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ガラガラとした摩擦音と共に、俺の右側面へと引かれて来る台車。木造の簡易なやつだ。
「おぉ~ラストネイル! ウフフフ……」
奴は訳の分からぬ鼻唄ならぬ、替歌を上機嫌で熱唱しながら、縛り付ける俺の右手を掴みながらその台座に誘導してきた。
その台座には黒い鉄輪が埋め込まれており、刹那――俺の手首が“ガチャリ”と捕錠される。
これは俺の手首を固定する器具だったのだ。指こそ動かせても、手首は微動だにしない。
「どれぇだけぇ~血を流せぇばぁ~貴方を~手に入れぇられるだろぉ~」
女の意味深な替歌に、嫌な予感が拭えない。
指でも折る気か?
だが無駄な事だ。俺のセラミックボーンは超合金級。
例え梃子の原理を以てしても、ひびを入れる事すら不可能。
心配は杞憂と帰す。
さあ見届けるがいい。そして戦慄せよ。俺の真の姿を――。
「ジョンの指は本当に綺麗だわ……。長く、細くしなやかで。でも強靭さまで兼ね備えた完璧さ……」
奴は台座に腰を屈めながら、俺の芸術的な指にむしゃぶりつくように舌を這わせていく。
その評価も当然の事。
この繊細な指の曲線はギタリストの証。
俺は戯れの一環として、インディーズバンドのヘルプに入る事が有る。
この繊細かつ、しなやかなゴッドハンドレットから紡ぎ出される異次元の旋律は、正に神の領域音階。
そんな俺の超絶奏法の数々に、プロからのスカウトが殺到するのも当然。
この道のプロに興味が無い為、戯れたしなむ程度だが、もし俺が本気でプロの道を歩んでいたのなら、今頃はジミヘンをも越えていたかも知れない。
“ジミ・ヘンドリックス”
俺と同様、神の領域に到達したギタリスト。
この俺が唯一認める存在だ。
「ジョンの美しい指を、もっと美しくしたいと思いま~す」
元より芸術の域に在るこの指を、どう高めようと言うのだ凡人如きが。
指を折るつもりではなかったのか?
「イッツ、ネイルアートショー」
女は嬉しそうな狂った笑みで、高らかにそう宣言し、ある“モノ”を取り出していた。
俺は目を凝らす。視線を奴の指先へと。
その指先に摘まんであるモノ――
「名付けて“ブラッディ・ルビー”」
その捻りの欠片も感じられないネーミングセンスに、俺は失笑したくもなるが、それを凌駕するは驚愕。
昨日、俺を蹂躙し尽くした無機質な銀の針が、その指に摘ままれていたのだ。
人の生き血を啜る銀の尖端が妖しく煌めく。
「まさか……?」
「ぴんぽ~ん!」
意志疎通は万全。阿吽の呼吸。
俺は確信してしまったのだ――
“ネイルアート”
“ブラッディ・ルビー”
その単語がパズルのように組合わさった時、奴の企みの真の意図に。
「やめろぉおおぉぉぉ!!」
俺は真実を知った瞬間には絶叫していた。
“爪の隙間から内部へ針を刺す”
深爪の経験はあるだろうか?
爪とは神経を保護する為に在る。もしそれに異物が触れでもすれば――
「やめやめやめぇあぁぁぁ!!」
想像しただけでおぞましい。否、したくもないその感触は常軌を逸していた。
「ウフフフ。嫌よ嫌よも好きの内」
勿論奴の都合の良い解釈の前に、それを辞める気等、地球が終焉しても有り得ない事は痛感している。
不毛な抵抗。そして絶叫。
だがちょっと待て?
昨日は“ムチ”だったのだから、今日はアメの筈だ。
ルール違反――約束が違う!
「私はね……本当はこんな事したくはないの。ジョンの為に断腸の思いなのよ」
嘘つけ。じゃあ何故笑っている?
言葉とは裏腹に、心底愉快そうな笑みを浮かべたまま、女は俺の指先に針を近付けて来る。
手首を施錠され、指はしっかりと押さえつけられていた。
絶体絶命。どう考えても逃れる方法は無い。
そして――ひやりとした無機質な感触が、指先に触れた。
「イクわよ?」
それは執行の合図。クエスチョンは有無を言わさぬ強制。
「やめぇてえぁああぁぁぁ!!」
俺は有らん限りの絶叫で懇願。
まだ針は侵入して来ない。
これがラストチャンス――
「ギブアップ! ギブアァァップ!!」
それは事実上の敗北宣言。ただし仮のな。
「オホホホ! 何言っているのかしらプロレスじゃあるまいし。それに、これはジョンの為って事をどうして分かってくれないの?」
そんな事、分かりたくもない。
奴に辞める意志は皆無だと分かってはいても――
「ドントヘルプミー! ドントヘルプミィィィ!!」
俺は恥も外見も捨て、懇願を叫ばずにはいられなかった。
「ワタクシ、エイゴワッカリマセ~ン! アハハハ。じゃあお望み通り、ゆぅぅぅっくりとイクわよ」
もはや全ての解釈は、奴の都合の手のひら。
“嫌だ――”
「いやあぁあああぁぁぁ!!!!!!」
“やめてくれ! やめてくれやめてくれぇ!!”
「あぁぁ……。良い声よジョン」
ゆっくりと――
「ヒィィィッ!?」
ゆっくりと針が爪の隙間から侵入して来た。