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例によって、である。
暑い暑いと喚く有夏からエアコンのリモコンを取り上げて靴箱に隠す。
それが、幾ヶ瀬の夏であった。
(隠し場所は毎年変わる)
放っておいたら設定温度が18℃になっているのだから、電気代を考えるとやむを得ない措置であると思う。
リモコンにチャイルドロックをかけたものだから、馬鹿にされたと感じた有夏は余計にキレたわけだが。
ギリギリまで扇風機で我慢するという信念の幾ヶ瀬とは、毎年夏の初めに1度、全面戦争が勃発する。
秋になって振り返ると他愛のないものなのだが、戦争中は真剣だ。
口を開けば「エアコンエアコン」と連呼する有夏に対して、真剣に腹が立つものなのだ。
しかも理屈がこれだ。
──ゲーム機が発熱するから部屋が暑くなるんだって!
訳の分からない言い草を呟きながら、リモコンを探してキッチンをかき回してくれた有夏。
今はベッドに転がってブツブツと恨み言を吐いていた。
「あひゅい…あっひゅい……あっひゅぃいいぃ……」
「ちょっと、食べたんならお皿片付けてよ」
「あっひゅい…あっひゅぅい……」
「有夏、お皿……もぅ仕方ないな」
下敷きでパタパタ仰いでいる姿に根負けしてリモコンのスイッチを押してやると、有夏ときたら現金なもの。
「うひゃーーーっ」と歓声をあげて起き上がった。
負けた感じがして少々悔しい思いはするものの、エアコンから吹き出てくる冷風にホッとしたのは幾ヶ瀬も同じだ。
「温度はすこし高めにして扇風機と併用すると効率的だよ」
「んぁ?」
「角度を少し上向きにして首振り設定にすると、部屋中に冷たい空気が行き渡るでしょ。サーキュレーターっていう専用やつもあるけど、こんな狭い部屋なら扇風機で十分代用できるしね」
「うん? なにが?」
幾ヶ瀬先生による暑さ対策講座か?
急に説明口調になった幾ヶ瀬に、怪訝な表情を向ける有夏。
「冷たいお茶やスポーツドリンクなどを飲んで体を内側から冷やすことも忘れないで。でも飲み過ぎはいけないよ。お腹こわすからね。怪談などして気持ちを紛らわせるのも手だよね」
「何言ってんだよ。どこ見てんだよ」
「そうそう、団扇も忘れないで。何たって団扇使うと電気代はタダ……」
「幾ヶ瀬?」
「団扇は駅前とかで配ってたりもするからね。ひと夏で何枚も手に入ったりすることもあるもんね。有夏みたいに下敷きで代用するのもアリって……暑っつ!」
一声叫ぶと、リモコンを握り直す。自身で設定していた29℃を1度下げ、それからもう1つ下げて扇風機の前に陣取ること10数分。
目まぐるしい感じだが、結局幾ヶ瀬も暑さにやられていたようだ。
呆れたように見つめる有夏の前で、扇風機に向かって「アーーーっ」と叫びだした。
「いくせー? だいじょぶ?」
「アーーーっ」
「……だいじょぶ?」
「あぁぁ……」
「頭、沸いてんの?」
「あぁ……いや、沸いてない!」
「いや、沸いてる。ヤレヤレだな」
しょうがないなという風に有夏がため息をついた。
座っていたベッドから腰を浮かす気配がしたので、冷蔵庫からお茶を持ってきてくれるのかと思ったのだが。
そううまくは動いてくれないのがこの男である。
幾ヶ瀬の目の前。
わざわざ扇風機の風を遮るように座り込むと、有夏はニヤリと笑った。
「怖い話したげよっか」
「えっ?」
「だからぁ、こわいーはなしー」
「怖い話……え、何で?」
「今、幾ヶ瀬が言った。こわいーはなしー」
「ちょっと待って! 何かムカつく」
──何なの、その喋り方。
──何かすっごい腹立つわ!
──沸いてんのはそっちじゃない?
──そもそも邪魔なんだけど。
──扇風機の風遮らないでくれるかな!
──確かに暑気払いに怖い話をして気を紛らわせるのは有効だって言ったよ?
──言ったけど、今? おかしくない?
様々な思いが交錯し、結局幾ヶ瀬は「むぅ…」と唸っただけで黙り込んでしまった。
当然ながら、有夏にその微妙な空気感が伝わっているはずもなく。
なんだか、したり顔でニヤリと笑っているではないか。
「これは近所の人たちが言ってたのを聞いたってか、聞こえたっていう話なんだけど……あ、コンビニでレジしてる時に、肉まんないのって言ってる人がいて、こんな時期にねぇわって思ったんだけど、でもあったら有夏も欲しいかなって思ったんだけど、店の人がないですって言って、その人は焼き鳥買いますって言って、その時に友だちみたいな人が来て……」
「ごめん! ちょっと、ごめん!」
頭がおかしくなりそうだ、と幾ヶ瀬は叫んだ。
話の腰を折られた有夏、整った顔を大袈裟に歪める。
いやいやいや、と大きく手を振る幾ヶ瀬。
「怖くないよ、それ! どんな怖い話だって、それじゃ…それじゃあ怖くならないよ!」
「うっせぇな、幾ヶ瀬がジャマするからだろが」
「違う違う! 俺じゃないって。そんな話しといて堂々としてるのが怖いわ! むしろその方が怖いわ!」
一頻り叫んで、肩で息をつく。
涼をとるどころか、全力でツッコんでしまって汗だくだ。
喉も痛い。
諦めた幾ヶ瀬は、自分で冷蔵庫からお茶を出してきた。
有夏にコップを2つ渡し、お茶ポットから注ぎ入れる。
そのうちの1つを手に取ると、幾ヶ瀬は一気に飲み干した。
「焼き鳥2つくださいって言ってて、有夏も欲しくなったけど、有夏はジャンプ買いに行ってたんだけど、焼き鳥食べながらジュース飲みながらジャンプ読んだら最高じゃねとか思って……」
「待って待って! まだ続くか、それ!」
※明日に続きます!※