テラーノベル
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夜の静寂。樹は竜二の部屋の前に座り込んでいた。何度呼びかけても、返ってくるのは「帰れ」という冷たい声。
それでも彼は動かない。
「……竜兄に嫌われたくないんだ」
小さな声が、襖を隔てて震える。
沈黙が落ちる。やがて、ため息まじりの声が返った。
「泣けば許されると思ってるんだろ」
樹は首を振った。見えない相手に必死で伝える。
「ちがう。……竜兄が隣にいないなら、僕はもう何もいらない。妖怪を助けるのもやめる。竜兄の操り人形でもいい。ただ、一緒にいたいんだ」
その言葉に、襖の向こうで何かが止まる気配がした。
しばらくして、ゆっくりと襖が開く。
竜二が姿を現し、呆れたように弟を見下ろす。
「……お前ってやつは、ほんとどうしようもない」
腕を引かれ、部屋の中に入る。竜二の声はまだ冷たい。
「許したわけじゃない。……けど、放っといたらお前、勝手に倒れるだろ」
樹は涙を袖で拭いながら、小さく笑った。
「……ありがと、竜兄」
竜二は視線をそらし、短く告げる。
「善処しろ。次やったら……本気で勘当する」
その言葉とは裏腹に、彼の手は樹の肩から離れなかった。
竜二視点
夜。静かな廊下に、小さな声が漏れた。
「……竜兄」
襖の向こうから聞こえてくるその声に、胸の奥がざわつく。
だが、返す言葉は冷たくした。
「帰れ」
わかっている。あいつは素直だ。謝ってすむと思っている。泣けば許されると思っている。だから、突き放す。
「謝れば済むと思ってるのか。泣けば許されると思ってんのか、お前は」
しばらく静かになるかと思えば――まだ声が続いた。
「……違う。ただ、竜兄に嫌われたくないんだ」
胸が締めつけられる。
嫌うわけがない。……だが、許すわけにもいかない。
やがて、襖の外から膝を抱える気配。小さく、諦めにも似た声。
「……ここにいる。竜兄が許してくれるまで、ずっと」
思わず手を止めた。
本当に、こいつは。
襖を開けると、情けない顔で座り込む弟がいた。
呆れと同時に、どうしようもなく愛おしさが込み上げる。
「……ほんとに、面倒なやつだ」
腕を引き入れる。
許したわけじゃない。ただ、このまま廊下に座らせておくことができなかった。
「泣き虫の弟なんざ、俺には一人で十分だ」
そう言った声は、思った以上に柔らかかった。
けれど、油断はさせない。
「善処しろ。次やったら……本気で勘当する」
本気でそう思っている。けど――肩に手を置いたまま離せなかった。
結局、自分が一番甘いのだ。
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