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#三角関係
霞花怜
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#イラスト部屋
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
695
アパートに戻ると、日が傾き始めた部屋には、もう誰も待っていない静けさがあった。
母が施設に入ってから一年。以前ならこの静寂に押し潰されそうになっていたはずなのに、今はどこか心地よい。夕方には瑞樹が仕事を終えて帰ってくることを、当たり前のように知っているからだ。
台所に立ち、夕食の下拵えを始める。トントンと包丁を動かすリズムに合わせて、自然と鼻歌が洩れる。
玄関の鍵が回る音がしたのは、それから小一時間ほど経った頃だった。
「ただいま帰りました」
「お、おかえりなさい」
顔を出した瑞樹は、まだ仕事帰りの少し疲れた表情をしていたが、柊吾の顔を見た瞬間、ふっと目元を緩めた。
「今日は、施設で随分と楽しそうな顔をしていましたね」
「……っ、あれは、その」
昼間の”だらしない顔”のことを蒸し返され、柊吾はぼっと顔を赤くした。
「照れなくても。……あんな顔で見つめられて、俺は嬉しかったですよ」
ゆっくりと近づいてきた瑞樹が、後ろから柊吾の腰にそっと腕を回す。
「わっ……ちょ、今、僕手が濡れてて……」
「構いません」
ワタワタとエプロンの裾で手を拭くのも待ってもらえず、伸びて来た指先に顎をすくわれ、軽く唇を重ねられた。
「……おかえりなさいの、キス」
「な……っ、行ってきますの時にもしたじゃないですかっ」
「足りません。全然、足りないです」
至極真面目な顔でそう言い切る瑞樹に、柊吾は毒気を抜かれたように小さく笑ってしまう。
「もう、意味わかんない……」
「柊吾さんが可愛いのが悪いんです」
軽く唇を触れ合わせながらもう一度抱きしめられ、肩口に額を押し当てられる。石鹸の匂いと、少しだけ疲れの滲んだ体温がいとおしく感じて、そっと瑞樹の背中に腕を回した。
「今日一日、お疲れ様でした。夕飯、もうすぐできますから。その間にお風呂入っちゃってください」
「そうですね。でも……どうせなら一緒に入りたいな」
「んなっ、ななななっ! 何言ってるんですかっ! 一緒になんて絶対に入りません! 早く行ってきてくださいっ!」
慌てて振り返って湯気立つ鍋を指さすと、瑞樹はくすくすと楽しそうに笑いながら、「仕方ないですね」とようやく体を離した。
「せっかく背中流してくれると思ったのに」
「何言ってるんですかっ! ウチの風呂狭いの知ってるくせに」
それに、一緒になんて入ったら絶対に、変な雰囲気になって流されてしまうのが目に見えている。……この間だって――。
風呂の中でのあれやこれやを思い出し、妄想を振り払うように半ば強引に瑞樹を脱衣所へと押し込んだ。
瑞樹と同棲生活を送り始めてから、ずっとこの調子で振り回されっぱなしだ。でも、それが嫌じゃないから困る。
ガチャリと浴室のドアが閉まる音を聞き届けてから、柊吾は自分の熱を持った頬を両手でパタパタと仰ぐ。
(……ほんと、調子が狂うな……)
あんなに重くて、すべてを縛り付けるような執着を見せていた男が、今ではすっかり生活の一部になって、当たり前のように隣にいる。
あの騒がしかった日々や、押し潰されそうだった絶望が嘘のように、今の部屋には穏やかで甘い空気だけが満ちていた。
コメント
1件
うわ、この回すごく好き……。柊吾が“静けさ”を怖がらなくなったところ、じんと来たよ。昔は押し潰されてたのに、瑞樹が帰ってくる安心感で今は心地いいんだもんね。あの重い執着の日々が嘘みたいに、今は生活の一部として隣にいるのが尊すぎる。キスの要求も、おかえりなさいのキスって言葉も全部瑞樹らしくて、甘ったるくて良かった。本当にこの2人、幸せになってくれ…って心から思った。