テラーノベル
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夜。
スタジオの照明はすでに落ち、いれいすメンバーはそれぞれの帰路についた。
けれど、ないこはまだ一人、編集ルームに残っていた。
画面には、“歌ってみた”動画のサムネイル。
ファイル名は、たったひと言。
「kaoton_buginaiko」
ないこ(心の声):
「タイトルも、タグも、編集も……全部、自分でやるって決めたんだ。
もう誰かの手を借りなくてもいいくらい、自分の声に責任を持ちたいって、そう思ったから」
マウスを動かす手が、少しだけ震えている。
ないこ:「……でも、やっぱ、怖ぇな……」
戻ってきてから、ずっと感じていたこと。
俺はもう“前のないこ”じゃない。
声が出なくなって、闇に落ちて、それでも帰ってきた“今の俺”は――
どこかが、確実に変わっている。
ないこ(心の声):
「それでも、見てほしい。聴いてほしい。
……いや、“知ってほしい”。
俺が今、ここで、まだ“歌ってる”ってことを」
アップロードボタンにカーソルを合わせる。
画面の中の、「公開」という文字が、まるで試すように瞬いている。
ないこ:「――行け」
クリック。
たったそれだけの動作なのに、指先に雷が走ったような感覚。
アップロード進行バーが伸びていく。
時間は、ほんの数十秒。
けれど、その一秒一秒が、胸をえぐるようだった。
ないこ(心の声):
「……戻る場所なんて、最初からなかったのかもしれない。
でも、今は――“ここ”に、俺の声がある」
*
数分後。
通知音が鳴る。
SNSがざわつき始めていた。
> 「!? ないこ……?」 「うそ、まさか本人!?」 「混沌ブギ、これ……声が……」 「叫んでる。泣いてるみたい」 「生きてたんだ……!」
ないこはそれを、何度も何度もスクロールしていた。
手のひらの温度が、ほんのり上がっていく。
ないこ(心の声):
「……ありがとう。
誰かが“聴いてくれる”ってだけで……
こんなにも、俺は、俺でいられる」
*
その夜。
いれいすメンバーのグループチャットが、再び動いた。
初兎:「おかえり、ないこ」
いふ:「声、ちゃんと聴こえた」
悠佑:「やっぱり、“歌”は嘘つかないね」
いむ:「最初から、逃げる必要なんてなかったのに」
りうら:「……でも、今戻ってきた君が、いちばん好きだよ」
ないこは、ゆっくりスマホを胸に引き寄せた。
ないこ:「――ただいま」
その声は、小さくて、掠れていた。
けれど確かに、“音”になっていた。
次回:「第二十七話:もう一人の俺が、動き出す」へ続く
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