テラーノベル
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神殿の瓦礫は、まだわずかに熱を残していた。遠くで復旧の声が上がっている。だが中枢の崩れた床には、別世界のような静けさがあった。
アシュレイは座り込んだまま、夜明けを見ている。穢れはもう暴れていない。背で、呼吸のようにゆるやかに揺れている。
隣に、レオンが腰を下ろした。ほんのわずかに距離を空けて――それが今のふたりには、妙にしっくりきた。
「……痛みますか」
レオンが低い声で問いかけた。
「少しだけ」
アシュレイは淡く笑う。
「お前は」
「全身が痛みます」
短い応答に、ふっと息がこぼれた。
静寂が戻り、夜がゆっくりほどけていく。
「……怖かった」
レオンが告げた本音に、アシュレイが視線を向ける。
「何も感じないまま、殿下を傷つけるのが」
抑えた声が、わずかに震えている。
「戻れなかったらどうしようって、本気で思った」
胸の奥がきゅっと締まる。あの空虚な瞳が、脳裏をよぎったせい。奪われた温度と切り落とされた心。それでも――。
「戻った」
はっきりと言い切る。
「お前は、自分で戻ったじゃないか」
レオンが、わずかに苦く笑う。
「アシュレイが無茶するからだ」
「秩序ごと壊すって、あれ本気だったろ」
「当然です」
間髪入れない返答に、レオンが呆れたように息を吐く。その仕草が、妙に懐かしい。
――ちゃんと“レオン”だ。
確かな温度に、アシュレイはそっと手を差し出す。もう躊躇はない。レオンも迷わず、それを取る。指が絡むと、ぬくもりが伝わってくる。
「もう、贄は作らせない」
レオンの静かな宣言に、アシュレイは黙ったまま耳を傾ける。
「誰も俺も、アシュレイも」
どちらかが背負う形じゃない。ふたりで並んで守る。
神殿に朝日が差し込む。黒はやわらかく光を帯び、白は静かに溶ける。対立していた色が、同じ光の中にあった。
レオンが、わずかに距離を詰める。それでも、額が触れる寸前で止まった。
「……今度は、奪われない」
甘い囁きを聞き、アシュレイの指が強く絡み返す。
「奪わせない」
短い言葉を告げた唇が、アシュレイの唇に重なった。触れるだけの口づけが、朝の光に溶ける。
熱ではない。それは確かめるような、静かなもの――生きていると、互いを知るための。
遠くで、神殿の鐘が鳴る。
新しい朝が始まり、秩序は壊れた。それでもふたりの間には、確かな均衡がある。
白と黒・騎士と王子――絡めた手は、もう離れない。