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#三角関係
霞花怜
1,066
#イラスト部屋
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
695
季節が巡り、あの騒がしい夏の日から一年が過ぎていた。
木漏れ日が優しく揺れる午後の時間帯、介護施設「おひさま」の明るい談話室は、いつも穏やかな活気に満ちている。
認知症が少しずつ進行し、いよいよ自宅での介護が限界を迎えた母・真理子の入所が決まってから、柊吾の生活は大きく変わった。自分の手で世話をできない罪悪感がなかったと言えば嘘になるが、プロの手厚いケアを受け、ここで毎日を過ごすうちに母の表情には穏やかな笑顔が増えていった。その安心した姿を見るたび、柊吾は心底ほっと胸を撫で下ろしている。
何より――この場所には、瑞樹がいる。
(……あ、いた)
ふと窓際に視線を走らせると、車椅子の利用者と同じ目線まで姿勢を低くし、楽しげに言葉を交わしながら優しく微笑んでいる瑞樹の姿が目に入った。
普段、自宅で見せる甘く重い執着や、どこか影を帯びた生々しい表情とはまるで違う。職場での瑞樹は、清潔感のある制服に身を包み、爽やかで頼もしく、お年寄りやその家族からも絶大な信頼を集める理想的な介護職員そのものだった。
柔らかな日差しを浴びながら、お年寄りの節くれ立った手を温かく包み込んでいる瑞樹の綺麗な横顔。その誠実で美しい佇まいに、柊吾の胸はまたしてもどきりと甘く跳ねる。
(……カッコいいなぁ、やっぱり)
仕事中の真剣で優しい姿に思わずキュンとしてしまい、柊吾はカッと自分の顔が熱くなるのを感じた。
真理子の入所が決まってからというもの、瑞樹はいつの間にか自分のアパートの隣室をあっさり解約し、当たり前のような顔をして柊吾の家に住み着くようになった。今ではすっかり同じ屋根の下で暮らしている。
それ自体はもう受け入れているし嫌ではないのだけれど、こうやって外で、普段の彼とは全く違う「一人の立派な社会人としての顔」を見せられると、どうしようもなく気恥ずかしくなってしまうのだ。
「どうしたの? 柊吾。そんな変な顔してさ。今度はテレビの、そういうバラエティ番組の罰ゲームロケにでも出るわけ?」
突然、目の前で真理子がけらけらと笑いながら首を傾げた。
「へっ? そ、そんなに変な顔してた、かな……?」
慌てて両手で自分の頬を押さえる柊吾に、真理子は悪びれもせずズバと言い放つ。
「してたわよ。すっかり口元が緩んじゃって、本当にだらしない顔してたわよ」
「……っう、うそ……っ! そんなに顔に出ちゃってた!?」
図星を突かれて頭が真っ白になり、柊吾は慌てて自分の頬を軽くパタパタと叩いた。これ以上ここにいたら母に変な勘繰りをされてしまうと、必死に気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
だが、その気の抜けたタイミングが最悪だった。
「どうかしましたか?」とでも言うように、不意に視線を上げた瑞樹と、まっすぐに目が合ってしまったのだ。
しかも、瑞樹は柊吾のその慌てふためいた様子と真っ赤な顔を完璧に見捉えていたらしく、ふっと息を呑んだあと、隠しきれないといった様子で優しく、そして盛大に吹き出すのが見えた。
「……っ、じ、じゃぁ母さん。僕はそろそろ行かなくちゃいけないから」
なんだか居た堪れない。見られたことが恥ずかしいし、気まずい。
「あら、もう帰るの? じゃあお仕事頑張ってね」
「うん……行ってきます」
真理子は、今でも柊吾の姿が見えない時間帯は「仕事に出かけている」のだと思い込んでいるらしい。その記憶や認識がいつまで持つのかは分からないが、無理に訂正して混乱させるよりも、今はその言葉に甘えて穏やかな日常をやり過ごすことにしている。
「じ、じゃぁ黒瀬さん。母をよろしくお願いします」
顔の熱を必死に隠しながら、柊吾はかろうじてそれだけを絞り出した。
「ふふっ……わかりました。安心してください。じゃぁ、また」
(笑われた! 絶対、さっきの気の抜けた変な顔、全部見られてたっ……!)
恥ずかしすぎてこれ以上はもう耐えられないと、柊吾は耳まで真っ赤に染め上げながら、そそくさとその場から逃げるように施設を後にしたのだった。
コメント
1件
わあ、第103話、拝見しました〜!もう103話も続けてこられたんですね。このエピソード、すごく好きです。施設で働く瑞樹さんの「社会的な顔」と、柊吾さんの前で見せる「甘く重い執着」のギャップが絶妙で、同じ人物の多面性が丁寧に描かれていて惹き込まれました。特に、お年寄りの手を包み込む優しい横顔に柊吾さんが「カッコいい」とときめくシーン、とても自然で感情移入しちゃいました。そして真理子さんの「だらしない顔」のツッコミも絶妙なタイミングで、思わず笑ってしまいますね。日常の穏やかさと瑞樹さんのそばにいる安心感がじんわり伝わってくる、温かい回でした🌷