「ふぁ~……。むにゃむにゃ。まだ慣れない風景だな~」
異世界に来て一週間ほどが過ぎた。それでもまだまだ慣れない朝。外に出る支度をして自室を出る。
「おはようムラタ」
「あ、おはようございますルルさん」
すっかり親しくなったルルさんと挨拶を交わす。食堂の席に座るといつもの美味しい食事が運ばれてくる。
「部屋はそのまま使うかい?」
「あ、はい。お願いします」
一週間分の部屋代を渡したのでそろそろ更新日。ルルさんに答えて硬貨を手渡す。
ルーザーさんと職業持ちのゴブリンを狩ってから三日経った今日。薬草の依頼と並行して魔物を狩ったから結構お金がたまってきた。
一か月分の宿代を支払っても余裕でおつりがくる。
「まいどあり。ムラタは他の客と違って綺麗に使ってくれるからありがたいよ。出来れば全部の部屋を借りてほしいんだけどね」
「はは、流石にそれは難しいですよ」
ルルさんは嬉しそうにそう言うと他のお客さんを睨みつける。
寝るだけで使わせてもらってるので汚くできないと思うんだけどな。
「ふう、相変わらず美味しかった~」
ルルさんと談笑しながら食事を楽しんだ。食べ終わるとすぐに冒険者ギルドに向かう。
「よう、リーダー」
「あ、ルーザーさん。おはようございます」
気さくに手を振ってくるルーザーさん。革の鎧に身を包んですっかり冒険者の姿。
僕をリーダーと呼んできて最初は慣れなかった。断ってもずっと呼んでくるのでもう何も言わないことにした。
「今日は街道をはずれた洞窟の依頼をするぞ」
「え? 洞窟ですか?」
「ああ、街道の魔物が逃げたらしい。そこで巣を作られちゃあたまらねえって依頼だ」
なるほど、街道にあふれた魔物が冒険者に追われて、逃げた先で巣を作るのか。ホント怖い世界だな。
『赤い夜がやってきました。防衛者を雇ってください。【赤い騎士ジャネット 100ラリ】【青い剣士ジャン 100ラリ】【緑の狼ルドラ 100ラリ】』
赤い夜の知らせが来た。
村の人口が30を超えてレベルが上がると呼べるようになった狼ルドラ。
風のように駆ける彼は攻撃タイプ。ジャネットと並んで魔物を倒して回ってる。ゴブリン相手じゃ戦力過多だ。
村のお金はかなり余裕がある。畑は豊作、鍛冶屋も出来上がって収入が増えてる。一日税金だけでも300ラリ、そこに畑の小麦で小麦粉にしてパンにして売ると1000ラリ。
鍛冶屋は一日で3000ラリ。4300ラリが何もしないで手に入る。さらに赤い夜で3000ラリ。7300ラリは確定収入だ。
『城壁を作った方がいい』
「ジャネット?」
冒険者ギルドについてルーザーさんが依頼書を受付に持っていってる。それを見ていると声が聞こえてくる。
村民からの提案じゃない。防衛者のジャネットが提案してきてる。彼女の提案を断るわけがない。答えはイエスだ。
「3000ラリか」
結構高いな。そう思いながらも城壁を作る。柵だった村の領域を囲う守りが石造りの堅牢なものに変わっていく。
「赤い夜は結構簡単に終わっていたけどな」
赤い夜は二人と一匹を召喚すると簡単に終わった。報酬は【3000ラリ】【体力ポーション】。
ジャネットが必要というなら間違いはないんだろうけど、過剰戦力な気がするのは僕だけではないだろう。
彼女が必要だと思ったのなら次からは別のものになるのかもしれないな。
『僕達の装備を整えてほしい』
「え!? 次はジャンの提案!?」
ジャネットの次はジャンが手を上げて言ってくる。
僕は驚きながらもハイと答える。彼らの鎧がかっこよくなっていく。ただでさえ僕よりも強い二人と一匹がさらに強くなる。
従えている僕が弱いままじゃダメだよな~。
「ここがその洞窟ですか?」
「ああ」
みんなが強くなっていく姿を見て項垂れながらルーザーさんと一緒に洞窟にやって来た。
薄暗く石肌が続く洞窟に少し湿り気を感じる。土と湿気の嫌なにおいが不気味さを高めてる。
「ここは昔からある洞窟でな。中に水脈が通ってるんだ。よく遊びにきたもんだ。といっても魔物狩りだけどな」
ルーザーが得意げに話しながら入っていく。地元なだけあって知ってるみたいだな。
「……ジャンは出さないのか?」
「え?」
洞窟を進んでいるとルーザーさんが恥ずかしそうに頬を掻きながら問いかけてくる。ルーザーさんは弟に似てるジャンに会いたいみたいだな。仕方ないから呼んであげようかな。
「【ジャン】」
「マスター……。危険じゃない時に呼ぶのはあまり得策では」
ジャンの名前を呼んで村のウィンドウを触れる。すると目の前にジャンが光と共に現れる。
危険な時だけしか呼べないと思っていたんだけど、実はウィンドウに触れながら名前を呼べば呼べる。
だけど、危険な時以外に呼ぶとお金が普通よりも高くつく。100ラリが200ラリになる。まあ、そのくらいならいいでしょ。
「いつまでも失ったものを思うのはやめた方がいいですよ」
「はは、手厳しいな」
ジャンの言葉にルーザーさんは頭を抑えながら嬉しそうに答える。叱られて喜んでる。弟さんともこんな感じだったのかな?
「マスター。どうせなら姉さんとルドラも呼んだらどうですか?」
ジャンが洞窟の奥を見つめて声を上げる。何かを感じ取ったのかな?
さっきまで得がないとか言っていたのに……。僕は言われるままジャネットとルドラも呼びだす。
「キャンキャン!」
「うわ!? る、ルドラ! そんなに舐めないで!」
緑の狼ルドラは呼び出すと嬉しそうに鳴いて僕を押し倒す。顔全体を舐め回すと満足したように離れて尻尾を振り回す。
「ふふ、我々防衛者はマスターが大好きですから。ルドラも会えてうれしいのでしょう」
「え……」
ジャネットがそう言ってクスクス笑う。防衛者の人達は僕のことが大好きなのか。防衛者ってことはジャネットも僕のことを……。
「姉さん、マスター。魔物の気配を感じるよ」
顔が熱くなるのを感じながらジャンの声を聞いて洞窟の奥を見つめる。
薄暗い洞窟が更に暗くなっていく。
「【火よ】。これで明るい」
「魔法!? それも詠唱が違うな」
ジャネットが火を魔法で作り出す。松明のような火が彼女の前に生まれる。
ルーザーさんが驚いているけど、詠唱の違いは僕にはわからない。
「私達は精霊そのものだから。声にも属性の力が宿るの」
「はは、どうやら規格外みたいだな」
ジャネットの説明を聞いてルーザーが諦めるように僕を見つめる。
彼女達は精霊なのか。言葉が力になる。なんだかカッコいいな~。






