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ドアを開いて廊下に出ると、おれを追ってきた彼を待ち伏せする。
「あのさぁ。なんなのきみ……」意図的に険しい顔をおれは作り、「莉子が好きだったと思えばおれかよ。なんなの? おれね、莉子以外興味ないの。勃たないの。分かる?」
可哀想に荒石くんは目を白黒させ、「おれはそんなつもりじゃ……」と苦しげな弁明に走る。やれやれ天下のICU卒もこれじゃ形無しだ。
「桐島さんが、三田課長に惚れ込んでることは分かりました」と荒石くん。「あんな噂を立てたのも、振り返れば、も、申し訳ないと思っています。
問題は、あの後のあなたの行動です……」
おれは彼の発言を無視した。「きみがおれに惚れてるって噂になってるけど。きみ的にはそれでいいわけ? しんどくない?」
「そうやっておれを思いやるから……おれは、あなたから離れられなくなるんです」
おいおい。荒石くん涙目じゃん。本気と書いてまじってやつ? ……サディスティックなほうのおれが、ある提案をする。
「そんなに言うんなら。ちょっと待ってて。渡したいものがあるから……」
翌日、真っ赤な顔をして荒石くんはエレベーターホールでおれを待ち伏せしていた。莉子は先に行かせた。不安げな表情が気にかかるが、それよりも優先すべきものがある。
「どうだった?」
「どうもなにも……最低です」不機嫌そうな顔で荒石くんが言う。「要は、あれをやるから桐島さんを諦めろ、そう言いたいわけですね。あなたは……」
荒石くんはきつい顔を作り、
「他人が自分の思い通りになると思ったら大間違いですよ。それだけ、あなたには言っておきたくて。それでは」
しかし、それ以降、荒石くんの、おれへの執着度が増したように思える。用もないのに経営企画課の周りをうろついたり、おれを黙って見つめたり……。
要は、矛先を莉子からおれに移しさえすれば、おれ的にはターゲットが誰であれど一向に構わない。あれをプレゼントして約一ヶ月が経過した頃、とうとう荒石くんはおれに話しかけた。他に誰もいない廊下にて。
「どうしてくれるんですか」
と荒石くんは真っ赤な顔で、
「あれなしだと生きていけないからだになってしまいましたよ。どうしてくれるんですか」
「メルアド教えてくれる?」とおれ。「両方ともネットで買ったやつで試したことはなかったんだけどさあ。そうか。そんなによかったんだ。URL送るからはい」
携帯を取り出し赤外線通信で連絡先の交換を行った。それからおれは、
「目覚めちまったかー荒石くん」と悪魔的に笑い、「あれ始めちゃうと抜け出せないって言うからね。おれも興味はなくもないけど、どうなのか誰かに試して欲しかったんだよね。そっかぁ。おれには莉子がいるからやっぱり……止めとこう」
なにか言いたげな荒石くんを残し、おれは仕事場に戻った。
刺激を忘れるにはまた新しい刺激を加えねばどうにもならない。愛し愛されることを覚え、日々魅力的になっていく莉子を見るのは毒だろう……との判断だ。
帰宅してきみと風呂に入り、思いだし笑いをしていると「どうしたんですか」ときみに聞かれる。
まさか、荒石くんにあるものを手渡したから彼を撃退した……なんて言えるはずがない。
荒石くんの妄想のおかずはどうやらおれらしく、時折熱っぽい視線を注がれる。おれとしては、標的がきみからおれに移るのなら、あとはどうでもよかった。たとえ彼のなかで悪魔になろうとも。
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