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「使うにしろ、使わないにしろ、管理は必要かと思われますので、扉付近にスタンドライトを一つ。もしくは部屋の奥にブラケットを設置なさるとよろしいかと」


「ブラケット?」


「はい。こちらのカタログを御覧くださいませ」


用意されていたのとは違うカタログを開かれて、指で示される。

壁面に取りつけるタイプの照明らしい。


「では、どちらもつけてほしいわ。ブラケットはどうやって点けるのかしら? スイッチがあるの?」


「ええ。ございますし、スタンドライトを点けたら同時に点灯するような手配も可能です」


「安全を考えるとどうかしら?」


「部屋の外に一つ設置するのが無難と思われます」


「では隠し部屋には、スタンドライト一つ、ブラケット一つ、スイッチ一つで全部ね」


「現時点では、最良かと思われます。部屋が整備されてのちに必要でしたら、飾り用のスタンドライトや、シーリングライトなどを御検討されては如何でしょうか?」


三人は静かに私たちのやり取りを見守っている。

珍しい。

感情の起伏が激し過ぎる私を心配しているのかもしれない。

必要であれば、見取り図のように聞けばいいと判断し、続けてコンスタンツェに相談する。


「私の部屋には天井にシャンデリアは必須でしょう? ベッドの足元にフットライトも欲しいかしら。あとはベッドで読書とかしたいから、それに適した照明があると嬉しいわ。ドレッサー近くにもあると便利な気もするし……クローゼットの中にも必要ね」


「……主、いい、ですか?」


「ええ、勿論。まずは私の部屋で他に必要な照明があったら教えてほしいの」


私の返事を聞いて安堵したように雪華が語り出す。


「トイレの中に一つ。明かりの色は柔らかめでシーリングライト。猫足バスタブの上に一つ。明かりの色は柔らかめでペンダント。防水加工をしっかりしたもので。テーブルの隣に一つ。食事が美味く見える色でスタンドライト……でどうかなぁ、彩絲」


「現時点ではそんな感じじゃな」


「それでは、天井のシャンデリアからまいりましょう。最近人気のお品物はタンポポ型。掃除が大変と従者には嫌われますが、独特の細やかな光が人気でございます。定番のクリスタルが下がっているタイプの人気も安定しておりますね。こちらは光の煌めきが美しいものが多くなっております。鈴蘭型、百合型、カラー型なども衰えぬ人気がございますね。装飾に色が入ったものが急上昇している……といったところでしょうか」


プロがいて良かったとしみじみ思う種類の豊富さだ。

クリスタルの煌めきに憧れがあるし、タンポポ型も愛らしい。


「百合型がいいかしら? 周囲に薔薇があしらわれているのが素敵だわ」


「薔薇の色も斬新な色ではないのがいいね! この色は心安らぐ優しいピンク色だ」


「うちの場合はドロシアが喜んで掃除をしてくれるから、その点の心配もいらぬしな」


幽霊のドロシアにかかれば足場いらずだ。

羽持ちのフェリシアも丁寧に掃除してくれそうだし、ノワールに至っては完璧にこなしてくれるだろう。

なるべく手を煩わせたくないと思うが、彼女らは私が好みを優先するのを望むだろう。


「承りました。続いてフットライトでございますね。こちらの人気はベッドの下から照らす長方形タイプと、フットマットのそばに置く丸形タイプがございます。尚丸形タイプは特殊素材でできておりまして、寝ぼけてぶつかっても柔らかく足を包み込んで、転倒やお怪我を防止いたします」


「ほぅ! 初めて聞く素材じゃ。現物はあるのかのぅ」


「こちらでございます」


興味津々のランディーニがコンスタンツェにほてほてと近寄っていく。

ブラックオウルのぽてぽて歩きは、ガン見してしまうほどに愛らしい。


よく聞かれるのだろうコンスタンツェは素早くランディーニの目の前に、ころんとした丸さに愛嬌を感じてしまうライトを置く。


「ふお! 不思議な感触じゃな!」


ライトの上、フクロウの小さな足でジャンプしたくらいでは、変形しない。


「どれ……ほぉ……確かに、これならば安全な素材じゃな」


ジャンプを続けているランディーニの邪魔にならないように、感触を確認した彩絲が大きく頷く。

促されて私も触ってみた。

力を入れるとぺっしゃりと潰れてしまう。

肌触りはどこまでも優しいが、しっかりと足の裏を捕まえて転ばないように支えてくれる力強さがあった。


「当店自慢のフットライトでございます。他店での販売はございません」


「だよねー。今の今まで知らなかったよ!」


「店主が工房と相談の上で作り上げ、最近どうにか商品化にまでこぎ着けましてございます……すばらしい才能も持っている店主なのでございますよ」


コンスタンツェに少しだけ自慢げな気配が宿る。

何だかんだいっても彼女にとって店主は大切な存在なのだろう。


「そんな才能があったとはのぅ」


「妾も初耳じゃ」


「商品への拘りが強すぎて、他の良さが見えにくい店主ではございます……では、フットライトはこちらでよろしゅうございましょうか?」


「ええ、すばらしい照明ね。照明以外にも使えそうだわ」


「はい。そちらも関係者と相談して、今後とも販路を広げていく所存でございます。次いで、ベッドでの読書には、百合型の特殊ライトをお勧めいたします。ベッドヘッドに絡めるタイプで、茎に当たる部分は自在に動かせるようになってございますので、ライトの移動が容易くなっております……少し、お待ちくださいませ」


席を外したコンスタンツェが、本物の百合によく似た形のライトを持ってくる。

茎に当たる部分を触れば、くにゃりと曲がった。

これなら落ちることなくベッドヘッドに絡められそうだ。

ライトの光は柔らかい色で目にも優しい。

オンオフは、一枚だけついている葉っぱを上下させると説明された。


「綺麗で使える読書灯とか嬉しいわ。ありがとう」


「お気に召していただけて光栄にございます。さて、ドレッサー近くに……とのことでございますが。こちらはドレッサーに付随している場合もございますが如何いたしましょう? 当店で御購入いただけるようであれば、お化粧に必要なスポットライトもしくは……お顔の気になる点を見なかったことにする、装飾過多なライトをお勧めすることになりますが……」


スポットライトで細やかなところまで見た上での化粧ではなかろうか?

お年を召した貴族夫人などは、肌の衰えを直視したくないのかもしれないが。

コンスタンツェの窺うような声に、そんな思案を巡らせる。


「ドレッサーは森の木陰で購入予定ですの」


「最愛様が華麗に問題解決されたと耳にいたしまして、即時商品の搬入はすませてございます」


「あちらと提携していらしたのね?」


「はい。お花畑屑さえいなければ、信頼できる店でございましたので、手配いたしました」


「それなら、ドレッサーについているものにしますね」


「もしお心に叶わないようであれば、交換も可能ですので、御遠慮なさらずに申しつけてくださいませ」


「そうさせていただくわ」


そう申し出てくれるのであれば、照明は一手に引き受けているのだろう。

気になる点があったのなら、言葉に甘えさせてもらおう。


「クローゼットの中でしたら、シーリングライトでございますが、ドレッサールームですと……この大きさであれば、シャンデリアを用意される方も多うございますが……」


「ドレッサールームにシャンデリア……王族みたいだわ……」


そんなコミックスを読んだ。

あれは確か悪役令嬢物だった気がする。

真紅薔薇のシャンデリアはなかなか強烈だった。


「最愛様は王族以上の存在でございます。どうかお心のままにお選びいただきますよう……」


「では……このクリスタルタイプにしようかしら。ティアドロップ型の」


サイズが小さいので豪奢というよりは、可憐な印象が強い。

ティアドロップ型なら光も然程反射されないのでちょうどいいと思ったのだ。


「お色はホワイトでよろしゅうございましょうか?」


「ええ、他の色も可愛らしいけれど、ホワイトでお願いします」


ドレッサールームであれば余計な色があると、何となくよろしくない気がしたので無難な選択をした。


「それでは他の物に関しましては三人と相談いたします。勿論お気になる点がございましたら、御一緒していただきたく存じますので……」


コンスタンツェは奥に向かってパンパンと手を叩いた。

準備をしていたのだろう、デザートワゴンを引いた女性がやってくる。

清楚な佇まいの女性だった。


「紅茶は癖のないブランド・スイート。ミニタルトは五種類用意してございます。本日のお勧めはロベリートスチョーコレトのミニタルトでございますが、どちらも自慢の逸品でございますので、全て召し上がっていただけたなら光栄でございます。こちらは当店専属パティシエール・ノーラにございます」


「最愛様にお召し上がりいただく栄誉を賜りましたこと、誠、僥倖でございます」


驚くことに専属のパティシエールまでいるらしい。

身分の高い女性相手の接客に慣れている店舗ならではの備えなのだろう。


「有り難くいただきますね」


私の言葉にノーラは目を潤ませながら深々と頭を下げる。

勢いがよくて、コック帽が転げ落ちそうだった。


甘い名前のごとく、砂糖を入れずとも仄かな甘みのある紅茶とともに、ミニタルトをいただく。

当然全部いただいたが、甲乙つけがたい美味さだった。


三人とコンスタンツェが、客と店員のやり取りには見えない激しいやり取りをしていたのには、一度も口を挟まなかった。

どこか楽しそうでもあったし、出された紅茶とミニタルトが美味しすぎたからだ。


様子を窺っているノーラが、いそいそと追加の紅茶やミニタルトを出してくれたので、三人が思いついた全ての照明についてやり取りが終わった頃には、すっかりおなかがいっぱいになってしまった。



コンスタンツェとノーラに見送られて、煌めきの恩寵をあとにする。


「鹿人が人間を伴侶に選ぶとは珍しいのぅ」


「ん?」


「同族の雄と番うよりはマシという選択じゃったのであろ?」


「んん?」


「コンスタンツェは特に甘い物が好きな美食家だしね。胃袋を掴まれちゃった感じじゃないの?」


「「なるほどのぅ」」


「んんん?」


四人にしか聞こえないように、読唇術でも読み取らせないように。

気配の遮断を兼ねた結界を施された上での会話は、内容を選ばないようだ。


「コンスタンツェとノーラは正式な伴侶のようじゃ。あの繋がり方を見るに教会での祝福を得ているらしいのぅ」


「こちらでは同性婚って可能なんですね」


「種族が違うと揉めるケースが多いけどね。煌めきの恩寵は、女性の同性愛者に優しい職場なのよ」


「……ということは店長さんも」


「アリッサが好きそうな逆ハーレムを築いておるのぅ」


ハーレムは男性が、女性複数に、思いを寄せられるケース。

逆ハーレムは女性が、男性複数に、思いを寄せられるケース。

だとしたら、女性が女性複数に思いを寄せられるケースは、普通にハーレムではなかろうか?

そもそも私が好きなのは、二次元での逆ハーレムだと主張したい。

不遇の主人公が努力の末に掴む溺愛逆ハーレムなら、尚好ましい。

二次元なら都合良く全員が納得しているハッピーエンドも迎えられるだろう。

だが、三次元では駄目だ。

私にとっては異世界たる、この世界でも駄目だ。

特に元寵姫がしでかしたような、本来の嗜好を洗脳で変化させている系統の、悪質なものはいただけない。


「煌めきの店長の場合。不遇な者を助けていたら懐かれてしまい、気がついたら店長以外望んでハーレムに甘んじておるからのぅ。まぁハーレムの中でも変わり種じゃな」


「店長は何時でも手放す気はあるみたいだけどね。ハーレムの子たちが望まないんだってさ。ハーレムの子たちも仲が良いし」


「というか。あわない者はどれほど望んでも淘汰されてしまうだけじゃろうが」


男尊女卑の世界で、女性を救うための措置として生まれたというハーレムが、煌めきの恩寵では正しく機能しているのだろう。

だとしたら、ありかなぁ?

もっとも私が全否定したとて、本人たちが納得しているのならば、口出しをするべきではないのだけれど。


「そういった嗜好の方が、よく主人を崇拝するわねぇ?」


「ああ、御方様はそういう次元におられないそうだ」


「別枠と言っておったのぅ」


「なるほど。何となく納得できたわ」


否定されがちな嗜好の持ち主に、夫は優しい。

きっとそのどこまでも平等で揺るぎない優しさが、崇拝の根源となるのだろう。


「森の木陰は混んでいるが、奥方が来るなら貸し切りの手配を取ってくれるそうじゃぞ」


「え? 無理はさせていないかしら!」


「コンスタンツェが連絡を取ったらしいのぅ。客も森の木陰や煌めきの恩寵での買い物が『お得』にできるとなれば、多少の無理にも応じるじゃろうよ」


「それだけ、アリッサの来訪は歓迎されるんだよねー」


「経済効果は無論じゃが、老舗として誇りが満たされるであろうなぁ」


「双方不満なく手配が完了しているなら、行かないのはかえって失礼ね。では、このまま行きましょうか」


遮断されていた気配が、緩やかに本来の姿へなっていく。

突然現れたように見える私たちに、何人かがぎょっとしたようだ。



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