其の日、俺達は──────百物語をした。
百物語とは──────?
三人から九十九人の人達が一部屋に集まり、百本の蠟燭(ロウソク)を用意して、怪談を一つする毎に蠟燭を一本づつ消していく行為。
九十九本の蠟燭を消し終わり、朝になったら終了。
百物語を途中で止めたり、蠟燭を九十九本消しても、朝になるまでは明かりを点けてはならない。
尚、必ず九十九話目で止める事。
百話目は絶対に語ってはならない────。
──────プルルルルルル
電子音が響くと同時に、振動がズボンの布越しに伝わる。
中「ン?誰だ…?」
そう呟いて俺はポケットから携帯を取り出した。
少し特徴的な高い電子音を伴って、俺は通話釦(ボタン)を押す。
携帯を耳元に近付けると、篭もった声で電話相手は云った。
太『やっほ〜!中y──────ブツッ
反射的に、電話を切る。
魂が叫びまくった。
今のは幻聴だ!疾く寝ろ!と。
俺は先刻の出来事をなかったようにする。
ふぅ、と吐息をして、カウンターに携帯を置いて背筋を伸ばした。
中「ン゙ー────っは………よし、寝るか」
晴れ晴れした気持ちで俺は云う。
先刻の太宰の声は気の所為だ。
抑々、電話なんてかかってきて───プルルル!
電子音が後ろから聞こえる。カウンターに置いた携帯からだった。
晴れ晴れした雰囲気が一瞬で崩れ去る。
──────プルルルルル!プルルルルル!
煩く感じる程の電子音が耳に響いた。苛立ちが募っていく。
刹那、もう一つの電子音が何処からか聞こえてきた。
不思議に思い、俺はリビングの扉の方へ視線を移す。
もう一つの電子音が近付いて来るように、音が大きくなっていった。
厭な予感が脳裏を掠める。
妙な汗が頬を伝ったその瞬間──────
太「やっほー!中也〜ぁ!全然出ないから来ちゃった〜!」
リビングの扉が開き、電子音が響く中、太宰は云って来た。
手には携帯が握られている。
太宰がかけてきたのだと、瞬時に俺は悟った。
太宰の背後の方に居た、申し訳無さそうに顔を曇らせる敦と、特に何も思わないが少し帰りたそうにしている芥川が、渋々リビングに入ってくる。
俺は全てを悟った。そして其れと同時に全身の力が抜けた。
床に膝を着く。
中「頼むから帰ってくれ……」
声を絞り出した。
太「無ぅ〜理♡」
猫撫で声のような太宰の声を聞いて、俺は気持ち悪さに背筋が寒くなる。
敦「済みません中也さん…止めようとしたんですけど、止めきれなくて……………」
敦が申し訳無さそうに云う。
中「否……まぁ、しょうがねェ…(?)」
俺は様々な感情を吐息と共に吐き出し、立ち上がって云った。
中「先ず面子(メンツ)おかしいだろ……」
敦「それは僕も思います……」
芥「…………ケホ…」
太「うふふ♪」
ふと、俺は太宰が肩にかけているトートバッグに気付く。
バッグの中には何かがパンパンに入っていて、布がはち切れんばかりに膨らんでいた。
中「オイ太宰、其のバッグ何入ってンだ?」
俺がそう問うと、太宰はにんまりと機嫌の佳い笑みを浮かべる。
太「よくぞ聞いてくれた中也!」
目を輝かせて太宰が云ってきた。
敦と芥川は揃いも揃って、俺と太宰から視線を逸(ソラ)す。
厭な予感がした。
太「今日の為に敦君と芥川君にも買い物に手伝って貰ったのだよ!」
買い物ォ…?
刹那、太宰は自分の肩に掛けていたバッグの中身を見せるように、俺の目の前に開いた。
中「…………………………は、?」
思わず目を見開く。
バッグの中には、何本もの蠟燭と蠟燭立てが入っていた。
太「今から此のメンバーで……」
──────百物語をやろう!!
***
芥「如何でしょうか、太宰さん?」
蝋燭立ての位置を莫迦みてェに微調整しながら、芥川は太宰に聞く。
俺達は円になるよう床に座っていた。
太「うん、其処らへんだね」
其の言葉に、芥川の表現が少し明るくなる。
褒められたのが嬉しかったのだろう。
太「それじゃあ────百物語を始めようか」
蠟燭立てを手に持った太宰は、静かな雰囲気へと誘うような口調で云った。
中「…………………………いや、何でだよ?」
俺が突っ込む。
敦が俺の言葉に小さく頷いた。
太「ひっどーい、皆で百物語をやろうって話だったじゃないか…!」
中「やろうとは言われたが此方は良いだなンて云ってねェ!!」
芥「…………ケホッ…」
蝋燭立てを移動し終わった芥川が床に座る。
敦「太宰さん明日、早朝ですよね……?」
少し呆れた視線を向けながら敦は太宰に云った。
太「大丈夫だよ敦君、私が遅刻だなんて何時もの事じゃあないか」
そう云って、太宰は朗らかな笑みでドヤる。
敦「自覚してて続けてたんですね」
中「遅刻常習犯がドヤってンなよ」
太「最近、皆の当たりが強い気がするなぁ……中也は元々だけど…」
中「あ゙ぁ゙?」
隣に座る太宰を睨みながら俺は云う。
太「芥川君もそう思うよねぇ?」
芥「………………僕を巻き込まないでください…」
太「えぇーっ、皆して酷いなぁ…」
中「よし…敦、今から此奴を隣町までぶっ飛ばすけど佳いよな?」
太宰を親指で指し、片脚を立てながら笑顔で敦に聞く。
敦「流石にそれは止めてください……」
中「ンで?マジで百物語やるのかよ?」
太「嗚呼、やると云ったからにはやるよ、私は」
すると太宰は、嘲笑しながら俺を見下して云った。
太「それとも何かな?彼のポートマフィア幹部(小)サマでも、百物語は怖くてできないのかな?精神年齢が身長に合って小学生なのだねぇ」
中「誰が小学生だよ死なすぞ手前、つーか一々(小)付けンじゃねェ」
太「あ、怖いのを否定しないって事は矢っ張り───」
中「別に怖くねェし!やってやるよ百物語!!」
太(………ぷッ…チョロ……)
敦「…………………あの…今更なんですが、百物語って何ですか?」
手を頭の位置までゆっくりと上げながら、敦がおずおずと尋ねる。
芥「貴様、百物語を知らぬのか?」
口元に手を寄せ、小さく咳をしてから芥川が云った。
敦「そう云うお前は如何なんだよ……」
芥「僕も知らぬ」
敦「………………何なんだよ、、」
眉をひそめながら、敦はジト目を芥川に向ける。
俺は太宰の躰を肘で突いて云った。
中「ほら、手前が呼ンだンだろ?説明してやれよ」
太「では説明しよう、百物語とは────」
敦「成程……ようは怪談をすれば佳いんですね?」
太「そう。流石敦君、飲み込みが疾いねぇ」
太宰は柔らかな笑顔でそう云うと、敦の頭を優しく撫でた。
照れながらも、少し嬉しそうな笑顔を敦はする。
芥(何故、人虎だけ………)
何となく芥川の雰囲気が暗くなったように感じた。
中「………………芥川、ルールは判ったか?」
芥「…ぁ、はい」
中「そうか……」
俺は手を伸ばして、芥川の頭に手を置いた。
髪を撫でる。
中「飲み込みが疾くて偉ェな!」
ニッと、笑顔を浮かべて俺は云った。
芥「──────はい…????」
何云ってンだ此奴と云う表情を芥川がする。
中「かッわいくねェ!!」
気遣いを踏み躙られた感じがして、少し腹が立った。
太「それじゃあ始めるよ」
床に落ちるような妙に静かな声で、太宰が云う。
俺はリビングの電気を消した。部屋は暗くとも、百本の蠟燭が辺りを照らす。
元の座っていた場所に戻った。
太「敦君から時計回りで行こうか」
敦→太宰→中也→芥川。
太宰の言葉に全員が頷く。敦が近くに在った蠟燭を持った。
敦「…………あの、話す前に確認したいんですけど…」
太「…うん?」
中「…ン?」
芥「…ケホッ……?」
敦「ちゃんと怪談してくださいね?」
太「安心し給え、怪談の中の怪談をしようじゃないか(←前回、寝坊助エピソードを語った男)」
中「怪談は怪談だろ?他に何があるンだ?(←何となくだが、怪談が下手そうな男)」
芥「………ケホ…(←怪談ができるか判らない男)」
敦「そう云って太宰さん前回、自分の寝坊助エピソード語ったじゃないですか……」
太宰にジト目を向けながら、敦は呆れた口調で云う。
芥「…!」
芥(太宰さんの寝坊助エピソード…!?)
中「一々ザワってなるな芥川!」
敦「ちゃんとしてくださいね、太宰さん」
太「任せ給え…!」
芥「人虎!太宰さんの寝坊助エピソードとは何だ!?」
敦「…いや、太宰さんに普通に聞けよ」
芥「僕が太宰さんに聞いて普通に答えてもらえると思うか?」
敦「……ぁ、えっと………ご免」
芥(……羅生門…ッ…)
敦「ゔわッ!?何すんだよ!!?」
芥「勝手に異能が出た」
敦「巫山戯るな芝刈り機!マジで転職しろ!」
芥「何だと…!?貴様こそ動物園に戻れ!」
敦「出身、動物園じゃないから!!」
太「はいはい、二人共仲良いねぇ〜」
敦と芥川に太宰が触れる。
太宰の異能力・人間失格により、芥川の異能────羅生門で形取られた黒獣が、雲散霧消した。
新双黒「「仲良くありません!!」」
太「ほら仲良い(笑)」
中(一向に始まらねェなァ……)
漸く百物語が始まった。
敦「………以前、探偵社で僕達は怪談をしました」
何処か静かな声色で、敦は云う。
太「嗚呼、私が寝坊助エピソードを披露した時だね」
中「黙って聞いてろ!」
小声で云いながら、俺は肘で太宰の腹を突く。
少し苦笑した後、敦は続けた。
敦「後日、鏡花ちゃんが僕に云ったんです。────『こっくりさんがしたい』と」
俺と太宰、そして芥川の表情に、少しの感情の乱れが入る。
何故なら『こっくりさん』、ソレはオカルト的にも有名な“儀式”でもあるが、其れと同時に危険度が高いからだ。
【※絶対にやらないでください。百物語もです(主】
やったのか?と聞きたい気持ちを堪え、俺は敦の話を聞く。
敦「孤児院育ちの僕でもこっくりさんは知っていたんですが、よくルールが判らなかったので、携帯端末(スマホ)で調べたんです……」
確実に、室内が“そう云う雰囲気”に包まれた。
俺は息を呑む。
敦「調べた所、こっくりさんが結構危険な事を僕は知りました。そして鏡花ちゃんに、二人だけじゃできないし、代わりに怪談をやろう?と聞きました」
「多分オカルト的な事をしたかったんでしょうね、鏡花ちゃんは喜んで頷きました」
俺は敦の話を聞きながら、その光景を脳に浮かばせる。
簡単に想像できた。
敦「如何にかこっくりさんは免れましたが、僕はあまり怪談の持ちネタが在りませんですので、同じように携帯端末で調べたんです」
俺は胡座をし、腿の上に肘を付いて頬杖をしながら、敦の話を聞く。
中「……………ッ…」
冷や汗が頬にながれた。
太(……中也怖がってるなぁw後で驚かそww)
芥「……ケホ…」
敦「僕が見た某サイトは、実際にあった怖い噺や作り噺等が掲載されていました。此れは参考になるなと思い、僕は気に入った噺をスクショしていったんです……」
中(やべェ、スクショって何だ…?)
太(流石にそろそろ携帯端末に変えようかな……)
敦「ソレを繰り返し、そろそろ良いかなと思った瞬間、携帯端末の画面が乱れました」
「映像の一部にモザイクのような発光色の四角形────多分、ノイズだと思います。」
話していく内に、敦の表情が変わる。恐怖染みた表情だった。
敦「画面が割れた訳でもありません。古い訳でもありません。僕の携帯端末は新品でした」
「ならば何故、ノイズが起きたのでしょう?」
其の言葉に、思わず背筋が寒くなる。
堪えるように息を呑んだ。
敦「僕は怖くなり、画面を閉じました。そして鏡花ちゃんに謝り、夜の怪談を中止にしてもらいました」
太「………………」
中「っ………」
芥「…………ケホッ……」
敦「その日、僕は携帯端末に一度も触れずに床に就きました。そして翌朝、意を決して携帯端末を開いたんです」
「そうしたら──────」
中(そうしたら……?)
太「…………」
一呼吸置いて、敦は云った。
敦「………そうしたら、昨日調べた怪談の履歴は全て消えていました」
「こっくりさんや他の履歴は残っているのに、某サイトを見た時に調べた履歴だけは、全て消えていたんです。同じようにスクショした画像も。─────ふゥッ……」
敦が、手に持っていた蠟燭の火を吹き消す。
室内を沈黙が覆い尽くした。
太「……其の携帯端末は、如何したのだい?」
何処か含みのある口調で、太宰が聞く。
ゆっくりと瞬き一つした後に、敦はポケットから何かを取り出した。
敦「____…今でも使用しています」
携帯端末が全員に見えるように、はにかみながら敦は丁寧に持つ。
中「いや、持ってるンかい!!新しいの買えや!」
思わず立ち上がって、俺は突っ込む。
敦「でも携帯端末って高いんですよ…?」
中「そンくらい買ってやるよ!!曰く付きの携帯端末、何時までも持ってンな!」
敦「佳いんですか!?(←買ってもらえるのは嬉しい)」
目を輝かせる敦に、俺は「おう!」と答えた。
太「序に私にも買ってよ、中也!」
中「自分で買えや糞鯖!」
太「無理に決まっているだろう?毎日財布が川に流されるのだから…!(←自業自得)」
芥「…ケホッ…………」
芥(……次に進まないのだろうか?)
太「却説、次は私だね」
何処か自信のある笑みを浮かべながら、太宰は云った。
太「敦君と同じように、此れは私の身に実際に起きた話だ……」
記憶を掘り起こすように太宰はゆっくりと瞼を閉じ、しんみりとした声で話し始める。
太「深夜の……二時くらいだったかな?その日は何時にも増して眠れなくてね。携帯にイヤホンを繋げて、音楽を聞いていたのだよ」
薄い笑みを浮かべながら、太宰は話した。
太「ふと────カン…カン…カン、と少し高い足音が聞こえてくる」
「其の音は私達、武装探偵社がつかっている社員寮の階段の音と同じでねぇ、音が少しづつ大きくなっているものだから…………誰かが階段を登っているのだろうと私は思い、特に気にせず音楽を聞き続けた」
敦(何時の話だろう……)
中「…………」
芥「……ケホ…」
太「でも音楽を聞き、足音が近付いてくる中私は思った。──────何故、階段を登っているのだろうと……」
皆「……!」
其の言葉に、俺達は目を見開く。
恐らく其の時の太宰も感じただろう違和感に、俺達は気付いたのだ。
太「そう、皆各自の部屋で眠っている筈なのだよ。そして私が部屋に入ってからずっと、階段を下りる音は聞こえなかった……」
「誰かが来たのかと思い、私はイヤホンを外して耳を澄ました」
中「……ッ、」
敦(一寸怖い………)
太「然し不思議な事に、足音が消えた。矢張り誰かが来て、部屋に入ったのかと思ってね、再びイヤホンを私は付けた」
俺は息を呑む。
芥川が口元に手を寄せて、小さく咳をした。
太「すると音楽が流れてくると同時に、れいの階段を登る音が、耳奥に響く」
「勢い良くイヤホンを取り、扉の方に視線を移した。然し、矢張り足音は聞こえない。私は布団から躰を起こした」
中「っ…………」
心臓の鼓動が音を立てて波打つ。
ふと視線を移すと、敦の顔が青ざめていた。
其れに太宰は気付いても、表情を一つ変えずに続ける。
太「足音がイヤホンをしている間だけ聞こえる事に不思議に思いつつも、私は再びイヤホンを耳に付けた…」
「階段を登る音が聞こえなくなった代わりに、今度は廊下を歩くような音が聞こえた」
中「ッ……!」
敦「ヒェ……」
太「そして足音は廊下を進んで、手前にある国木田君の部屋の前を通るのが判った。またイヤホンを外しても、廊下からは何も聞こえてこない」
「国木田君の隣の部屋は私だ。別に其の足音の主が私の部屋に這入って来ると云う確信はない。だが、這入って来ないと云う確信も無かった」
俺と敦は息を呑む。
表情を一つも変えずに聞いている芥川に、俺は軽く引いていた。
太「厭な予感を感じたが、私は好奇心に抗えず、もう一度イヤホンを付けた…」
「其の瞬間、物凄い勢いで、足音が向かってきたのだよ」
敦「ヒッ…!」
敦の恐怖染みた叫び声に、俺はビクリと躰を揺らす。
太「私が瞬時にイヤホンを外して、部屋の扉に視線を移すと──────」
太「まるで誰かがドアノブを下げて直ぐに手を離したかのように──────ゆっくりと扉が、内側に向かって開けられていた」
中「………………」
呼吸が震えているのが何となく判った。
太「足音は消え、廊下には誰にも居なかった。私は扉を締め、音楽を聞くのを止めて其の日は眠りに就いた」
「若しイヤホンを外していなければ、私は如何なっていたのだろうねぇ?──────ふゥッ……」
手に持っていた蠟燭を、太宰は吹き消す。
沈黙が室内を包み込んだ。
太「如何だい敦君?今回はちゃんとしてただろう?」
ふふんっと自身のある笑みを零して、太宰は云う。
敦「………………………いやっ、何時起きたんですかソレ!?(←太宰と同じ寮)」
太「何時だったけなぁ〜?忘れちゃった☆」
中「手前の脳内に[忘れた]の文字はねェだろ」
太「ぇ、何?私の事褒めたの?気持ち悪いからやめてよ」
中「褒めてねェわ!死なすぞっ!」
芥「流石です太宰さん、素晴らしい怪談でした」
敦(怪談に素晴らしいって言葉は合っているのだろうか……)
中「よし、次は俺だな」
会話が一段落付いたところで、俺は切り出す。
できるだけ“そう云う雰囲気”になるように、俺はゆっくりと静かに語りだした。
中「此れはポートマフィアが、京都へと会合(其処まで大事な会合では無いので旅行込み)に行った時の話だ…」
「会合には首領と姐さんが、其の護衛に黒蜥蜴達、京都にはあまり行かねェのもあって、エリス嬢の面倒を俺は頼まれた」
瞼をゆっくりと閉じ、その時の記憶を掘り起こす。
中「エリス嬢と神社巡りに行ってな、土産屋で買ったのが入ってる紙袋を俺は持って、エリス嬢と京都の町を歩いていた」
芥(彼の土産は、僕等が護衛に当たってる間に買った物か……)←中也から土産を貰った人
敦(この時に京都に行ったんだ…)←中也から土産を貰った人
太(ポトマ暇なの…?)←中也から土産を貰ってない人
中「三十三間堂って知ってっか?其の近くをエリス嬢と歩いていた時だ……」
太(三十三間堂って………めっちゃ旅行満喫してるじゃないか、て云うか私お土産貰ってないなぁ……)
敦(三十三間堂って何だろう……お堂が三十三室も在るのかな…?)
芥「……ケホッ…」
中「その時、急に土産袋が重くなってな。エリス嬢が歩くのに疲れてぶら下がって来たンだと俺は思った」
「エリス嬢、歩くのが疲れたンでしたら異能で浮かせましょうか?と聞くと、エリス嬢は其の手の反対側に居た」
敦「ぇ……」
中「不思議な事に、袋の質量を重力で操作しても、腕は重いままだった」
「やがて在る交差点に行き着くと、急に其の重さがなくなった」
俺は側に在った蝋燭立てを手に取る。
中「若しかしたら………見えねェナニかが楽な移動方法を試していたのかも知れねェなァ…」
「まァ何方にしろ、不思議な体験だったぜ──────ふゥッ……」
蠟燭の火を俺は吹き消した。
太「三点」
中「は?」
太「詰まらない………中也、詰まらな過ぎるよ」
頬杖を付きながら、太宰は偉そうな口調で云う。
太「もっと刺激的なのないのかい?あと私お土産貰ってないのだけど」
中「手前が刺激的過ぎンだよ、っーか手前なンかにやる土産はねェッ!!」
俺は太宰の胸倉を勢い良く掴んで怒鳴った。
太「ヒドイなぁ中也、私達の三年間は何処に行ったのさ」
中「あぁそうだな!手前の所為で散々な三年間だったわ!」
太「散々だって、聞いた二人共?酷くなぁい?」
敦・芥「「僕を巻き込まないでください」」
中「其れとも何だァ、太宰?木刀でも買って送りつければ良かったか?」
太「一番要らないお土産ランキング一位で草(笑)、て云うか土産のセンス悪過ぎでしょ中学生?www」
中「あ゙ぁ゙!!?」
敦(また始まった………)
芥「………ケホッ…」
芥「次は僕ですね」
太「期待しないでおいてあげるから、善処し給えよ芥川君」
芥「…っ!はい…!」
敦(皮肉られてるのに何で気付かないんだろう……)
中(よく糞鯖の言葉でやる気上がれるよなァ…)
芥「これは樋口から聞いた話です」
太「おや、樋口さんの?其れは耳を澄まさねば」
敦「…………」
太宰に呆れた視線を敦は向ける。
中(矢っ張り今まで太宰が泣かせた女全員に、彼奴の今の住所教えてやろうかな……)
芥「まだ樋口が学生だった頃、或る時樋口は自室で本を読んでいました。ふと掛け時計に視線を移すと、時刻は丁度十二時に差し掛かった時……」
「昼頃になると、一階から母親の声が聞こえるそうです。『ご飯ができたよ』と……」
芥川のしんみりした喋り方に、俺の心拍数は妙に上がる。
芥「然し一階から母親の声は聞こえて来ず、当時の樋口はまだ食事の支度ができていないのだと思い、再び本を読み始めました」
「本を読んでいる間に、樋口はふと、ある事に気付きました」
敦の方から息を呑む音がする。
視線を移すと、少し顔が青ざめていた。
芥「樋口の実家は壁が薄いらしく、隣の物音が良く聞こえてくるそうです。それにも関わらず、其の日はどんな物音も聞こえてこなかった……」
「不思議に思い、樋口は妹の部屋に行きました。然し部屋の中には誰も居ません。そして矢張り、何処からも音が聞こえないのです」
中「………ッ…」
敦(怖い怖い怖い……普通に怖いんですけどッ)
太「……………」
芥「樋口は家中の部屋を開け、大声で家族全員の名を呼びました。返事が来るどころか、人の気配が一切しませんでした」
「自分に何も云わずに(そんな事はあまりない、と僕に語った時樋口は云い張りました。)外に出たと樋口は考え、玄関に移動しました」
中「ッ……」
厭な予感と緊張で、俺の心拍数はどんどん上がっていく。
敦(うぅ……お家に帰りたい………)
太(…………喉乾いたなぁ)
芥「玄関を見てみると、家族が何時も履いていた靴が在ります。詰まり誰も外に出ていないのです」
「ならば何故────家には誰も居ない?」
敦「ヒェ……」
恐怖染みた声を敦はもらす。
俺は息を呑んだ。
太(後で中也にワイン持ってこさせよう……)
芥「樋口は何となく家に居ない方が佳いような気がして、家族を探す為に外に出ました」
「樋口は町中を走り回ります。然し建物だけが存在し、生き物の声も何かの物音さえも聞こえてこなかったそうです。まるで自分の聴力が機能しなくなったかのように……」
中「………ッ…」
太(ぁ、ツマミも欲しいなぁ……蟹缶持ってくれば佳かった。中也ん家、在るかなぁ…)
芥「自分の家族だけではなく、地域に住んでる住民も誰も居ない。樋口は町を走り回った後に家に戻りました」
「家の中に家族がいる事を願って、樋口はドアの取っ手に手をかけ、家の中に這入りました。廊下を歩き、リビングの扉を開くと────」
芥「テーブルを囲むように家族が座っていました」
敦・中「っ…!」
芥「樋口が呆然として其の場に立ち尽くしていると、食事をしていた妹が気付いて『お姉ちゃん何処行ってたの?』と、樋口に声をかけてきました」
「樋口は小さく声をこぼして、家族をずっと探していた事を伝えました。其れに家族は口を揃えて──────『ずっと家に居たよ?』と首を傾げながら云いました」
敦(ぇ、如何云うこと………)
中(此れ実際にあったって思うと、やべェな……)
太(蟹缶と………あ、桃も買ってくれば佳かった…)
芥「母親曰く、何度も一階から呼んでも下りてこないので、先に三人で昼食を食べていたそうです。詰まり、家族は確り家に居たのです」
「ならば荒くなった此の息と、躰が重く感じる疲労感には、如何理由を付ければ佳いのでしょう?──────ふゥッ……」
手に持っていた蠟燭立ての火を、芥川が静かに吹き消す。
波打った心拍は一向に落ち着かない。
太「ねぇ、中也」
中「ぉわッ!?」
急に声をかけられ、俺は驚いて躰を揺らす。
中「ンだよ!驚かせンじゃねェ!」
太「いや…声掛けただけじゃあないか、喉乾いたからワイン取ってきて」
中「うっせぇ命令すンな」
太宰が云った事に対して動くのも癪だが、怪談をし終わる度に沈黙が続くのも厭なので、俺は渋々キッチンへと向かった。
中「敦は未成年だったよな?茶しかねェンだけど善いか?」
敦「あ、はい!お気遣い有難うございます」
芥「僕も茶を所望しま────」
中「手前は呑め、上司命令だ拒否権はねェ」
芥(……………職権乱用…)
太「取り敢えずコレで一周目だね、また敦君からだよ」
敦「えっ!中也さん待たなくて佳いんですか!?」
太「厠とか飲食しに行っても佳いのだよ、只怪談を途切れさせなければ多分セーフライン♪」
敦「なるほど……」
太「其れにあの蛞蝓を待ってたって時間の無駄だから」
中「あ゙ぁ゙!?聞こえてンだよ青鯖野郎!」
太「態と云っているのだよ、帽子置き場」
敦(……この人は、また…………)
芥「…………………ケホッ……」
飲み物を用意した俺達は、先程とは違い楽しみながら百物語をした。
時には一人が厠に行ったり、飽きたから帰って佳い?と云い出しっぺ野郎が云って来たりした。
その度に全員で止めたり俺が殴ったりと、色々あった。
そして怪談じゃない話をする奴も居た為、俺と敦の突っ込みが部屋に響き渡る時もあった。
それでも楽しく怪談をし、百物語は順調に進んでいった。
敦「───だったのです…………ふゥッ…」
九十五本目の蠟燭を、敦が吹き消す。
太「百物語もあと四話で終わりだねぇ」
中「とっとと終わらせてお開きにすンぞ」
太「駄目だよ中也、蠟燭を九十九本消し終わっても、朝になるまで待たなければならないのだから」
中「オールじゃねェか…ンなの、何なンだよ其のルール」
芥「…ケホ………」
敦「済みません中也さん、一寸厠借りても佳いですか…?」
少し恥ずかしがりながら、苦笑して敦が聞いてくる。
中「佳いぜ、廊下の突き当りだ」
俺はそう云って、部屋の扉の方を指した。
敦「ありがとうございます!それじゃあ一寸空けますね…」
芥「…………」
太「行ってらっしゃい敦君」
笑顔を浮かべて、太宰はヒラヒラと手を振る。
ぺこぺこと頭を下げながら、敦は静かに部屋を出て行った。小さな床の軋む音が遠退いて行く。
太「それじゃあ、敦君居ないけど進めちゃおうか」
仕方なさそうに太宰は云って、今まで通り怪談を話し出した。
そして太宰の怪談が終わると次は俺。芥川と、順番に進んでいく。
芥「────ました…………ふゥッ……」
側に在った九十九本目の蠟燭を、芥川は吹き消した。
敦「それじゃあ、最後は僕の番ですね」
敦がはにかむような笑顔を浮かべながら、百本目の蠟燭を手に持って云う。
太「ちゃんと締めてくれ給えよ、敦君」
敦「はい!頑張ります!」
芥「詰まらぬものなら承知せぬぞ」
敦「うぅ…煩いなぁ……」
中「ははっ、頑張れよ敦」
敦「っ!はい…!」
明るい笑顔で返事をした敦は、百話目の怪談を始めた。
其の時、敦が如何云う怪談をしていたのか、今になっても思い出せねェ。
例えるならば、芥川が云っていた『まるで自分の聴力が機能しなくなったかのよう』に当て嵌まる。
怪談だけではなく自分の心音、太宰達の呼吸音すらも記憶されていない。
裏を返せば、視覚しか働いていなかったのかと思う程に………。
だが、太宰や芥川がどンな表情をしていたのかは思い出せる。
聞き始めた瞬間から、蠟燭を消し終わった時の表情までもだ。
然し最後に敦が語った怪談だけは、矢張り、今になっても何一つ思い出せない。
そして敦の怪談を聞いている最中の感情すら──────俺は思い出せない。
敦「──────ふゥッ……」
怪談をし終わった敦は、百本目の蠟燭を拭き消す。
明かりが一つもなくなった所為で、部屋は真っ暗になった。
急な事に、思わず俺は声をこぼして躰を揺らす。
中「……オイ、マジでこのまま朝まで待つ気か?」
太「ソレがルールだからねぇ、何?中也怖いの?」
中「怖くねェよ…ッ!」
敦「朝まで静かに待ってましょうよ……」
なだめるように苦笑いしながら敦が云った。
芥「………ケホッ…」
太「ほぉら、敦君もこう云っているのだから静かにし給えよ、中也」
中「手ッ前なァ…!!」
暗闇の中、俺が太宰に一発入れてやろうと立ち上がった瞬間──────
敦「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙ッッ!!」
敦の叫び声が響き渡る。
中「っ!?」
太「敦君ッ…!?」
芥「…!!」
俺は敦の方へ視線を移したが、何も見えない。
百物語のルールより、俺は敦に何があったのか確認する為、電気を点けようと立ち上がった。
太「中也!電気点けて!」
焦った声で太宰は俺に云ってくる。
中「煩ェ!分かってるわ!」
俺は太宰に向かってそう云いながら、電気の切換機(スイッチ)の処まで走った。
切換機に触れ、俺は指先に力を込める。
部屋の電気が付いた。
其れと同時に俺は振り返る。
中「敦!大丈夫か!?」
振り返って、俺は目を丸くした。
其処に──────敦は居なかったのだ。
太「…………あ、つし……君……?」
太宰が口先から声をこぼす。
中「………ぉ…オイ……敦、何処行ったンだよ…?」
目を見開きながら、何処かふらついた足取りで俺は太宰の隣に立った。
太宰も芥川も、俺と同じように目を見開いている。
何が起きたのか────其の一瞬の出来事に、俺達は頭が追いつかなかった。
太宰でさえもだ。
中「…………なァ……本当に何が起きて────
敦「太宰さん!」
其の声と共に、敦は太宰の両肩の上に自分の手をポンッと乗せる。
太「っ!」
中「…!?」
芥「……ッ!」
俺達は一斉に後ろへ振り向いた。
敦「三人共、大丈夫ですか!?」
顔を曇らせて、まるで走ってきたかのように息を切らしながら、敦は云った。
太「ぁ───敦君……?」
目を見開いたまま太宰は聞く。
作っていた笑顔が変に引きつりながら、太宰の顔に浮かんでいた。頬に一筋の汗が伝う。
太「……敦君、何処に行ってたのだい?急に叫び声を上げたし………」
そう云う太宰の声は、少し震えているように聞こえた。
敦「何処って………」
首を傾げて敦は云う。
敦「僕、厠から戻って来たばかりですよ?」
皆「えっ……」
敦「厠を出た時に三人の叫び声が聞こえたんで慌てて来たんです、何かあったんですか?」
其の言葉を聞いた時、俺はゆっくりと後ろへ振り向いた。芥川や太宰も同じ行動を取る。
視線の先にあるのは敦が座っていた場所。
俺達は其処でようやく気が付いた。
厠に行くと云って敦が此の部屋から出てから、“今”戻って来た事に。
なら先刻、俺達と怪談をしていたのは?
叫び声を上げたのは?
──────誰だったンだ……?
──────百物語。
百物語は、必ず九十九本目の蠟燭を消して止める事。
最後の百本目の蠟燭を消すと、怪異が出てくるからです。
でも若しかしたら、
もう遊びに来ているのかもしれまセンネ──?
新旧双黒の百物語──────END.
コメント
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恐怖感がリアルで怖かった...文章力が凄い...まじで尊敬です。 太宰さんが途中途中喉乾いたとか言ってるの怪談に全然興味ないじゃんって思って面白かった笑