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駅から周辺に連なるファッションビルのひとつに二人で入り、お目当ての水着売り場に向かった。柊も一緒に選んでくれたので、自分で選んだ水着と柊オススメの水着(少し嫌な予感)のいくつかを、試着室に持っていく。
「へえ、カップルで入れるとか、最近の試着室はご親切だな」
二畳ほどの広々とした試着室は、入口をカーテンで仕切られており、ご丁寧に1人用のソファーまで置かれていた。
あたしは自分用の水着しか持ち込んでいないのに、自然な流れで柊が入ってきたのは、一体、どうして?
「……や、あの、なんで!?入ってこないで!?」
「店員さんに勧められたから良くない?」
涼しい顔をした柊はしれっと言うけれど、こっちは全然良くないわ。それとも、世のカップルはこういうシチュエーションでも難無くイチャイチャ出来るの?
『ホックに髪の毛引っかかって外れないから、とって♡』
『はあ?全く、お前ってやつは鈍臭いな』
『やっ、ホックまで外さなかった?もお!』
お笑いか。あたしと柊で置き換えてみても、絶対に上記のような展開にはなり得ない。無理無理無理!
「恥ずかしいから出てって!」
「は?何が恥ずかしいわけ。柴崎の身体の隅から隅まで見てますけど」
「知ってますけど。……じゃあ、着替える時反対側向いてて!」
「つまんな」
ぶつくさ言いながらも、あたしの言いつけを守った柊は、くるりと踵を返してスマホに視線を落とした。着替えの一から十までを見られるのと、柊に服を払い落とされるのでは、恥ずかしさの種類が違う。
物音を立てないようにって、極限まで神経をとがらせ一度目の試着をして「……着、ました」と、しり込みしながら伝えると、こちらを振り向いた柊は眉を顰めた。
「……それ、最早服じゃん」
ええ、そうです。今あたしが着ているのはタンキニタイプの水着だ。何を隠そう、あたしが選んだのはタンキニやワンピースばかりである。
「服でいいじゃん。水着は水の中に着る服でしょ」
「屁理屈。男のロマンを分かってない」
「はあ?あたしは女だから分かるはずないもん」
「じゃあ彼氏としてお願い。これ着てみて?」
窮屈そうに身体を屈めて、柊は強請ってくる。うう、その顔はずるい。あたしは多分、柊のお願いに世界一弱いので、こくんと頷いた。
「試着だけなら……でも!やっぱり恥ずかしいから、
柊は出てって!」
「終わったら見せろよな」
無に戻った柊はさっさと出ていくので、強ばった身体から緊張が取り除かれる。
やっと心置き無く着替えたはいい。しかし、柊が選んだ水着は無しだ。胸の谷間はレースアップされているし、下の面積は心許ない。おしりがはみ出ないかちょっと心配だ。
これが男のロマン……?どこが……?
男というより、柊の個人的なロマンだとおもう。柊はお尻フェチなのかな?巨乳好きのお尻フェチって、ハードルが高すぎる。どこの王様だ。
一応、約束したので、カーテンの隙間から顔だけぴょこんと出して店内に居るはずの柊を探した。
柊 碧音って男は、羨ましいくらいに長身なので、案外早く見つかった。ロマンな水着をまだ選ぶつもりなのか、売り場の中央あたりに居る。
こっち、気付かないかなぁ。
お店で固有名詞を叫ぶのは気が引ける。子どもの頃、スーパーや商業施設なんかで、お母さんに大声で呼ばれる度に、恥ずかしくて仕方なかった。
他人のフリをしたくても、無視を決める方がもっと油を注ぐから、せめてもの抵抗に返事はせずにお母さんの元へ戻っていた。
なので、目力で柊に気づいてビームを出す。LINEを打てばいいのだけど、生憎、取りに行くのが面倒である。お願いだから、気付いて。
柊にビームを送っていると、ふと、ある事実に気付く。
…………て、あれ?柊、知り合いと一緒……?
よくよく見ると、柊の口元は動いているから、誰かと話している様子だ。この距離だとさすがに内容は分からないけれど、柊の向かい側にいるのはミルクティーベージュの巻き髪が可愛い女の子だ。
お人形みたいに可愛い女の子は、柊と仲がいいのか終始笑顔である。柊の雰囲気も、心無しかリラックスされているようで、口元は微笑んである。
誰だろ……?大学の友達……?
そうであって欲しいけれど、不特定多数の女性とだらし無い関係だった柊だ。あの女の子が” ソウイウ “お友達であって欲しくないし、そうだとしても、街中で偶然会ってもあんなふうに仲良さそうに話して欲しくない。
あたしの時は、すきって二文字さえ、無表情なのに。
白山小梅
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