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「ルナリア・エルフレア! 本日をもってお前との婚約を破棄し、我が国から永久追放とする!」
きらびやかなシャンデリアが輝く夜会会場に、王太子カイルの傲慢な声が響き渡った。 楽しげに流れていた音楽がピタリと止まり、またたく間に数百人の貴族たちの視線が私へと集中する。
カイル様の隣には、豪奢なドレスをまとった見慣れない女が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて寄り添っていた。
「カイル様……それは、どういうことにございますか?」
私が静かに問い返すと、カイル様はフンと鼻で笑った。
「とぼけるな! お前が『聖女』の地位に胡座をかき、何の実績も残さない無能だからだ! 我が国を護る結界は、隣のリーザがその強力な魔力で維持してくれていた。お前はリーザの手柄を横取りしていただけの詐欺師ではないか!」
「まあ、お可哀想なルナリア様。ご自身の異能が消えてしまったことを、優しさから隠していらっしゃったのね」
リーザと呼ばれた女が、わざとらしい悲鳴を上げてカイル様の胸に顔をうずめる。
そんなはずはない。この国を魔獣の脅威から護る『月光の結界』は、私が毎日、身を削るような祈りを捧げて維持しているものだ。リーザという女からは、聖なる魔力など微塵も感じられない。
しかし、周囲の貴族たちは一斉に私を冷酷なあざ笑いで包み込んだ。
「やっぱりな。あの地味な女が聖女など、最初からおかしいと思っていたんだ」
「カイル殿下を騙していたなんて、なんて強欲な女かしら」
誰も私の言葉を信じようとはしない。 長年、この国のためにすべてを捧げてきた結果が、この仕打ちだ。
頭の奥に、暗く苦しい記憶がよみがえる。
聖女として王宮に迎え入れられてからの数年間、私はまともな食事すら与えられなかった。
カイル様からは「無能の給料泥棒」と罵られ、あてがわれたのは冷たい地下の物置小屋。
『月光の結界』を維持するため、毎晩、指先が凍りつくような寒さの中で、血を吐くような祈りを捧げ続けてきたのだ。
『ルナリア、明日の生誕祭までに結界の強度を二倍にしろ。できなければ飯は抜きだ』
カイル様の冷酷な命令。
寝る間も惜しんで魔力を絞り出し、私の心も身体もボロボロだった。それなのに、私が命を削って張った結界の成果は、すべて「カイル様と、彼の息がかかったリーザの手柄」にすり替えられていたのだ。
贅沢がしたかったわけじゃない。ただ、この国の人々の平穏を守りたかっただけなのに。
胸の奥が、すうっと冷めていくのが分かった。
(ああ……もう、いいんだ。これ以上、この人たちのために傷つく必要はない)
溢れそうになる涙をぐっと堪え、私はまっすぐにカイル様を見据え、深く頭を下げた。
「……分かりました。殿下のご意志のままに」
「ふん、神妙にしていれば可愛いものを。おい、この詐欺師を今すぐ連れ出せ!身一つで国境の向こう側へ叩き込め!」
カイル様の命令によって、私はお気に入りのドレスを引き裂かれ、着の身着のまま夜の冷たい雨の中へと追い出されたのだった。
ガタゴトと、粗末な馬車が揺れる。窓の外は、激しい嵐が吹き荒れていた。荷物も持たされず、ただ凍える身体を抱きしめる。
けれど、不思議と絶望はなかった。
長年、私の心を縛り付けていた重い鎖が、パチンと弾け飛んだような解放感があった。
「これでやっと……あの人たちのために、無理をして祈り続けなくていいのね」
私はそっと胸に手を当てた。私の内側には、まだ誰にも見せていない、夜空を照らす満月のような銀色の魔力が、静かに脈打っている。
馬車が止まり、兵士によって国境の門の外へと突き飛ばされる。冷たい泥の中に膝をついた瞬間、背後で巨大な鉄の門が重々しい音を立てて閉まった。
その時だった。
パキィン……ッ!!!
激しい雨音を突き破って、祖国の空から『何かがひび割れる音』が響いてきた。それは、私がこの国に残してきた最後の結界が、完全に消滅した合図。
(さようなら、私の育った国。……これからは、リーザという新しい聖女様と、どうぞお幸せに)
私は振り返ることなく、目の前に広がる暗い森へと、ふらつく足取りで歩き出した。体力の限界はとうに超えている。視界が急速に狭くなり、私はついに、冷たい地面へと倒れ込んでしまった。
意識が深い闇へと沈んでいく中、激しい雨を遮るように、誰かの影が私を包み込んだ。
「おい、こんなところに娘が倒れているぞ……」
低く、けれど酷く心地のいい声が、雨の音に混ざって聞こえた――。
激しい嵐が、ルナリアの小さな身体を容赦なく叩きつける。
国境の森の冷たい地面に倒れ伏した彼女の意識は、すでに途切れかけていた。
その時、暗闇の奥から、数頭の軍馬の足音が近づいてきた。
馬を止めたのは、漆黒の外套をまとった一団。その中心にいる男こそが、隣国ガルディニア帝国の若き皇帝、アレンだった。
アレンは濡れた黒髪をかき上げ、冷徹な切れ長の瞳でルナリアを見下ろした。
彼の身体からは、不治の呪いである『黒い霧(ノワール・スカイ)』が、禍々(まがまが)しく揺らめいている。触れる者すべてを蝕むその呪いのせいで、彼は常に深い孤独と激痛の中にいた。
「おい、こんなところに娘が倒れているぞ……」
「アレン様、危険です! 国境近くの行き倒れなど、暗殺者の罠かもしれません!」
側近の騎士が慌てて制止するが、アレンはなぜかルナリアから目が離せなかった。
泥にまみれ、ボロボロの服を着ているというのに、彼女のプラチナブロンドの髪は、まるで夜空に浮かぶ繊細な三日月のように美しく輝いていたからだ。
「構わん。……放っておけば死ぬ」
アレンは馬から飛び降りると、躊躇なくルナリアの身体を抱き上げた。
その瞬間だった。
「っ……!? これは……」
アレンが驚愕に目を見開く。
アレンの手が触れた瞬間、ルナリアの胸の奥から、ぽうっと温かく清らかな銀色の光の粒が溢れ出したのだ。
それは、彼女が無意識のうちに放った『月光の奇跡(ムーン・ベール)』。
銀色の光は、アレンの身体を包んでいた禍々しい黒い霧に触れた瞬間、サラサラと美しく、まるで夜明けの霧が晴れるように浄化していく。
それと同時に、生まれてからずっとアレンを苦しめ続けていた胸の激痛が、嘘のように消え去っていった。
「俺の、呪いが……消えていく……?」
何年もの間、帝国のあらゆる高位魔術師や聖職者が束になっても傷一つつけることができなかった絶対の呪い。それが、このか細い少女に触れられただけで、一瞬にして溶かされていく。
アレンの腕の中で、ルナリアがうっすらと金色の瞳を開けた。
視界がにじむ中、自分を抱きしめる美しい黒髪の男性を見つめ、ルナリアは消え入りそうな声で呟く。
「……あたたかい、夜……」
そのまま、ルナリアは安心したようにアレンの胸に顔を埋め、深い眠りに落ちていった。
アレンの胸に、かつてない温かい感情が突き上げる。
彼は、腕の中の小さな聖女を壊れ物を扱うように強く抱きしめ直すと、背後の騎士たちを振り返った。
「全速力で城へ戻る。この者は、我が命に代えても守るべき『最高の国宝』だ。ただちに最高の医師と、極上の寝室を用意しろ!」
「は、ハッ!」
激しい雨の中、アレンはルナリアを抱いたまま馬にまたがり、帝国へと駆け出した。
一方その頃――ルナリアが去った祖国では、空を覆っていた結界が完全にパリンと砕け散り、地鳴りのような魔獣の咆哮(ほうこう)が響き渡り始めていた。王太子カイルと偽聖女リーザが、これから迎える本当の地獄など、まだ知る由もない。
コメント
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うわあ、読了です! 第1話からもう怒涛の展開ですね……。ルナリアが長年虐げられてきたのに、追放された瞬間に「鎖が弾け飛んだような解放感」を感じるの、すごく切なくて、でも彼女の強さを感じました。そしてアレン皇帝が彼女を抱き上げた瞬間、呪いが浄化されるシーンは一気に引き込まれました。この「月光の奇跡」の設定、もっと知りたいです。続きが気になる……!