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会議の終わった午後。


長い廊下を歩きながら、

ルシアンは肩の力を抜いた。


重く閉じられた扉の向こうでは、

帝都の報告や政治の話が続いていたが――

彼の心は、ずっと別の場所にあった。


(……イチ、今はどうしているだろう)


無意識のうちに、

彼の足は中庭へと向かっていた。


扉を開けると、

外の光が目に飛び込む。


風の匂い。

草木のざわめき。

そして――


「……」


視線の先に、

淡いピンクの髪が風に揺れていた。


陽を浴びながら、

花壇の周りをゆっくり歩く少女。


手には小さな布。

泥のついた石を拭いている。


その姿を見た瞬間、

ルシアンの胸の奥がふっと軽くなった。


(……動いている)


あの無表情のまま、

ただ静かに座っていた少女が、

今は――陽の中にいた。


気づけば、イチが顔を上げた。

彼女の瞳が、まっすぐにルシアンを捉える。


一瞬、風が止まる。


イチは手を止めると、

ゆっくりこちらへ歩いてきた。


足取りは少し不安定。

けれど、確かに“自分の意思”で。


近づくにつれて、

ルシアンは彼女の服の裾が

少し汚れていることに気づいた。


泥のしみ。

膝にも少し草の跡。


思わず、息をのむ。


「……汚れたな」


その声には、

叱責ではなく――安堵が滲んでいた。


イチは、何のことかわからず

小首をかしげる。


ルシアンはかすかに笑って、

小さく息を吐いた。


「いいんだ。……それでいい」


彼女の頬に、

風がやさしく触れる。


その髪飾りが、

午後の陽を受けてきらりと光った。


「セリーヌが外に出してくれたのか」


イチはうなずき、

両手でスカートの裾を軽く払う。


汚れは落ちないが、

その仕草がどこか愛おしくて――

ルシアンは小さく目を細めた。


「……よく似合ってる」


その言葉に、イチはわずかに瞬く。

何を言われたのかは分からない。


でも、

彼の声が優しく響いたことだけは分かった。


ルシアンは目線を落とし、

かすかに笑った。


「外を歩けるようになったんだな。

……それが分かれば、十分だ」


その言葉の意味を、

イチはまだ知らない。


けれど、

彼女の胸の奥に

ほんのりあたたかいものが残った。


二人の間を、

柔らかな風が通り抜けていく。


その風に乗って、

庭の花びらが一枚、イチの足元に落ちた。


彼女はそれを見つめ、

そっと拾い上げる。


ルシアンはただ、

その小さな手の動きを見守っていた。


――“生きている”。


そう思えることが、

こんなにも尊いとは――

彼自身も、知らなかった。

ひとかけらの記憶

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