に移して俯いた。
「わからん…ほんまにわからんの。やけど、」
これだけはしっかり言わなくちゃいけない。
額の拳を強く握って下ろし、隠していた顔を上げて…涙で滲んでいようと、ちゃんと彼を見て、逃げずに。
「レンさんと居るのだけは…やめたない。」
言葉が…震える。
「…多分これが、俺の中での『好き』なんやって、思う。」
確信じゃない。でも、今の自分が出せる全部は吐き出せたはずだ。
不意に、レンさんが組んでいた腕を解き、街灯の光から抜けてこちらに近付いてくる。
俺の目の前に立つと、温かく大きな右手に頬を触れられ、親指に涙を拭われ──その直後には思考が止まり、左手から滑り落ちたコンビニの袋から購入品が散乱していく。
この手を避けるとか考える前に、頬に添えられていた手が俺の顎を上げ、
俺の唇を掬い上げるように、レンさんのそれが触れられていた。
「…それで、いいんじゃないの?」
目を見開いて固まる俺を至近距離で見つめ、優しい低音が鼓膜を揺らす。俺の唇を親指でなぞる彼のその表情は今まで1番、良い意味で『ホストらしくない』優しい笑顔だった。
「…ん。」
初めてのキスとレンさんの言葉に、小さく頷く。涙はまだ止まってないのに、それでも少し笑えるようになった。
そうして腰を引き寄せられて再び与えられた優しい口付け。目を閉じて、呼応するように彼の背中に手を回す。
冷えて震えていた心が、じんわりと柔く温かく解されていく。
──あぁ、これが、
(『愛』ってやつ、なんや。)
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