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今夜の俺は頑張ったと思う。
俺の知り得る限りの技というやつで、紗枝を絶頂に導いた、おそらく複数回。
これで俺のことが紗枝の中で大きな存在になるだろうと、一人納得した。
気怠い空気を纏って、紗枝がこちらを見る。
そして俺はさっきから訊きたかったことを口にした。
「ね……昨日はあれから、シタの?彼と」
「……」
「ん?」
「それって、今、必要なこと?」
「あ、いや、そんなことは……」
「ていうか、岡崎さんは私の何?私のプライベートを知る権利なんてないよね?私だって岡崎さんのプライベートを知りたいと思わないし、知るべきじゃないでしょ?」
「それはそうなんだけど、やっぱりほら、気になるじゃん?」
「なんで?気にしてどうなるの?体はここで重ねても、気持ちは動かさないでよね。気持ちが動いたらそれは浮気になるから」
「えっと、あ、なるほど、ね、うん、わかった」
紗枝が言いたいことが理解できた。
よく世間の男が言うことだ、“気持ちがなければそれはただの遊びだ”と。
紗枝が気分を悪くしたのがわかったので、慌てて話題を変えることにした。
「そうだ!女性に訊きたいことがあったんだった。あのさ、男が避妊するじゃん?こうやって……」
俺はティッシュにくるまった使用済みのモノを指差した。
「これだと100%の避妊にはならないの?」
「はぁ、なんのことかと思えば」
「友達にね、ちゃんと避妊したのにデキてしまって結婚をすることになったって言うヤツがいてさ。なんていうか、罠に嵌められたような気がするとかなんとか……」
「罠かもね」
「えっ!」
「キッチリすれば大丈夫だと思うけど。女の方がこっそりわからないように穴を開けてたりして、失敗させることはあるわよ。実際、最近そんな子いたし」
「うそ!」
「ちょっと待って」
ベッドから起き出した紗枝は、スマホをいじってSNSを開いた。
「えっとね、ほら、これ、見て。これは裏垢ね」
そこには、『優良物件ゲット!』と題して、ことの次第をサラリと書いてあった。
安全ピンでこっそり穴を開けておいたと。
もちろん彼氏にはそんなことは言わず、デキタから結婚してくれと迫って婚約したと。
そこには、罠にかかったお間抜けな彼氏の左手首の写真があった。
オニキスのカフスボタンのシャツから出した左手首には、高級そうな腕時計が見える。
「あれ?」
思わず声に出してしまった。
「これって、アイツだ」
昨夜一緒に飲んだ佐々木に間違いなかった。
「え?なに、知ってる人?」
「確実じゃないけど、そんな気がする……」
「で?どうする?罠だよっておしえてあげる?」
佐々木の顔を思い浮かべながら、しばらく考えてみる。
___罠だったとしても、条件としては悪くないよなぁ
若いし、そこそこ可愛い、家も金持ちみたいだし。
罠に嵌めてまで欲しいと思われている、と考えればそんなに酷い話じゃない。
佐々木が浮気でもしたら、とんでもない目に遭わされそうだと予想がつくが、それはそれで見てみたい。
「いや、俺には関係ないから」
「あ、そう。意外に冷たいのね、岡崎さんて」
ベッドから立ち上がった紗枝は、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、二つのグラスにつぎわけている。
一つを俺に渡し、もう一つのビールをコクコクと一気に飲み干した。
ビールが流れ込んでいく紗枝の喉元が妙に艶かしくて、確かめたくなった俺は軽い気持ちで紗枝に訊いた。
「あのさ、俺と彼氏と、どっちがヨカッタ?」
一瞬俺を見ると、空っぽになったグラスをダン!と強くテーブルに置いた。
「彼氏の方に決まってるじゃん」
「そう…なんだ」
即答過ぎて、凹んだ。
「彼氏のことは大好きだから、私からいろんなことをしてあげたいんだよね。一緒にいるだけで幸せ。でも岡崎さんはさ、ほっといても勝手に私を悦ばそうと一生懸命にあれこれしてくれるから、楽ではある。でもそこには気持ちの満足はないから、マジでジム感覚」
「そうか……」
あんなに頑張ったのにと、虚しくなった。
「ていうかさ、彼氏と比べさせるって最低だよね?たとえば私が奥さんと比べさせたら、岡崎さん、なんて答えるつもりなの?」
「それはもちろん紗枝の方が……えっ!あ、痛っ」
言いかけた俺に向かって、思い切りクッションを投げつけてきた。
「ホント最っ低!それは一番言っちゃいけないことだよ!帰って!もう二度と来ないで」
「なんでだよ?」
「言ったでしょ?気持ちはないの、ただのセフレなのに、なんで彼氏や奥さんと比べるかな?そんな男とは無理!帰って!」
脱いでいた背広やシャツを投げつけられて、急いで下着から身につけていく。
「あのさ、また……」
これで終わりというのがもったいなくて、続けたいと言おうとした。
「今度ここにきたら、奥さんにバラすから」
仕方なく、黙って帰った。