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白山小梅
12
#借金
1,754
なんて長い一日だろう。疲れがどっと出た春香は、瑠維の車の中で一言も発することがないまま、窓に寄りかかってぼんやりと空を眺めていた。
車が駐車場に止まり、彼が春香のキャリーバッグを引いてくれているのを見ても、
「ありがとう」
の一言しか出てこなかった。
瑠維の家に着くなり、昼食以降何も口にしていないことを思い出す。こんな状況でもお腹が空くことに苦笑いをした。
でもこんな時間に食べるわけにもいかず、春香は我慢しようとした時、
「春香さん、お腹空きませんか?」
と瑠維が声をかけてきた。
「な、なんで私がお腹空いてるって知ってるの?」
「知ってるというか、僕自身がそうなので」
瑠維は春香をカウンターの席に座らせると、自分はキッチンの中に入っていく。
「少しだけ待っててください」
そう言うと、コンロに置かれていた鍋に水を入れて火にかけ、冷蔵庫から豆腐と玉子、冷凍庫からカットされたネギを取り出した。
手際よく鍋に放り込み、鶏ガラと塩と胡椒で味付け、最後に玉子を投入する。手際良く調理する姿に感心し、鼻を掠める香りに食欲をそそられてうっとりした。
「こんな時間に炭水化物を摂るのは罪悪感がありますからね。でも空腹じゃ寝ることも出来ませんから」
瑠維はカウンターにスープの入った器を二つ並べた。春香はそれを自分の前と、隣の席に置く。その途端、春香のお腹が悲鳴を上げたため、二人は顔を見合わせて笑った。
「食べていい?」
「もちろん」
温かなスープを口に含むと、体中に染み渡っていく。体も心も温まり、緊張で強張っていた体の力が抜けていく。
「瑠維くんって、私の欲しいものがお見通しみたい」
「……そうなんですか?」
「そうなの。こんなに甘やかされて、痒いところに手が届くような至れり尽くせりな生活をしていたら、どんどんダメ人間になっちゃいそう」
「……でも、そうやって意思疎通が出来る相手って貴重じゃないですか?」
「うっ、確かにそれも言えてる」
「それに僕、そんなポジティブなことを言われたのは初めてです」
「ポジティブ?」
「えぇ、大抵は"目の上のたんこぶ"って言われてきましたから」
「あはは! そんなこと、初めて聞いたんだけど」
すると瑠維はどこか満足そうな顔になると、スープを食べ始めた。
あぁ、そうか。今もずっと私が暗い気持ちにならないように気を遣ってくれているんだーーそう思うだけで胸が熱くなった。
その時、先ほどの瑠維がスープを作ろうとした際の言葉を思い出して春香はハッとした。
『知ってるというか、僕自身がそうなので』
彼が春香の家に駆けつけてくれた時間は、普段の夕食の時間よりも早かった。ということは、彼も春香同様、何も食べていないーー?
そう言えば椿ちゃんから連絡をもらったとも言っていた。それは一つの仮説を導き出していた。
春香はスプーンを置くと、瑠維の方に向き直った。
「あの……もしかして椿ちゃんから今日のことを聞いていた?」
瑠維は春香の方は見ずに、スープを食べ続けている。
「聞きましたよ。春香さんから届いた怪しすぎるメッセージを何度も読み返していたら、池田先輩経由で近藤先輩から連絡が来たんです。それで納得しました」
そういえば先ほど椿から連絡があったと言っていたが、一体どこまで話したのだろう。
「椿ちゃんはどこまで瑠維くんに話したの?」
「……店にあの男が現れて、僕のことを引き合いに出して春香さんを脅したこと。それから春香さんが僕に迷惑をかけまいと、今日は一人で帰ろうとしていることを教えてくれました」
それって会話の全容じゃない……ということは、瑠維は全部知っていたことになる。
「……私のメッセージ、そんなに怪しかった?」
怪しまれないようにと書いたメッセージだったが、やはり彼には通じなかったようだ。
「ええ。こんな時に飲み会なんてあるはずがないと思っていましたし。だから警察の方にお願いして見回りをしてもらっていたんです。僕はとりあえず春香さんが無事に帰るのを見届けたら帰ろうと思っていました」
確かにあのタイミングで警察官が現れたことには驚いた。
「えっ……じゃあもしかしてずっと……?」
瑠維は頷く。
「春香さんが帰って来た時は、あの男の姿も見えなかったから大丈夫だろうと思っていたら、まさか別の階に隠れていたとは……予想外のことが起きたので、部屋に行くのが遅くなってしまってしまいました。すみませんでした……」
「なんで瑠維くんが謝るの⁈ 謝るべきは私の方だし……。ちゃんと瑠維くんに頼れば良かった。勝手なことをしてごめんなさい」
「ーーそうですね。そこは反省してください」
「うっ、もちろん反省してるってば」
食事も摂らずに私を心配して来てくれただなんてーー不謹慎だとわかっていても嬉しくなる。
瑠維は空になったスープ皿をカウンターに置くと、春香の方に向き直った。