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「今日は照明と……ドレッサーも行っとく?」
「ドレッサーのぅ……間を置いた方がいい気もするが、逆に早いうちに行った方がいい気もする」
ガチムチ駆除の噂が回るのは早かろう。
従来の姿を取り戻して、混雑する前に行くのが無難かもしれない。
「お店の近くに寄って、あまり人がいないようであれば顔を出す感じでどうかな?」
「もともと人気店じゃからな。アリッサの提案に賛成じゃ」
「照明を売っているお店は、何ていう店名なの?」
「煌めきの恩寵……で、大丈夫じゃと思うがのぅ」
「女性店主で、女性だけのお店なんだけど、その店主が気難しいのよ。まぁ、アリッサなら大丈夫だと思うけど」
「気に入られるのは間違いなかろうて。好かれすぎたら……妾が何とかするさ」
どうやらきらびやかな名前のお店にも気になる点があるらしい。
夫の駄目出しはしないが、悩んでいる気配がする。
まずは夫に、問題があるようなら即時退去する旨を伝えておく。
「頑張って適切な距離を取るようにするわね」
何かとトラブルに遭遇しがちなので、今日はすんなりと買い物をしたいなぁと思いつつ、香しさが立っている工芸茶を飲みつつ、デザート各種を楽しんだ。
お粥だけに留まらず、工芸茶にデザート山盛りと朝から豪華な食事になってしまったが、存分に活力をもらった! という好印象しかない。
唯一ランディーニだけがおなかをぽっこりさせて、飛ぶのが辛いかもしれぬのぅ……と弱音を吐いており、守護獣二人を笑わせた。
お詫びの名を借りたサービスの最後は大量の無料券だった。
ちなみに今回の代金に関しては、今後来にくくなるので……と規定の料金を支払っている。
留守を守る皆にも紹介したいのだ。
この良心的で気安い店ならば、私が同行しなくとも大丈夫だろう。
奴隷たちだけでも楽しめる店が一つでも増えればいい。
裏口から料理長他、穏やかな雰囲気の女性店員数人に見送られて店をあとにする。
「こんなにいいお店なのに、副店長だけ、どうしてあそこまでお花畑思考なのかしら?」
「小蜘蛛たちに調べさせたが、副店長は店長の婿だったようじゃ」
「そうなのね!」
「店長は副店長にベタ惚れな点以外は、いい店長じゃったようだが……今回は選択を迫られるじゃろうのぅ……」
副店長を退職させるのは当然。
店のためを思えば、離婚も必要になってくるだろう。
あそこまでお花畑満開の頭であれば、退職したぐらいで、店に口を出さなくなるとは到底思えない。
「店長の評判は概ね良かったみたいだからね。これを機会に、理性的な決断をするんじゃない? 幼馴染み独身のお米屋さん跡取り息子が、頑張っているみたいだし」
雪華も小蛇で情報収集をしていたのだろうか。
そんな話までも教えられる。
「そうじゃのぅ。もともと幼馴染みの二人の中に、顔と口だけしか能がない副店長が割り込んだ形じゃったみたいじゃし」
ランディーニまでもが語り出した。
常連さんも多そうだったし、この辺りでは昔から有名だったのかもしれない。
幼馴染みモノの恋愛小説を数多く読んだ身としては、このパターンであれば最後まで添い遂げられる気がするので、何となくだがお勧めしたい。
余計なお世話であろうが。
「家の子たちにも食べさせてあげたいから、いなくなるといいな、副店長」
「ふむ。アリッサに同意じゃ。小蜘蛛たちに監視させておくとしようかの」
「監視って!」
「うーぬ。では経過観察でどうじゃ?」
「それならいいのかな?」
やっていることは一緒でも表現の差異で、随分と受ける印象が違うものだ。
彩絲と雪華に挟まれて、ランディーニに先導される形で歩いている。
煌めきの恩寵までの道のりは、秘密の近道を使わなくてもいいようだ。
食後の腹ごなしといった意味合いもあるのかもしれない。
何せ、朝からよく食べたのだから。
美女二人と一緒に歩いていれば、やはり男性がにやけた顔で近寄ってくる。
しかし彼らは私に声をかけられない。
背後から近寄ってくる者は、彩絲がしゅるんと糸で巻き上げて拘束し、雪華の尻尾で遠くに弾き飛ばされている。
前方から近寄ってくる者は、ランディーニの魔法で遠くに飛ばされていた。
風系の魔法のようだ。
ウインドサークルかな?
男性ほど多くはないが女性も近寄ってくる。
しかも彼女たちは何故か、勢いよく走ってくるのだ。
だが助走の態勢に入った段階で、こちらは騎士が排除してくれていた。
最愛の称号持ちに騎士の護衛がつくのは普通らしい。
私の場合は、夫が嫌がるので表立ってはついていないが、恐らく影で護衛をしている方たちがいるのだろう。
お世話になっているのであれば、夫に許可を得て、きちんとしたお礼をしておきたいものだ。
夫からの許可がおりてこないので、ぷくりと頬を膨らませておく。
謝礼も謝罪も早いに越したことはないというのに。
「ん? 頬を膨らませてどうしたのじゃ?」
「……主人から、騎士の方たちへの謝礼許可が下りないの」
「あー、それはたぶん、フェリシアの報告待ちなんだと思うよ」
「フェリシアの?」
「うん。私たちと別れたあとで、接触があったみたいだから」
「そうだったのね!」
ごめんなさいね、喬人さん!
フェリシアの顔を立ててから……という流れだったのだろう。
私の謝罪には、やわらかい苦笑での返事があった。
また女性一人と男性二人が飛ばされているなぁ……と眺めていると、店に到着したようだ。
「ようこそ、おいでくださいました」
照明専門店といえば、外にまで溢れる光でもって商品その物をアピールしているイメージがあった。
しかし、この店はその真逆をいくようだ。
少し古びた佇まいの入り口には、優しい光が灯っているランプが一つ揺れているだけだった。
粛々と頭を下げたのは一人の女性。
目を引くのは頭から生えている大きな角。
鹿の角だ。
基本的に鹿の角は雄しか持たないはずだが、何事にも例外はあるし、ここは異世界なのだから普通にありだろう。
女性にしか見えないが、男性であるというケースもあるかもしれない。
しかし、ここの店長は癖のある女性と聞いている。
「うぬ? なんじゃ、代替わりをしたのかぇ?」
ランディーニの声が低い威圧を帯びる。
先ほど話していた気難しい女性店長とは、別の人物らしい。
「いえ……店長は、その……最愛の御方様がおいでになると伺い、興奮して倒れてしまいました……」
透き通った茶色の瞳が憂いを帯びる。
「そ、そうか。そこまでか……」
「はい。御方様には失礼とは存じますが、店長は限りなく恋情に近い崇拝を時空制御師様に捧げておられますので……」
夫の戸惑いを理解する。
恋情にどれほど近くても、崇拝でしかないので、問題ないと判断したのだ。
崇拝者がその最愛を傷つける例はあまりにも多い。
しかし店長は崇拝の最愛も同じように崇拝すべき対象である! というタイプなのだろう。
「主人と同様に崇拝されるほどの、何物も私は持たないのだけれど……店長さんの容態は大丈夫なのかしら?」
「はい。口をこじ開けて精神を安定させる薬酒を飲ませましたので、一晩眠ってはしまいますが、起きたときには通常通りの心身ともに健常な状態に戻りますので、どうか御安心くださいませ。あの……最愛様は、店長をお厭いにはならないのでしょうか?」
「恋情に近い崇拝なれば、それは崇拝です。しかも店長さんは、最愛である私も同じように崇拝してくれているのでしょう? 厭う理由には、なりませんね」
「……重ね重ね失礼を申し上げました。時空制御師様を尊敬する身としましては、最愛様のように希有な方が、御方様の最愛であられることを、心より嬉しく思います……入り口で長々と大変失礼をいたしました。どうぞ、中へお入りくださいませ」
扉の向こうには、柔らかな光が幾つも優しく灯っている。
私の目には、それが誘蛾灯のようにも映った。
不思議に妖しい魅力があるのだ。
それがどんな危険な明かりだとわかっていても、近付いてしまうような。
「店長の暴走を止められるのは貴女だけでしょうね。薬酒も正しい判断だったと思うわ。でも崇拝者の究極形態として、主には一度見てほしかったんだよねー」
「なるほど。そういった意味合いであれば、店長も御方様のお役に立てましょう。ノワール殿と相談して、機会を設けるように手配いたしましょうか?」
「なんじゃ、我らでは不満か?」
「不満など微塵もございません。ただ、適材適所というだけでございますよ」
言葉使いこそ丁寧だが、守護獣たちと対等の関係でいられるようだ。
やんわりと己の意見を通す様子は、なかなかに見事だった。
「店長を制御して見せた褒美に、今回は意見をきいてやろうかのぅ、コンスタンツェ」
「ありがとう存じます、ランディーニ殿」
ばちばちっと火花が飛び散った気がする。
好戦的な光景にも関わらず不愉快な気配は一切なかった。
コンスタンツェという名前らしい鹿角の女性は、私だけを特別扱いして、全身を包み込むような豪奢なソファに座らせる。
他の三人はテーブルを挟んで反対側にある、いかにも従者用といった簡素なソファへ座らせた。
「こちらがカタログにございます、最愛様。本日はどういったお品物をお求めでございましょうか?」
テーブルの上に五冊ばかりのカタログが置かれる。
表紙からして、種類別に分かれているようだ。
シャンデリア、テーブルスタンド、フロアスタンド、ガーデンライト、ゲートライトと書かれている。
「もしどんな照明を入れたらいいか迷っておられるようであれば、屋敷見取り図を拝見した上で御助言いたしますが、いかがいたしましょう?」
「屋敷見取り図、じゃと?」
「ええ、必要なものでございますよ、彩絲殿」
「っていうか、このお店。お茶も出ないわけ?」
「朝食を堪能されたと聞き及んでおりますので、あえてお出ししなかったのですよ、雪華殿」
「……のぅ、コンスタンツェよ」
「お言葉ですが、ランディーニ殿。従者を従者として扱わねばならない場面を、知っておいた方がよろしいと愚見申し上げます。私《わたくし》、最愛様が侮られるなど、許したくはございませんので」
要は従者を自由にさせすぎると、その主人までもが侮られると心配してくれているのだろう。
「心配してくれてありがとう、コンスタンツェ、さん?」
「これは大変失礼をいたしました! 私、煌めきの恩寵が副店長、コンスタンツェ・バルヒェットと申します。どうぞ、以降もお見知りおきくださいませ」
「では、バルヒェットさん。従者の扱いを見て私を侮るのであれば、私もそれ相応の対応を取らせていただきたく思いますの。ですからどうぞ、お気になさらないで?」
自己紹介もしない人に、そこまで踏み込まれる覚えはない、と切って捨てる。
コンスタンツェよりも三人が驚いていた。
夫も驚いているらしく、大丈夫ですか? と心配そうな声が届く。
「ふふふ。私がらしくない振る舞いをしたからといって、驚かなくてもいいんですよ?
ただ、私は……必要であれば大切な人が望まずとも、守れる態度を取れると示したかっただけですから」
「一崇拝者の身に余る対応を、五体投地にて感謝申し上げます!」
茶色の瞳に、狂気に近しい崇拝の色が宿る。
私は彼女が望む以上の振る舞いができたようだ。
コンスタンツェの五体投地を穏やかに見つめる私に向かって、守護獣やランディーニも静かに頭を下げた。
あまり、無理をしてはいけませんよ。
愛しい、麻莉彩。
ただ夫だけが、私が無理をしている様子を労って、愛を囁いてくれる。
見透かされてしまう恥ずかしさ以上の嬉しさに、私は微笑を深くした。
私はまず屋敷見取り図の存在を問う。
返答に憮然としてしまった。
私以外全員が持っていたのだ。
またしてもぷうと膨れてみせる。
今度は尋ねずとも私の不機嫌の理由がわかったらしい。
「いや! あれじゃぞ? 主には、一通り揃ってから渡すつもりじゃったのだ!」
「そうそう! 隠し部屋の安否確認も、まだ完全じゃなかったし!」
「……仲間外れにしたわけでないのは、信じてくれるのぅ? ……のぅ?」
言い訳という名の説明を聞けば、まぁ、わかる。
向こうでは夫が一手に管理していて、疑問が生じればその都度尋ねて教えてもらう形を取っていた。
今回だってそうなのだろう。
キャンベルと屋敷の契約をした際に、見取り図もあった気がするし。
「隠し部屋?」
「う、うむ。危険な場合が多いからのぅ。ドロシアとも相談して、見て回ろうと時間を取る予定じゃったのだ」
「私も見てみたいけど……確認がすんでからにするわ。見取り図は家具が揃ってからもらえればいいし。コンスタンツェさん。隠し部屋にも照明って必要かしら?」
「そうで、ございますねぇ……」
ささっと差し出された見取り図を見たコンスタンツェが思案に沈む。