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「信じられないかもしれませんが、私は清廉潔白です」
私達の前にいる男性は、少し気まずそうにしながら言葉を発していた。
彼は、ナルーゼ・オーバル。オーバル子爵の息子であり、ネメルナ嬢の兄である人物だ。
ウォーラン殿下が話を聞きに行ったはずの彼は、現在王城にいる。なんでも、弁明のためにわざわざここまで来たそうだ。
「父上は確かに罪を犯していましたが、私はそれらの事実を知りませんでした。これでも一応、真面目に生きてきたつもりです。悪いことをしたことがないとは言いませんが……」
ナルーゼという人物のことを、私は計りかねている。彼の言っていることは、どこまで信じていいのだろうか。
もちろん、オーバル子爵が悪人だったからといって彼まで悪人だと考えるのは良くないことだ。個人は個人として、考えるべきだろう。
ただ別に、ナルーゼという人物を信じられる要素はない。その言葉から、真意をなんとか読み取らなければならない。
「メルーナ嬢の失踪に、私は関わっていません。何なら、屋敷を調べてもらっても構いませんよ。どうせこちらにはもう失うものなどありませんからね。父上のせいで、オーバル子爵家は終わりです」
少し投げやりになりながら、ナルーゼは言葉を発していた。
当然のことながら、オーバル子爵家は現在大変な状態である。まだ正式には決まっていないが、今後恐らく没落することになるだろう。
その状態で、メルーナ嬢に危害を加えるものだろうか。いや、投げやりになってそうするという可能性もある。
「もちろん、私にできることがあるならなんでもします。父上や妹の件は、私も危ない可能性がある。没落は仕方ないにしても、私まで捕まるなんてごめんです。少しでも心証を良くしておきたい」
ナルーゼの言葉には、切実なものがあった。
その様子は、演技とは思えない。心からそう思っているといった感じがする。
これは、信じても良いものなのではないだろうか。私は段々とそう思えてきた。
「もう一度言っておきますが、私は清廉潔白です。何もしていません。ほら、この通り」
そう言ってナルーゼは、両手を広げていた。
その様子は、少し滑稽に思えてしまう。彼は少し、天然なのかもしれない。
よく考えてみれば、オーバル子爵の思惑に関してはネメルナ嬢もまったく知らなかった。
それはまず間違いない事実だ。そこから考えると、彼が事実を知らなくても、おかしくはないのかもしれない。
その事実から、彼はメルーナ嬢を害した犯人ではないと考えるべきだろうか。
その可能性の方が高いと、私は思っている。まあ本人も言っている通り調査すれば、わかることだろうか。
◇◇◇
「なんだか大変なことになっているみたいだな?」
「ええ、まあ……」
オーバル子爵家のナーゼルから話を聞き終えた私とイルドラ殿下の前に現れたのは、オルテッド殿下だった。
彼は不安そうな顔をしながら、質問をしてきた。第五王子である彼も、メルーナ嬢の失踪については聞いているようだ。
「メルーナ嬢のことを、オルテッドは知っているのか?」
「ええ、イルドラ兄上。少し話をしたことがあるのです。つい先日のことですが……」
「そうだったのか。それは知らなかったな」
オルテッド殿下の言葉に、イルドラ殿下は驚いていた。
私も驚いている。その二人に繋がりがあったなんて、思ってもいなかったからだ。
とはいえ、王城に来ていたのだから、王子と話をしていてもおかしくはない。オルテッド殿下は、年少であるが故に他の王子よりも話しやすい所があるし、納得はできる。
「どんな話をしたのか、一応聞かせてもらってもいいか? もしかしたら、メルーナ嬢を見つける手がかりになるかもしれない」
「ああ、俺もそのつもりで来たんだ。実はさ、メルーナ嬢とはアヴェルド兄上のことを話したんだ」
「何?」
私とイルドラ殿下は、顔を見合わせた。
アヴェルド殿下の名前が出て来るとは、意外である。メルーナ嬢が彼のことを話すとは、あまり思えないのだが。
「兄上のことを……何の話をしたんだ?」
「メルーナ嬢は、アヴェルド兄上のことを悼んでいたんだよ」
「悼む……」
「ああ、優しい女性なんだろうな。あんなのことを悼んでくれるなんてさ」
オルテッド殿下は、アヴェルド殿下に対して辛辣だった。
それは当然のことではあるのだが、そんな彼に対してもメルーナ嬢は慈悲の心を見せているようだ。
ただ彼女は、実の父親に対しては辛辣だったような気もする。その辺りは、身内とそれ以外で違うということだろうか。いや全てが終わったため、心境に変化があったのかもしれない。
「だからさ、仮にメルーナ嬢がモルダン男爵家の領地に行ったなら、やっぱりお墓参りなんじゃないかって思うんだよ。ほら、亡くなった二人の」
「なるほど……それはそうかもしれないな」
私とイルドラ殿下は、また顔を見合わせることになった。
お墓参りという可能異性は、確かにありそうではある。私だって一応は、アヴェルド殿下の一件で亡くなった二人のことは悼むつもりだった。色々とあったとはいえ、そのくらいの気持ちは芽生えるものだ。
メルーナ嬢も、きっと同じように考えたのだろう。
しかしそれなら、どうして彼女はそこから帰って来ないのだろうか。私達は、またそのことについて考えることになるのだった。