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「え!? ルーザーさん!? 魔物を仕留めたんですか?」
ルーザーさんと一緒に冒険者ギルドに帰ってくるとクリスさんが驚いて迎えてくれた。
受付に魔石を出すと目をパチクリさせる。
「ああ。街道で魔物が溢れてるって言うだろ? それの余波を受けたんだ。森にも上位の魔物が現れたんだ。悩む暇もなく戦うことになったんだ。戦ってなかったら死んでた」
「あ……そうだったんですね」
ルーザーさんは俯きながら答える。クリスさんと一緒に苦しそうに俯いている。
「……弟も守れない俺が剣を持つなんて恥ずかしかったんだがな」
「……ルーザーさん。守るために剣は持つ物ですよ」
ルーザーさんの言葉にクリスさんが彼の手を取って答える。すると彼は『そうだったな』と答えて僕を一瞥した。
「閃光のルーザーの復活ですね」
「いや、当分はムラタの指導役だ。体が鈍っててステータスだよりになってやがる。武器もそろえないとな。全部売っちまって酒代になっちまったから」
嬉しそうに話すクリスさんの声に答えるルーザーさん。
すべての装備をお酒に変えてしまっていたのか。だから普通の布製の服を着ているのか。
「ルーザーさんならギルドで支援することも」
「そんなこと必要ない。すべて俺のせいなんだからな。他の冒険者に申し訳ないだろ?」
クリスさんの提案を一蹴するルーザーさん。その言葉にクリスさんは涙が出るくらい感動して僕を見つめる。
「ちょっとムラタさん」
僕に声をかけてくるクリスさん。彼女に近づくと両肩を掴んで真っすぐ見つめてくる。
「(何があったか知りませんが本当にありがとうございます。ルーザーさんを蘇らせてくれて)」
「い、いえ。僕は何も」
「(何もしてなくてもです。本当にありがとうございます)」
クリスさんは小声でお礼を言ってくれる。僕はただただ魔物に襲われただけなんだけどな。あとは一緒にお酒を飲んだくらいかな?
「クリス。換金を」
「あ! は~い」
ルーザーさんが恥ずかしそうに頬を掻きながら声を上げる。
小声で言っていたけど、何について話しているのかある程度察したんだろうな。
「職業持ちのゴブリン達ですね。1匹500ラリで3000ラリですね」
クリスさんは口に出しながら硬貨の入った革袋をルーザーさんに手渡す。
彼はそれを僕に差し出してくる。
「え?」
「これはお前の物だ」
「ほとんどルーザーさんが仕留めたじゃないですか!」
「何言ってんだ。お前はチームリーダーだろ? ル……ジャンがマスターと言っていたじゃないか」
僕が驚いて革袋を拒むとルーザーさんが再度ジャンの名前を間違えながら革袋を差し出してくる。
「魔物はジャンと俺が仕留めた。その二人が慕っているんだからお前がリーダーだろ」
「……」
拒み切れずにいるとルーザーさんはそう言って僕の手に革袋を握らせる。
「じゃあ、ルーザーさん」
「さんはもういらないだろ?」
「……ルーザー。これで装備を整えてください」
「あ~、そうだったな」
呼び捨てにしてくれと言ってくるルーザーさんに革袋を手渡す。彼は恥ずかしそうに頭を掻いて受け取るとすぐにギルドを出て行った。
「なんで僕のことを慕ってくれたんだろう。会ったばかりの僕を」
僕は不思議に思って呟く。
◇
「よう! バンゲルのおやじ。装備一式をこれで揃えられるか?」
「ん? なんじゃ? ルーザーか。冷やかしなら……って装備じゃと?」
ムラタから3000ラリを受け取って、バンゲルの元へとやって来たルーザー。
彼の姿を見てバンゲルは首を傾げた。いつも冷やかしに来るだけの彼が自分の装備を求めてきたことに驚いている。
「金はあるんじゃろうな? タダではやらんぞ?」
「はは、安心してくれ。リーダーの命令で来たからな。しっかりと金を持ってきた。といっても3000ラリだけどな」
「リーダー?」
じろじろと見つめるバンゲルにルーザーは革袋を見せる。
硬貨がしっかりと入った革袋を見て、リーダーという言葉に首を傾げるバンゲル。高ランクだったルーザーがリーダーと慕う者がいることに驚いている様子だ。
「ムラタだよ。バンゲルの銅の剣を持ってたから知ってるはずだぞ?」
「昨日来た新人か。あんななまくらを大切そうに持って行ったな。ははは、悪いことをしたな。何も知らないと思って担いでしまったわ」
「だろうな。そのおかげで命を落としかけたぜ。錆びた鉄の剣と戦ってボロボロにされてた」
「そうか……。おまけしてやる。鉄の剣をムラタにも届けてくれ」
ルーザーの報告にばつが悪そうに頭を掻くバンゲル。
どうせ新人だと思ってなまくらを掴ませていたようだ。
バンゲルは店の奥の部屋から鉄の剣を差しだす。ルーザーが快く受け取ると彼の装備もしたためていく。
「3000ラリじゃこのくらいの装備しか用意できんぞ」
「十分だ。鈍った体をしめていかねえとな。最初から高ランクの魔物とやってたら体がもたねえ」
「ふむ、やる気になったのはいいことじゃがな。そのムラタと何があったんじゃ?」
バンゲルは疑問に思ったことを口にする。するとルーザーは鉄の剣を見つめる。
「俺はな。どんな魔物でも倒せる。どんな状況でも守りたいものを守れると思ってた。だが、現実は違う。目の前で、あと一歩のところで弟の命が狩られるところを見た。現実を見せられた」
後悔を語るルーザーにバンゲルは堪えられずにキセルに火を入れる。
しばらくの沈黙の中、バンゲルの煙が店の天井を白くさせた。
「腐って腐って……。仲間達に煙たがられた俺は故郷に戻ってきても腐ってた。そんな時にムラタと出会った。絡んできた俺にも変わらない態度で接してきた。胸ぐらを掴んできた相手と普通に飲んでくれたんだぜ? 普通じゃねえ。俺はそう思った」
「はは、儂ならぶん殴ってやったな」
「そうだろ?」
ルーザーの語る姿を見てバンゲルは楽しそうに拳を突き出す。それを受け止めるとルーザーは同意して笑う。
「人がいいんだ。俺が腐った理由をエクスとクリスから聞いたはずなのに聞いても来なかった。ホントにいい奴なんだって思った。だが、それだけじゃ冒険者なんて命がいくつあっても足りねえ。俺はムラタを一人前にしてやろうと、指導してやろうと思ってつけたんだ。そうしたら……凄い奴だってわかってな」
「……そうか」
ルーザーはジャンのことを隠して話を終わらせる。
彼がムラタを贔屓する理由はいい奴だということだけではない。ルティを重ねたジャンを従えていることが主な理由なのだろう。
「ははは、期待してるぜ」
「ああ、期待してくれていいぜ。俺を超える冒険者にするつもりだからな」
バンゲルが笑いながら革の鎧一式を手渡した。ルーザーは嬉々としてそれを受け取り店を後にした。
「昔のガキが帰ってきやがった」
バンゲルはそう言って天井に期待の煙を吐いた。バンゲルと呼応するように煙は嬉しそうに波を打っていた。
◇
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