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#ファンタジー
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結局僕はすぐに鎌倉避難所に戻ってしまった。
金窪流の資料も読み終わってしまったし、だんだん食糧も寂しくなっていたのだ。
まあ、美咲が一番の理由なんだけどね。
ところで、僕たちが組んだAI分配システムは、最初の頃はトラブルがあった。でも、今は避難所の中でスムーズに動いていた。
今回は状況が一目でわかるようにグラフ機能を作ってみた。
スマホをのぞくたび、棒グラフが伸びたり縮んだり、数字も滑らかに変わっていく。物資の在庫、移動ルート、到着予測、再配分。
ひとつの呼吸みたいに、世界が少しずつ秩序を取り戻していく。この時僕は出来栄えをチェックしていた。
「これ……本当にあなたが作ったの?」
美咲が僕の横で小さな画面を覗きこむ。甘い髪の毛の匂いが僕の顔に絡む。彼女の髪の毛は色素が薄くて軽い。こんな避難所でもふんわりと風を含んでいる。その心地よさに僕はうっとり呆けた。
「いや、ゲームの仲間が作ったんだよ。僕は繋いだだけ」
僕は頭を振って邪念を払い除ける。
「繋いだ、か……」
彼女は笑った。その小さな口から覗く白くて可愛い歯に僕は不覚にも見惚れてしまった。
彼女は避難所では、実質的にみんなをまとめている。その雰囲気は、みんなを安心させるものがあった。
言い方を変えると、そこにあったのは、信頼感、とでも言うのだろうか?
僕はモニターを指でなぞりながら言った。
「次は、さらに外の避難所にもリンクさせるよ」
「外、って……市外?」
「ああ。周辺の在庫管理データを全部クラウドに吸い上げる。AIで学習させて、必要な場所に必要な分だけ流す。ロスも、横流しもゼロになる」
「できるの、それ?」
「できるよ。というか、やるしかないよ」
そして、さらに一晩。
AIは、近隣3つの避難所と連携し、物資の再配分を自動で始めた。
トラックの燃料効率は倍になり、配送の遅延はほぼゼロ。ドローンでの小口配送も稼働を始めた。
夜明け前の空に、青白い光が点々と飛び、まるで希望そのものが舞っているようだった。
「これ、魔法みたい」
美咲がぽつりと呟いた。
僕は首を振った。
「魔法なんかじゃないよ。人間の知恵だ。ちゃんとやれば動くもんさ」
徳本リーダーが僕に握手を求めてきた。
「本当にありがとう。これで、もう食料を取り合う必要はないぞ」
「まだ始まったばかりですよ」
「いや、君が来てから、なんだか将来に明るさが見えてきたような気がするよ」
その言葉に胸の奥が少し熱くなった。
ありがたいことだ。でも僕もエンジェルたちもまだまだ足らないものがあることに気がついていた。それは
「信用できる共通の通貨」なのだ。
物資が動くなら、人も動く。人が動けば、取引が生まれる。そのための「媒介」がなければ、このシステムは完成しない。
政府が配布している「復興デジタル通貨」は、すでに信用を失っていた。
個人情報は抜かれ、税金を勝手に引かれ、利用停止も簡単にできる。
東アジア救援軍が国民を管理するための道具なのだ。
おまけに親父がかつて発見、公開して問題になった技術的な欠陥も抱えている。
だから、僕は別の手段を使うことにした。
『量子コイン』だ。
理論は昔からあった。だが、つい最近実用化され始めた新しい通貨システムだ。
ブロックチェーンをさらに発展させ、量子乱数を使って完全匿名化したトークン。それは、信頼を超えた「次の自由」そのものだったのだ。
パソコンを開く。すぐにエンジェル=ルーズベルトから反応がある。
《隼人、あなた、あれを使う気?》
《復興通貨は腐ってる。今のうちに真っ当な市場を作って見たいんだ》
《いいわね、やりましょう。だけど、今でいいの?》
《うん、マジさ。言ってたよね。試してみないとわからんだろって》
その夜、量子コインのベータ版を入手、みんなで作業を開始した。
使いたい人のスマホに専用のウォレットアプリもインストールできるようにしなくちゃならない。ここで使うにはネットが弱くてもローカル決済が成立するようにしないとね。
1週間後、アプリも完了した。僕は避難所でお披露目をした。
「これ……お金なの?」
美咲がスマホをかざして、首を傾げた。
「うん。別に政府とか救援軍とは関係ないんだよ。僕たちが便利になるだけだよ」
「ふーん、信じられないわね」
彼女が細くて長い指を伸ばしてスマホをタップ。アプリを立ち上げた。画面に淡い光が浮かび上がった。
残高:50両。
「登録したボーナスで最初から残高は入れてある」
「50両って江戸時代みたい」
「みんなが分かりやすいようにしたんだけど、ちょっと古いかな」
「少しダサいかも。でもとにかく使ってみましょう」
美咲はスマホを抱えて立ち上がった。避難所のみんなに見せに行くようだ。
そのタイトなジーンズがキュッと切り上がった後ろ姿を僕はぼんやり見惚れていた。
それからの数日間、避難所の中はまるで江戸の町屋みたいになった。
お互いにコインを送り合い、食料や水を分け合う。価値が循環し始めると、笑顔も増えた。
誰もが少しずつ「与える側」にも戻っていったと思う。
「これで、ありがとうって言えるんだね」
美咲の言葉。うまいこというね。僕はうなずいた。
徳本リーダーは僕を呼び、言った。
「この通貨、他の避難所でも使えないか?」
「アプリがあればもう使えるよ」
「へえ。僕たちは独自の経済圏を持ったってことか」
「そうなるんですかねー」
僕自身は便利になればいいや、って始めただけだからね。
でも独自の経済圏。
その響きにみんな少し考え込んだ。
国の統制外にある通貨なんだ。それは、自由の証であると同時にもしかしたら反逆かもしれない。
新しい技術って時には新しい世界を生むのかもしれないね。
だけど、ここにもう一つの重要な問題がやっぱりあることに僕は気がついていた。
それは人間のエゴと暴力だ。
実際、前回の近隣の避難所のような事件は絶えず起きていた。時には、もっと悪いニュースが流れてきた。
ドローンについてもそうだ。
なんでも、薬を運ぶために飛行しているドローンが落とされたらしい。どうやら地上から弓で狙い撃ちされたとのこと。
はぁ?なんだよ、源氏の達人かぁ?
僕たちはただ、平穏に、満足に、暮らしていきたいのだ。でもそれを妨げようとする亡霊たちが待ち構えていた。