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白山小梅
12
#借金
1,754
* * * *
警察官からの聴取を受けている間も、瑠維は何も喋らず、ただ春香の隣にいてくれた。
今までの出来事、そして今日のことを伝えていると、時間はあっという間に過ぎて日付が変わっていた。
「ではまたこの件に関して連絡がいくと思いますので」
「はい、わかりました」
まだこの件は終わってはいない。むしろこれからが長いのかもしれない。警察官の話を聞いて、春香はそう感じていた。
警察官は春香の部屋から引き上げ、ドアを閉めようとした時だった。先ほどの記憶が蘇り、体に悪寒が走った。そのことに気付いた瑠維が代わりにドアを閉めて鍵をかける。
春香がベッドに腰を下ろすと、瑠維は窓辺に近寄りカーテンを閉めた。静かになった部屋には、春香と瑠維の二人だけ。時計の音だけが響き渡る。
「あの男は捕まったし、春香さんが不安になるものはなくなりましたね」
「うん……そうだね。それはちょっと安心」
笑顔を作ろうと頑張ってみたが、心からの笑顔にはほど遠かった。
自分の部屋を見渡してみる。いつもの部屋と何も変わらないのに、所々で町村の言動が呼び起こされていく。
植え付けられた記憶というものは、そう簡単には消えてはくれないだろう。自分の部屋に居たくないと思ったのは初めてのことだった。
次の引っ越し先を探すと言っても、すぐに見つかるかわからない。ホテルなんて泊まったらあっという間に残金が底をつく。ここにいる以外の選択肢はないのだろうか。
大きくため息をついて下を向いた春香の前に、瑠維が跪く様子が視界に入ったが、顔を上げる気にはなれなかった。
「春香さん、しばらく僕の家に来ませんか?」
「……えっ……」
彼の言葉の意味を理解するのにかなりの時間を要した。黙って考え込んで、意味がわかってからはどうしたらいいのか悩み始めた。
「ここは先輩の部屋ですが、もう《《以前と同じ部屋ではありません》》。あの男が入り込んだ部屋になってしまった。そんな辛い場所に留まることはないんです」
「えっ……でも……そこまで迷惑かけられないし……」
「春香さん」
おずおずと顔を上げると、瑠維が真っ直ぐ春香を見つめていた。
「何度も言いますが、もっと頼ってください。僕はあなたに頼られたいんです」
頼るあてのない春香にとって、こんなに勇気付けられるものはない。
「本音を言えば僕は怒っているんです。勝手に一人で行動をして、危険を自分から引き寄せたんです。あの男にチャンスを与えてしまったようなものですから」
「それは……!」
「僕を危険に晒したくなかったんですよね? 近藤先輩から伺いました。だから……その気持ちが嬉しかったから、もうその怒りは忘れることにしたんです」
瑠維は躊躇いながらも、そっと春香の手に自分の手を重ねた。
「それにこう言ったら春香さんを不快にさせてしまうかもしれないけど、今だって僕の部屋のキッチンとリビングで過ごしているわけですし、使う場所が少し増えて、滞在時間が長くなるだけで、たいして変わりはしません」
「……そうなの……?」
「そうなんです」
「でも今までは遊びに行ってるみたいな感覚だったけど、付き合ってもいない大人の男女が泊まりって……」
「僕のこと、信用出来ませんか?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
「じゃあいいじゃないですか。それ以上言い訳をこねるのなら、強引にでも連れて行きますよ」
瑠維は春香の脇の下に手を差し入れ、わざと持ち上げるフリをする。くすぐったさと恥ずかしさで顔を真っ赤にした春香は、瑠維の手から逃れようと体をくねらせる。
「わ、わかった! でも邪魔になったらいつでも追い出していいからね」
「そんなことあり得ないので安心してください。さっ、必要な荷物をまとめてしまいましょう。旅行用のカバンかキャリーバッグはありますか?」
春香は頷くと、立ち上がってクローゼットを開け、中からキャリーバッグを引っ張り出した。
「手伝いましょうか?」
「ううん、大丈夫。あっ、でももしよければ、冷蔵庫の野菜とかは持って行きたいんだけど……腐ると大変なことになっちゃうし」
なるべく早く新しい部屋を探すつもりだったが、日数がわからないからこそ、野菜をそのままにして家を空けたくはなかった。
「わかりました。僕は冷蔵庫の野菜を袋に詰めますので、春香さんは必要なものをまとめてください」
「うん、ありがとう」
こんなに危機的な状況の中にいるのに、彼のおかげでそれを感じずにいられるのは不思議だった。
痒いところに手が届くように、瑠維くんが手を差し伸べてくれるからだわ……彼にはどうやってお礼をしたらいいのだろう。考えても思いつかなかった。
とはいえ、今は荷物をまとめることに集中しないと、時間は刻々と過ぎていく。今度直接聞くと決め、春香は洋服、下着、化粧品などをキャリーバッグに詰めていった。
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