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紗枝という女を、三割り増しでいい女に仕立て上げて、けれど妻の杏奈のこともいい妻だと言い、息子は可愛い盛りだし仕事もなんとかうまくいってると、全てにおいて順風満帆な人生だと説明した。
酒のせいもあって、どんどん話が大きくなっていくのはわかっていたが、佐々木に勝っていると思うと止められなかった。
「そっかぁ、いいなぁ、俺も上手くやれるかな?」
「上手くやれるんじゃなくて、上手くやるんだよ。そうしないと男としての人生が終わってしまうぞ。文字通り結婚という名の墓場に埋もれてしまうというわけだ」
頑張れよと、背中をバンバン叩く。
「よし、なんだか未来が少し明るくなってきたよ。あ、そうだ、式には来てくれるよな?これからも色々相談したいこともあるだろうし」
「あー、わかったよ」
「当然、自慢の妻子も一緒にな」
「おー、杏奈にも言っておく」
そこで連絡先を交換して、別れた。
いつもならバスか電車で帰るのだけど、酔いも回ったのでタクシーで帰ることにした。
ガードレールによりかかり、空車が通るのを待つ。
___あー、それにしても気分がいいな
ふと歩道を見ると、女が男の腕にしがみつくようにして、楽しそうに歩いている。
「酔っ払った彼女と、これからイイコトするのか?いいなぁ若いって」
男はどう見ても大学生くらいで、女は……
「あれ?」
街灯やヘッドライトでよく見えないけど。
「紗枝?」
その男女とすれ違いざま、もう一度声をかける。
「紗枝!」
「ん?」
立ち止まる二人。
「紗枝ちゃん、知ってる人?」
大学生風の男が紗枝に問いかける。
「あー、会社の上司、こんばんはぁ、奇遇ですね、こんなところで」
「そいつは誰だ?」
「イヤですよ、岡崎さん、職場じゃないんだからプライベートなことに口を出さないでくださいよ。彼ですよ」
紗枝は酔っているわけでもなく、その男に甘えてしなだれかかっているだけだった。
それは誰が見ても、相思相愛の恋人同士だ。
「彼?」
「そう、恋人、付き合ってるんですよ、私たち。これから彼の部屋に遊びに行くので。じゃ、明日会社で。おやすみなさーい」
「あ、あー、おやすみ」
さらにしっかりと腕を組んで、二人は歩き出した。
何が面白いのか、笑い声も聞こえる。
___紗枝の彼氏?
いても当然と言えば当然だが、じゃあ俺のことは?
今すぐ追いかけていって、紗枝に問い正したかった。
付き合ってる男がいるのに、俺を誘ったのか?俺とのことはあの一夜限りのことだったのか?次はないのか?
さっきまで、うかれて佐々木に話していた自分が馬鹿みたいだ。
確かに何かを約束したわけでもなければ、好きだと言われたわけでも言ったわけでもない。
まるで汗を流しにジムに寄った、そんな軽いノリだった。
___俺だけが有頂天になってたということか
ハッとして、周りを見渡す。
佐々木にこの姿を見られていないか、気になったからだが、見えるところにはいなかった。
🎶ぴこん🎶
《結婚式は再来月の23日。場所はここ。改めて招待状を送るから、住所を教えてくれよ》
佐々木からのLINEだった。
さっきまでは、結婚も育児も浮気も俺の方が先輩だとマウントを取った気でいたけれど、恋人といる紗枝を見て歯痒いような悔しいような感情が湧いた。
___嫉妬?まさかな
佐々木に会って、一気にテンションが上がって直後に紗枝に会ってガクッと下がって、なんだかモヤモヤしたまま帰宅した。
玄関を入ると、杏奈はまだ起きていた。
「おかえりなさい。遅くまでお疲れ様」
起きて待っていてくれたのだろうか。
「あー、うん、ただいま。圭太はもう寝たのか?」
ついさっきまで他の女の事を考えていた事実を隠すように、息子の話をする。
「うん。昼間実家に連れて行ってね、お母さんがたくさん遊んでくれたから」
「そっか……」
___お義母さんは圭太が可愛くて仕方ないようだからな
「何か軽く食べる?」
「んー、いや、風呂入って寝るわ。あ、明日も遅くなると思うから先に寝てていいから」
明日、紗枝となんとか話をしたいと考えていた。
「あ、うん、そうする」
寝てくれていた方が、罪悪感が軽くて済むから助かるとは言えないけれど。
次の日。
俺は、朝イチのエリア店舗周りをさっさと済ませて、会社に戻り紗枝の姿を探した。
___なんとかしてもう一度
数日前は俺の腕の中で甘えた声を出していた紗枝が、昨夜は彼の腕の中で……と妄想しただけでいたたまれなくなる。
「…?!」
どこからか紗枝の声が聞こえてきた。
「おはようございます、岡崎さん。朝のエリアまわりは終わったんですか?」
まったくいつもと変わらない紗枝。
俺とのあの夜のことなど、一切なにもなかったかのようだ。
それが職場での当たり前の態度なのだが、少々腹立たしい。
が、こちらも平然と返す。
「今日は特にトラブルもなかったからね。ここでもなにもトラブルがないことを願うよ。そうすれば、早く帰れる」
「そうですよね?早く帰って愛する奥さんとお子さんと過ごしたいですよね?」
「あー、そうだ。パパの帰りを待ってるからな」
「愛されてますねぇ」
悪戯な笑顔を向けてくる。
___そうじゃない、俺の真意を汲み取ってくれ
そう顔に書いてあったのだろうか。
「私も今日はジムで汗を流したいから、早く帰りたいんですよね。だからトラブルなく終わらせますよ、岡崎さんのためにも」
___ジム?
ジムという言葉は、きっと俺とのセックスのことだ。
心の中でガッツポーズを決める。
「じゃ、そういうことで頼むよ、若杉さん」
これで今夜は、会えるということだろう。
その日は、いつも以上に仕事を早く切り上げた。
紗枝も定時であがると確認したところで、先に会社を出る。
小さなケーキと花束を買って、紗枝の部屋に向かった。
玄関のチャイムを鳴らすと、部屋着に着替えた紗枝がドアを開けて俺を招き入れる。
まるで慣れ合った愛人のような景色だ。
「え、なに?何かの記念日なの?」
「そういうわけじゃないけど、なんとなくね。プレゼントしようにも、趣味もわからないから、こんなものになってしまったけど」
「ありがと。でも、レシートなんか持ち帰ったらダメだよ」
「それは、わかってるよ。ヘマはしない……」
会話しながらも紗枝の体を抱き寄せ、そのくびれたウェストとヒップのラインをまさぐる。
「え、もう?」
何か言いたげな紗枝の唇をふさぎ、そのままベッドへと倒れ込む。
絡めた紗枝の指先に、リングがあることを知った。
あの彼を思い出し、紗枝に訊きたくなった。