ほぃっ・3号 様より、イングランド・カナダ×イギリス
私に存在価値はあるのか
これはイギリスにとって、長年考え続けてきた最大の疑問である。
イギリスはこう考えている。
ただの傀儡と同じ。
自分の意思で動いているように見えるが、裏から操られているとしか思えない。
オルゴールの上で踊るように、望むままを生きているんだ、と。
こうして部屋で1人モノクルを磨いていると、どうしても考えてしまう。
「はぁ…どうしたものでしょうか…」
もちろん自分に自信はあるし、また世界一になってやると野望もある。
でもどうしても、自分は実在していないという現実が足枷になるのだ。
イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドで構成されている。
その4国をまとめてイギリスであるので、国旗として、国家としては認められているが、彼そのものは現実にはないと等しい。
概念的に作られた国であると思えば思うほど、イギリスの中で劣等感が積もる。
「…一度、家族以外の誰かに相談なんてものも手かもしれませんね」
自分の存在意義を確かめるためにも、屋敷を出てみよう。
これ以上ここにいても、自己肯定感が下がるだけで意味はない気がする。
フランスあたりにでも相談しようと思いながら、 イギリスはきらりと光を反射するモノクルをかけ直し、幾らかの用意をして出かけた。
一方その頃、黒を基調としたデザインの静かな部屋に青年が2人。
片方はイギリスと同じモノクルをかけた紳士風の男、イングランド。
もう片方は赤いシャツとクロケット帽が特徴的な好青年、カナダ。
そっくりなエメラルドの瞳を合わせて、何やら話し合いをしている。
「あ、イギリスが外へ出たようです。あなたと私で挟んで、そのまま連れ去りましょうか」
「わかったよ。父さんってば自己肯定感低いんだから…それに僕ら以外を頼るなんて。よく予想できたね、イングランド伯父さん」
「まあ、あの子のことは大体わかりますよ。年齢は違いますが、私の半身みたいなものですから」
イングランドはイギリスと顔つきが似ているものの、イギリスよりも落ち着きがあり、大人という言葉がよく似合う。
カナダの父親でもあるイギリスはどちらかといえば、少し子供っぽい。
やけになったりむきになったり、頭は良くても、感情の方が強いのだ。
そして、それはアメリカにより強く現れている。
カナダは元々、イングランドよりの性格だ。
だから、イングランドのようにイギリスを愛してもおかしくはない。
それが例え、自身の父親だとしても。
「今日は珍しく良い天気ですね…薔薇の様子を見てから出れば良かったかもしれません」
雲の間から覗く太陽に目を細め、雨上がりでじめっとした外を歩く。
キラキラと水たまりが光を反射し、世界は今日も美しかった。
フランスの家まで、あと少し。
聞き慣れたベルが鳴る。
製作中は生活習慣が狂っている フランスは、まさに今眠ろうとしていたところなのだが…来客ならば仕方ない。
3日の徹夜で、ようやく眠ろうと思ったところを邪魔するとは。
一度そのツラを拝んでやって、あわよくば殴ろう。
眠いと暴力的になるフランスはそんなことを考えて、玄関の戸を開けた。
「Hello」
「げっ…イギリスかよ…」
「げっ、とはなんですか。失礼なやつですね」
「ふん…ジュの睡眠を邪魔した上に、嫌いな奴の顔を見たんだ。そのくらい許せよ」
刺々しい言い方に、少し吊った目を縁取る濃いクマ。
フランスは間違いなく徹夜明けだと察し、イギリスはため息をつく。
「少し相談事がありましたが…まあいいでしょう。そんな病人みたいな顔をした人に話を聞いてもらいたいほど、私は困っていませんので」
プライドだけは高いため、フランスに気を遣いながら嫌な言い方をした。
安易に寝てくださいなどと言えば、フランスに揶揄われて嘲られると思ったからである。
彼にとって、世界とはそんなもの。
イギリスの中の世界は、とても殺伐としている。
「はぁ…まあなんか知らないけどさ、お前が相談ってよっぽどじゃないの?ジュは優しいからね、聞くだけならしてあげてもいいよ?」
フランスも素直な性格ではないので、回りくどいことしか言えない。
相手のことを思っていても、言葉が薔薇の棘で飾られてしまったら意味がないのだ。
「そんな状態で聞いてほしくありません。また馬鹿みたいにヘラヘラしてる時にでも、気が向いたら話してあげますよ。それでは、私は帰ります」
「はぁ?チッ、ジュが優しさ見せたってのに…まあいいけどさ。じゃーねイギリス、もう相談になんか来なくていいよ」
イギリスは背中にその言葉を受け、ひらひらと片手を振って返した。
フランスがこの時、無理にでも引き留めていたら。 話を聞いてあげられたのなら。そして守ってやることができたなら。
そんな未来を知らずに、自称ライバルたちは別れた。
「…おっと、雨が降ってきましたね…傘はありますが、タイミングの悪いことです」
先ほどまで水たまりを照らしていた太陽は雲に覆い隠され、ポツポツと水滴が降ってくる。
あと少しです屋敷なのに、傘を開かねばならない。
面倒だ、という本音は心のうちに仕舞い込み、黒い無地の傘を開いた。
視界に影が落ちる。雨は激しさを増して、傘を持っていなかった不運な一般人が走る姿が見えた。
裾や靴に雨水が跳ねる。
不快感で眉間に皺を寄せながら、イギリスは雨の中を歩き続けた。
ふと、目の前に同じような黒い傘を持った人物が現れる。
「…イングランド、どうかしたんですか」
「あなたがいなかったもので、少し探していたんですよ。部屋に携帯を置いたままでしたから、心配しました」
「あぁ…少し外出していまして。ご心配をおかけしました。すみません」
「いいんですよ、あなたが無事ならね」
すっと細められる目が、イギリスは昔から苦手だった。
蛇に睨まれた蛙といった気持ちにさせられて、イングランドの静かな感情が読み取れない。
読み取れる人物など見たことはないが、一等わからなくなる。
「折角ですから一緒に帰りましょう。昔のように手を繋ぎますか?」
「いえ、結構ですよ。私はもう大人ですし、横並びになっては迷惑でしょう?」
「ふふふ…それでこそ英国紳士です」
そう言って後ろにつくイングランドが不気味で、イギリスは気持ち早足で歩く。
屋敷に帰ると、意外にも息子が出迎えてくれた。
「おかえり父さん、イングランド伯父さん」
「ただいま、カナダ。珍しいですね、あなたが帰っているなんて」
「あなたが出た後に来てくださったのですよ。カナダには家で待つようにお願いしていたのです」
「なるほど、そういうことでしたか。あなたにも心配させてしまいましたか?」
自分より大きくなった息子を見上げて、わずかに濡れたイギリスはそう問いかける。
自己肯定感のなさが現れているのか、疑問系だ。
「もちろん心配したよ。父さんはお屋敷を出ることが少ないから、何かあったんじゃないかってね」
「そうでしたか、すみませんね」
淡々と言い放っているが、表情には新しく嬉しさが含まれた。
ちゃんと自分を心配してくれる人は、ここにいる。
その安心感に頬を綻ばせ、整った顔に美しい笑みが現れた。
「ねえ父さん、どうして外に出てたの?」
「…少しフランスに用事があっただけですよ」
「外で出会った時、何か思い詰めたような顔をしていましたね。悩み事ですか?」
囁きかけてくるイングランドに恐怖を感じながら、気丈な振る舞いを続ける。
「そうですが、何か?私にだって悩みの一つや二つくらいありますよ。例えば、バカ息子の落ち着きがないこととか、ね」
「父さん、なんか隠してない?」
「…どうしてそう思うんですか?」
「最近の父さんはちょっと様子が変だもん。見てたらわかるよ」
「カナダ…」
にへ、と人の良さが出ている穏やかな笑みを浮かべるカナダだが、イギリスは一つ違和感があった。
「…私、カナダとは2週間ほど会っていなかったのですが」
「気づいてしまわれましたか、賢い子ですね」
「っ!?」
ストンッと首筋に振り下ろされた手刀に、イギリスは視界を黒く染められる。
「ぅ…ん…?」
「あ、父さん起きた」
「良かったです。少し強く叩きすぎたかと思っていました」
「父さんは貧弱なんだから、首の骨折れちゃったのかなって心配だったよ」
平然と恐ろしいことを言い始めた息子と兄に、まだ状況が掴めていないイギリスは顔を歪めた。
「…あの、これ外してほしいんですけど…」
「ダメです。あなたに外は危険でした」
「危険って…そんな小さい子供ではあるまいし…」
「父さんさ、フランスに自分が必要かどうか聞きに行こうとしてたんでしょ」
座らされているイギリスの隣に腰掛け、カナダは肩に頭を置く。
もう片側にイングランドも座り、イギリスの頭を撫でる。
「…そうだったとして、どうして私がこうならなくてはいけないんですか?」
「外にいてはあなたに疑問を募らせてしまいますから。あなたが真に必要な私たちで守ってあげようと思って」
「必要…ですか」
狭くはあるが、最低限の生活は保証されていそうな部屋。
カナダもイングランドも好いてはいるし、確かに自分自身の存在価値に悩むことは多かった。
「父さんがもう傷つかないように、ここで僕らと過ごそうよ。フランスや兄さんたちなんて気にしないでさ」
望むままを生きる自分なのだから、この誘いにも大人しく従おうか。
イギリスは必要という言葉に揺らぐ。
「大切な私たちのイギリス、私たちとだけ過ごしましょう?あなたには何もいりません。私たち以外はね」
こくりと小さく頷いたイギリスを見て、緑色の目の怪物たちはニコリと微笑んだ。
コメント
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リクエスト応えていただきありがとうございました!!! いやぁ、やっぱり身内に翻弄されるイギリス良いですねぇ、、、プライド高いくせに自己肯定感ないのもかわいいな。そのまま一生イングランドとカナダに優しく(?)監禁されていてくれ、、、!