テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ーーユキはひたすら走り続けた。
右手で顔を覆っていたのは、目尻から涙が抑えられなかったから。
途中、リュウカとミイの親子とすれ違う。
リュウカはユキのもう一つの特異能ーー“再生再光”により、日常生活に支障が無い位に回復していた。
「あっ! ユキお兄ちゃん」
「おお! 御礼をしようと捜していた処だ」
笑顔で迎える二人。しかし構わず、ユキは二人の間を擦り抜ける様に走り去る。
「……ユキお兄ちゃん、泣いてた?」
ミイは右手で顔を覆っていた彼の手の間から、確かに涙がこぼれ落ちていたのが見えた。
ユキの姿は森の方角へ向かっている事。
二人は不思議そうに、走り去ったユキの後ろ姿を眺めていた。
*
ーーアミは何時も優しく暖かくて……。
私には居心地が良過ぎるから。
それが嬉しくて……。
私も貴女を愛してます。
でも私が傍に居ると、何時か迷惑が掛かるから……。
でもアミを護ると誓ったこの考えを、違えるつもりはない。
影で貴女を護り続けます。
だからーー
その根源となる狂座を、こちらから潰すーー
*
それがユキがアミにも言っていない、大きな決心であった。
此処に居ても、近い内に狂座が攻めてくるのは自明の理。
護りながらの闘いは難しいと云わざるを得ない。
それなら、わざわざ襲われるのを待つ事も無い。
だからこちらから出向く事。
彼は一人で全てを終わらせる事を決めていた。
それが必然的に、彼女を護る事にも繋がるのだから。
ーーユキは既に集落を離れ、森の中へと歩を進めていた。
***
ーーアミは先程の足音が気になり、屋敷を後にする。
それに朝食も早くユキに作ってあげたいし、もしかしたらさっきの足音はユキと言う事もある。
さっきの話を聞いて飛び出したのかもしれない。
途中でアミはリュウカとミイの親子に出会う。
「あ! アミお姉ちゃん。さっきね、ユキお兄ちゃんが森の方に走っていったの。ユキお兄ちゃん泣いてるみたいだったけど、何かあったの?」
ミイのその言葉を聞いて、アミは疑問が確信に変わる。
“やっぱりあれはユキだ”
アミはミイに『大丈夫だからね』と声を掛け、森の方に向かって走り出した。
一人だと下手をすれば迷いかねない程の大森林。
「早くユキを見つけないと……」
“まさか出ていくとか? いつまでもここにいていいのに!”
*
「……迷った」
ユキは森の中で一人、佇んでいた。
“最初に来た時もそうだったけど、本当に此処は自然に護られているんですね……”
“確かに簡単には侵入出来ないでしょう”
“でも今更戻ろうにも……”
“とにかく前に進むしかありません”
とりあえずまっすぐ進めば出れるだろうと、ユキが再び歩み出そうとした時、背後から声が聞こえる。
「ユキ~!!」
アミはユキと違って地理を知り尽くしている為、当然こうなる。
「アミ……」
来てくれる事を期待していた訳じゃない。
むしろ嬉しかったが、ユキはその声に振り返る事は出来なかった。
振り返ると決心が鈍るからーー
そんなユキの元に走り寄ってきたアミは背後から優しく、それでも離さない様にきつく抱きしめるのだった。
「何処に行こうとしてたのユキ?」
アミは後ろからユキを抱きしめたまま、優しく問い掛ける。
きつく抱きしめるているのは、逃げてしまいそうな気がしたから。
叱られた子供の様にユキは立ち竦み、そのまま抵抗する事も振り返る事もなく、その問いに応えようとしない。
「おばば様の言った事は気にしないで。ユキは何時までも此処に居ていいんだから」
その言葉にユキの身体が震えた様な気がする。
「だっ……」
声が震えて上手く言葉にならない。絞り出す様に、振り返らぬまま想いを紡ぎ出す。
「だって私は……と、特異点だから。皆と違うから」
やっとの思いで声を出す事が出来た。だが、喉が詰まったかの様に、上手く言葉に出来ない。
ただ、彼女の温もりが嬉しくも辛くて、涙を流す事しか出来なかった。
「此処は居心地が良過ぎるから……。何時かアミに迷惑を掛けるから……。だからせめて、アミに危害が無くなるよう、こちらから狂座との闘いを終わらせようと……」
それを最後にユキは口を閉じた。
アミはそんな彼を自分の方へ振り向かせ、再び強く抱き締める。
「ホントに馬鹿なんだから……。全部一人で背負い込もうとして。いつ私が迷惑って言ったの? 誰が何て言おうとユキはユキじゃない!」
彼女の言葉が痛かった。
その目を見る事が出来なかった。
「例え皆がユキの事を疎んでも、私だけはずっと傍にいるから……それが家族だから。ユキは一人じゃない、それを忘れないで」
アミに抱かれたまま、ユキはただ泣く事しか出来なくて。
空からは森の木漏れ日を縫う様に、ちらちらと雪が降り始めていた。
訪れた冬の雪に抱かれながら、それでもそこは暖かかったーー。