テラーノベル
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相合い傘
雨は嫌いだ。服も濡れるし靴も濡れるし荷物も濡れるし。おまけに弟を抱きかかえている時はそいつを濡らさないようにしなければならない。弟は雨の中傘も差さず水溜りに自ら突っ込んでいくくらいには雨が好きなようだが、後始末が面倒なので移動時は基本下を歩かせないようにしている。
「いやああぁぁぁだぁぁ!!おであるぐもんっ!」
「うるせー濡れるだろうが!大人しくしてろ!」
ゴツン
「びゃぁぁぁぁああぁ!!」
雨の日は大体いつもこんな調子だ。
抱えている弟が大暴れするので、せっかく傘を差して濡らさないようにしてやっていたのに自分は上半身がかなり濡れてしまった。
隼は今日もイライラしながら鷹を保育ルームに連れて行った。
ガラガラ
「あ、狼谷おはよう」
「おう」
「まーた派手に泣いてんなあ」
竜一と兎田が見慣れた光景に苦笑いする。
『あれっ、鷹くんどうしたの?』
「にいぢゃが!ひぐっ!おで@&#$%☆▽✻…!」
『えっ?…う、うんうん…』
今のを聞き取れたのだろうか。咲茉が少し困惑気味に相槌を打ちながら弟の鼻水をティッシュで拭いてやっている。
「雨の日にこいつを放すと傘も差さずに突っ走るしおまけに水溜りに飛び込んでいくから抱えてきたんだよ。それが不満だと」
簡単に説明する。
『うん。歩くって言ったら頭ごつんってされた、みたいなこと言ってたね』
「「「!」」」
驚いた。咲茉は鷹の訴えた内容を何となく聞き取っていたらしい。
「エマちゃんすげえな。さっきの分かんだね」
「俺何て言ってるか聞き取れなかったよ」
「兄貴の俺でも全く分かんねえぞ」
『そうなの?私のもたまたまだよ』
感心され咲茉が照れたように俯く。
「それより隼派手に濡れたなあ」
「大丈夫か?タオル取ってこようか」
「いや、いい。自分で行く」
思わぬハプニングの際に使う用の保育ルームの備品のタオルを取りに行き、隼は濡れた上半身を少々乱暴に拭く。
そろそろ朝のホームルームの時間なので、子どもたちを兎田に預け、3人は保育ルームを後にした。
『あのね、2人とも』
「ん?」
「どうしたの?」
『兎田さんには話したんだけど、来週から放課後保育ルームに行けなくなっちゃうの』
申し訳なさそうに眉を下げる咲茉。
「そうなの?何かあるの?」
「課外か?」
『ううん。コンクールの練習で。来週から合奏メインになるんだって』
「「コンクール?」」
竜一と隼は首を傾げた。咲茉とは別の吹奏楽部のクラスメートが1年生は夏のコンクールには出られないと言っていたのを聞いたからだ。
「1年生でコンクールに出るなんて、結城さんすごいね!」
「フルートの人数、2、3年だけじゃ足りなかったのか?」
『ううん、フルートでは出ないんだ。パーカッションで出ることになっちゃって』
「パーカッション!?」
「なんでまた…」
予想外の返答に驚く竜一と隼。
『入部の時に希望楽器とついでに経験ある楽器を聞かれてね、中学の時に少し打楽器もしたって、ぽろっと言っちゃって。そしたらパーカッションの人数が足りないからって言われて。1年生も数人コンクールに出ることになっちゃった』
「そうだったんだ。それでもすごいよ!」
竜一がにこっと笑う。
「忙しくなるね。こっちは大丈夫だから無理しないで。来られる時に来てくれたらいいよ」
「頑張れよ」
『うん!ありがとう』
2人の返答に咲茉も安心したように笑った。
……?
なぜだろうか。隼の胸の中にうすい靄が拡がった。咲茉がベビーシッター部に来られなくなることを迷惑に思ったとか、そういうのでは決してない。1年生なのにも関わらず、コンクールメンバーに加わった彼女を応援しようとも思ったのも事実だ。
『じゃあ、鹿島くん、狼谷くん。またお昼休みにね』
「うん!また後でね!」
竜一たちに手を振って、咲茉はB組の教室に入っていった。
「…結城さんすごいよね。1年生でコンクールに出るなんて」
「ああ」
「さっきはああ言っちゃったけど、俺、彼女が放課後来られないの少し寂しいな」
「……!」
竜一の言葉に隼の胸がどくんと脈打つ。
“寂しい”?さっき胸の中に拡がった靄の正体はそれなのだろうか。驚きつつも、隼は自分の感情の正体に少し納得がいくのを感じた。
翌週から、咲茉は放課後の保育ルームに来なくなった。それでも朝や昼休みには顔を出す。子どもたちは放課後会えない分、咲茉が来られた時間帯、目一杯彼女に甘えていた。咲茉が来ることで保育ルーム内の空気が一気に華やぎ、和やかになる。それくらい、咲茉はすっかりベビーシッター部の一員になっていた。
「エマちゃんさ、パーカッションは何担当なの?」
昼休み。兎田の質問に咲茉が箸を止める。
『課題曲はバスドラムで、自由曲はピアノです』
「バスドラムって、大太鼓のこと?」
『はい』
「え、めっちゃ重役じゃん」
『そうなんですよ。1年の小娘にそんな大事な楽器任せないで欲しいですよね』
咲茉が眉をハの字に下げて笑った。
「ピアノもするんだね!パーカッションの内に入るんだ」
竜一も話に加わる。
『うん。ピアノも鍵盤を叩くから打楽器に含まれるんだって』
「エマちゃんのピアノ聞いてみたいなあ」
『狼谷くんと鹿島くんは今度の高体連の壮行会で聞くことになりますけど、兎田さんは体育館には来られないですもんね』
「そうなんだよ〜。高等部の体育館から聞こえてくる音を拾うしかないもんなあ。それでもこいつらが騒いでて聞こえないかもしれないし」
寝転んだまま、残念〜、と兎田が気怠そうに笑った。
『じゃあ、みんなまたね』
「エマおねえちゃま、きょうもゆうがたはこないんでしゅか?」
『うん。ごめんね。また明日来るよ』
「おねーちゃんとあしょびたい〜!」
「か…、かじゅまも……」
「こたも」
昼休みの終わり、今日も子どもたちが目を潤ませて咲茉を引き止める。
「おでたちとれんしゅ、どっちがだいじなんだ!」
「あーぶっ!」
「ぶふっ… 」
一昔前のドラマの台詞でよく使われていたような鷹の言葉に兎田が吹き出した。
「しょうがねーだろ。部活なんだから」
「そうだよ、みんな。結城さん頑張ってるからさ。応援してあげよう」
子どもたちはまだ少し不満げだ。
『今日から体育館での練習も増えるから、もしかしたらちょこっと聞こえるかも。どんな楽器の音がするか聞いてみてね』
「うん!」
「やったー!」
すっかりご機嫌な子どもたちだった。
その日の放課後から、吹奏楽部の合奏が聞こえてくるようになった。保育ルームにも、グラウンドで練習する野球部にも。
「たいこのおとがきこえましゅ!」
「あばーっ!」
「らっぱもきこえるじょ!」
様々な楽器の音に子どもたちは大喜びだ。音が聞こえてくることで大好きな咲茉が頑張っているんだと実感が湧いたようで、子どもたちは昼休みの終わりに夕方咲茉が来られないことに対して不満を言わなくなり、寧ろ「がんばれー!」と応援するようになった。
2週間後の高体連壮行会。運動部の生徒たちが部活ごとに大会への意気込みを語る。サッカー部、バドミントン部、バレーボール部、野球部、バスケットボール部、剣道部、柔道部、陸上部。そして最後に吹奏楽部がコンクールの課題曲と自由曲を披露する。
予めステージにセッティングされた場所に、吹奏楽部の部員たちが楽器を持ってスタンバイした。
課題曲。バスドラムを叩く咲茉。ベースとしてリズムを刻み、全体を引っ張る重大な楽器だ。力強く響く音、柔らかく弾む音。ひとつの楽器でも奏法によって様々な音が出るのを知った。
パーカッションの生徒たちが移動して次の曲の担当楽器につく。咲茉もその1人だ。
「わ、結城さん今度はピアノだってよ!」
「大太鼓もギャップ萌えだったけど、ピアノも似合い過ぎるよな!」
「マジ可愛い〜!」
周りの生徒たちが興味津々でステージを見つめている。
自由曲は静かな重々しい音から始まった。しかも音を鳴らしているのはサックスとピアノのみだ。そこから他の楽器も加わる。曲が盛り上がり、全体の音量が上がっている時でもその中に溶け込むピアノの音がよく響いていた。
指揮と、譜面と、手元を見ながら指を動かす咲茉。普段はあまり見ない真剣な表情。彼女の動きに合わせて2つに結わえられた色素の薄い髪が揺れる。
「…………」
隼は演奏を聞いて高鳴る鼓動に戸惑っていた。元々音楽は嫌いじゃない。かといって特別執着もない。それなのに目の前で行われている演奏に、咲茉の姿に、胸が大きく脈打つ。
曲が終わった。全校生徒の拍手が体育館を包む。
「演奏、すごかったね!」
「あ?…ああ…」
後ろを振り向き興奮気味に目を輝かせる竜一に、隼も素直に同意した。
次の日。朝の保育ルーム内は昨日の壮行会での演奏の話で盛り上がっていた。
「昨日の演奏すごかったね!結城さん格好よかったよ!」
「窓開けてたからこっちまで聞こえてたわ。エマちゃんの勇姿、直接見たかったな〜」
『ありがとうございます。変な汗かいちゃった』
普段の柔らかな笑顔で話す咲茉。昨日の演奏中の真剣な表情とは全く違う。
「きりんもこうこうしぇいのおねえしゃんになったら、しゅいしょがくぶにはいりましゅ!」
「おでもしゅいしょがくぶにはいるじょ!」
「おれもー!」
「かじゅまもはいる…」
「う!」
「あばーっ!」
子どもたちにもしっかり演奏が聞こえていたようで、大きくなったらどんな楽器をしたいか、みんな大盛り上がりだった。
数日後。予防接種の為、この日は鷹は夕方の保育ルームをお休みだ。注射は母が連れて行くので隼は野球部のほうに顔を出して身体を動かすことにしたのだが、生憎の雨でグラウンドには出られなかった。普段屋外で行う部活の生徒は、雨の日はひたすら校舎内を走り、筋トレを繰り返す。雨の音と、校舎内を走る部活生の掛け声や足音が響いていた。
部活終わり。下校時間が迫った校舎。帰ろうとした時、隼は傘がないことを思い出した。昼前から降り出した雨に、母が傘を持ってきていないと言ったので自分の折り畳み傘を貸したのだった。普通の傘よりかは小さいが、鷹を抱っこすれば母も弟も濡れずに済むだろうと思ったのだ。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様〜」
「お先に失礼しまーす」
生徒たちが次々と校舎から出てきて傘を差したりレインコートを着て帰っていく。
べつに土砂降りではないのだから多少濡れても問題ない。帰ってすぐにシャワーを浴びればいい。隼はとりあえず、鞄からタオルを取り出して頭に被せた。
『狼谷くん?』
名前を呼ばれてそちらを見ると、傘を持った咲茉が立っていた。
「結城…。今帰りか?」
『うん。今日は合奏が長引いて下校時間ギリギリになっちゃったの』
「そうか」
『狼谷くん、傘持ってないの?よかったら途中まで入っていく?』
「…そうさせてもらうわ。悪いな」
『ううん』
にっこり笑った咲茉に隼の心臓が小さく跳ねた。
「…家まで送る」
『そんな。申し訳ないよ』
「いい。傘入れてもらってんだし。1人で帰るのは危ねえだろ」
ちょうど今日、森ノ宮学園の校区内で不審者の出没が報告されていたのだ。
『…じゃあ、お言葉に甘えようかな。家までに人通りの少ない道も通るから、正直ちょっと心細くて』
「そうか」
咲茉が傘を差し、隼が咲茉の傘を持って並んで歩く。隼は自分が自然と隣を歩く咲茉のほうに傘を傾け、彼女の歩幅に合わせていることに気が付いた。
斜め上から見る咲茉。色素の薄い髪に白い肌。長い睫毛。
『?』
咲茉がふとこちらを見上げた。青い瞳が自分を捉える。
慌てて目を逸らした。どくん、どくん、と心臓が早鐘を打つ。
「…っ……この前の演奏、よかったな」
心臓の音を誤魔化すように、隼が口を開いた。
『ありがとう』
咲茉が嬉しそうに笑った。脈が余計に速くなる。
「俺は音楽は全然だからな。楽器の経験なんてせいぜい、授業でさせられる鍵盤ハーモニカとリコーダーくらいだ」
『ふふふ。そっか』
咲茉が笑顔を見せる度、隼の心臓が大きく脈打つ。そのことに隼はとても動揺していた。
ププーーッ!
『ひゃっ!?』
「!危ねっ」
結構なスピードを出した車が、クラクションを鳴らしながら縁石のない歩道を歩く2人のすぐ近くを通過していった。
咄嗟に咲茉を引き寄せ、守るように塀のほうに寄る隼。
「…ったく危ねえな。雨なんだからちょっとはスピード落としやがれ…」
通り過ぎた車に向かって悪態をつく。
「大丈夫か?」
『う、うん…!狼谷くんありがとう』
咲茉と目が合った。また隼の心臓が跳ねる。顔に熱が集中する。そして心なしか、目の前にいる咲茉の頬もピンク色に染まっているように見えた。
その後は咲茉の家まで2人とも無言で歩いた。
『ここだよ。狼谷くん、送ってくれてありがとう』
たどり着いたのは単身者用のマンションだった。
「そうか。ちゃんとここオートロックか?」
『うん。セキュリティに気を遣って選んだとこだから大丈夫だよ』
「ならよかった」
『ありがとう。…ごめんね、私に傘傾けてくれてたから狼谷くんが濡れちゃったね』
「どうってことねえよ。鷹を抱えてる時のほうが余計濡れるし」
『ふふ。そっか』
雨の日の狼谷兄弟を思い出したのか、咲茉が可笑しそうに笑った。
『このままお家まで傘使って』
「いいのか?」
『うん。迷惑じゃなければだけど』
「助かる。明日返すから」
『うん!いつでもいいよ』
「ありがとな。…じゃあ、また明日」
『また明日ね』
笑顔で手を振ってくれる咲茉に背を向け、借りた傘を差して歩き出す隼。
顔の熱は、まだしばらく引きそうにない。
続く
コメント
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第3話、読みました!雨の日の相合い傘、すごく胸がきゅっとなりました…。隼くんが無意識に傘を咲茉さん側に傾けてるところとか、車から咄嗟に彼女を引き寄せるところとか、もう彼の恋心が行動にじわじわ出ていて素敵でした。演奏シーンで彼女に見惚れる隼くんの心臓の音がこっちまで伝わってきそうでした🌷続きが気になります!
#学園ベビーシッターズ
阿部まりあ
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ちろりーぬ
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#学園