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「水郷の夏再び」
第1章 新しい風
第1話 新しい春
四月の朝、柳城高校のグラウンドには、まだ春の冷たい風が吹き抜けていた。
白線が引かれたばかりのグラウンドに足を踏み入れるのは、新任監督・城島正人。
国語教師としての穏やかな顔とは別に、野球部を率いる眼差しは鋭い。
「グラウンドに入る前に、一礼を忘れるな」
「道具は使ったら必ず整える。それができぬ者に勝利はない」
就任初日から彼が徹底したのは、礼儀と清掃だった。
戸惑いの色を浮かべる部員たちにとっては厳しさばかりが目についたが、その声には確かな温かさがあった。
その中に、一年生の姿もあった。
捕手志望の新入生、小早川啓介。
緊張で背筋を伸ばし、真っ直ぐに監督を見つめる。
「君、名前は?」
「小早川啓介です。捕手をやっています!」
その瞳の力強さに、城島は心の中で小さく頷いた。
この少年が、将来チームを支える存在になる――そんな直感が走る。
同じく新入生の中には、投手志望の工藤大輝の姿もある。
彼は強肩で名を知られていたが、やや気性が荒い。
この二人がバッテリーを組めば、やがて大きな力を生むかもしれない。
放課後、練習後のグラウンドには監督と選手の姿だけでなく、フェンス越しに見守る人の影があった。
柳城学園の理事長、西園寺雅彦である。
彼は静かに腕を組みながら、改革を進める新監督を見つめていた。
「正人君、彼らをどう導くのか……楽しみにしているよ」
まだ何も結果は出ていない。
しかし確かに、このグラウンドには新しい風が吹き始めていた。