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ちろりーぬ
164
なーさん。です
200
灼熱のマーチング
咲茉も出場した吹奏楽コンクール。森ノ宮学園高等部は、惜しくもあと3点足りず、銀賞という結果で終わった。吹奏楽コンクールは出場校全てが、必ず金・銀・銅のいずれかの賞を獲得するのだそうだ。
「エマちゃん、コンクール銀賞だってね。すげえじゃん」
夏休み。咲茉はまだベビーシッター部には来られないが、この日はコンクールの後で3日程部活が休みだそうで、久し振りに保育ルームでゆったり過ごしていた。
『みんな金賞を狙ってたから残念がってましたけどね。しかもあと3点で金賞だったみたいですし』
「でもさ、去年までずっと銅賞続きだったらしいじゃん。それが今年急に金賞まであと一歩の銀賞取ったんだからすげえのよ」
『えっ、そうなんですか?それじゃ、ほんとにみんなが頑張ったんですね!』
兎田の言葉に咲茉が少し嬉しそうな顔を見せた。
「次は体育祭に向けてのマーチングの練習なんだよね。夏休み中ずっと。今日だってせっかくのお休みだったのにこっちに来てくれて……。結城さん、大丈夫? 」
竜一が心配そうに咲茉を見る。
『平気よ。ずっとこっちに来たかったから嬉しい。みんなに元気もらって、明後日からのマーチングの練習も頑張れそう』
咲茉が明るく笑う。それが無理をして笑っているのではないと分かり、竜一もほっとする。
「…マーチングの練習っていえば、吹部の連中、外で練習の時は長袖長ズボンに帽子被って楽器にタオル巻いて完全防備だよな」
今日は隼も野球部ではなくベビーシッター部に来ているので室内で涼しく過ごせている。
『ここの吹奏楽もそうなんだね。みんな日焼けしたくないし、楽器も極力日光に当てちゃいけないからね。木管楽器は特に』
ああ、楽器をタオルで覆っているのはそんな理由があったのかと納得する。
「結城さんは体育祭のマーチングもパーカッションで出るの?それともフルート?」
『フルートで出るよ。ほかのパートの人には悪いけど、自分の担当が比較的軽い楽器でよかったってちょっと思ってる』
肩を竦めて笑う咲茉。
『狼谷くん』
「!?」
咲茉が急にこちらを見てくるのでまた隼の心臓が早鐘を打つ。
『明後日からお邪魔します。グラウンド使わせてもらって迷惑掛けちゃうね』
この時期のグラウンドでは時間を区切って吹奏楽部がマーチングの練習をする。その間、他の部活は休憩だ。
「…べつに気にすんなよ。俺らも日陰で休憩できるから迷惑とは思ってねえし。毎年のことだから」
『そっか。ありがとう。………さ、できた!』
「あーぶっ!」
「おねえちゃまありがとうでしゅ!」
兎田、竜一、隼と話しながら、咲茉は手を止めることなく奇凛と美鳥の髪の毛をお姫様のようにアレンジしてやっていた。そしてその後、2人のプリンセスを相手に王子2人と家来や下僕(兎田)を指名され、竜一たちもごっこ遊びに付き合わされるのだった。
2日後から吹奏楽部のマーチング練習が始まった。マーチングと言っても、入場行進の際に列を成して曲を演奏しながら歩く程度のものだ。
「おっ、来た来た」
「うわぁ~、やっぱいつ見ても暑そうだな」
グラウンドで部活をしていた生徒たちが、完全防備で外に出てきた吹奏楽部員たちを見る。
結城もあの中にいるのか……。
無意識のうちに吹奏楽部の生徒たちの中に咲茉の姿を探す隼。そしてそのことに気付き、驚くと同時に大きく跳ねる心臓。
完全防備の部員たち。体操服のジャージを上下とも身に纏い、首にはクールリングや保冷剤の入ったタオルを巻き、頭にタオルを乗せた上から帽子を被るか、日除けの幅の広い帽子を被り、それぞれの楽器を大小様々なタオルで覆って風で飛んでいかないようクリップで留めている。中等部の時にも見ていた、おなじみの光景だ。
「「「今日からお邪魔いたします!」」」
「「「よろしくお願いします!」」」
部員たちが他の部活の生徒たちに向かって大きな声で挨拶し、深々と頭を下げる。そして入場行進の隊列を組んだ。
スネアドラムの合図で演奏を開始する。並びは前から順にトロンボーン、クラリネット、フルート、サックス、トランペット、ホルン、パーカッション、ユーフォニアム、チューバとなっている。
「あの子か?“結城さん”って」
「そうそう!めちゃくちゃ可愛いよな!」
「フルート似合うなあ〜!」
木陰で休んでいた野球部の上級生やサッカー部、陸上部の連中が口々に言う。
咲茉はフルートの列の内側から2番目にいた。他の部員と同じように完全防備しているが、やはり特別目を引く。色素の薄い髪も、白い肌も一際目立つ。おまけに深い海のように青い瞳だ。目立つなと言うほうが難しい。でも、他の男が咲茉のことで騒ぐのが、隼にとってなぜだかとても不愉快に思えた。
吹奏楽部は数回に分けて音出しと行進の練習を行い、顧問からあれこれ指導を受けて、屋外の部活生に挨拶をしてからまた音楽室へと戻っていった。
8月の後半。昼食の時間の保育ルーム。
「隼〜。エマちゃんお外の練習どう?」
「は?なんで俺に聞くんだよ。結城に直接聞きゃいいだろが」
今日もだらしくなく寝転んだまま子どもたちの相手をする兎田に対し、容赦なく悪態をつく隼。
「だってエマちゃん全然こっち来られないからさ〜。このクソ暑い中こいつら連れて外に様子見に行ったりもできないし」
「職員室行く時にちらっとグラウンド見たけど、あの格好は相当暑いよな。みんな大丈夫なのかなって」
竜一も心配そうな顔をする。
「たまに誰か具合悪くなって倒れてる奴はいるぞ。楽器を落っことす音とかも聞こえてくるし。 熱中症になってもおかしくない気温な上にあの暑苦しい格好してんだから」
仕方ねえだろ、と隼が答えた。
ガラガラ
『こんにちは〜』
「あっ!おねえちゃん!」
ちょうど今話題に上がっていた人物が保育ルームに顔を出した。
『わぁ〜、涼しい〜!』
生き返るように室内に腰を下ろす咲茉。
「結城さん。いま休憩中?」
『うん。お昼休みなの』
「そっか!お疲れ様。何かジュース飲む?俺持ってくるよ!」
『いいの?りんごジュース飲みたいな』
「了解!」
竜一が立ち上がり、冷蔵庫へ急ぐ。
「ありゃ、エマちゃん日焼けしたね」
『そうなんですよね。日焼け止め塗っても少しは焼けちゃいます』
見ると、咲茉の鼻や頬の、顔の高い部分が赤くなっていた。
「目も充血してんな」
『紫外線は目からも入ってきちゃうからね。あとは砂埃が入ったりとか。仕方ないんだ』
言いながら、咲茉は取り出した目薬を垂らした。
ぴちょ
『あ、入んなかった』
「下手くそかよ」
『えへへへ』
「エマちゃん大体何でも器用にこなすのに目薬さすのは下手くそなんだね」
『人間には得意不得意ってものがあるんですよ』
隼と兎田に揶揄われ、眉をハの字に下げて咲茉が笑う。そして再度目薬を垂らす。今度は成功した。しかしもう片方も一発では入らず、2、3回試すのだった。
「はい、結城さん。りんごジュース」
『鹿島くんありがとう!』
咲茉は竜一が持ってきてくれたグラスに口をつけ、一気にりんごジュースを飲み干した。
「おお〜、いい飲みっぷり!」
兎田が笑う。
「この暑い中大変だよね。体調大丈夫?」
『ほんとに暑い。正直ね、くらくらしちゃうこともあるよ』
「熱中症じゃね?日焼けもしちゃって可哀想に…」
『それもちょっとあると思います……。でもあとちょっとの辛抱ですから』
「水分ちゃんと摂れよ」
『うん。気をつけて飲んでる。ちゃんと飲まないと歩きながらミイラになりそうなの』
「嫌だわ〜。干からびたエマちゃんなんて見たくない」
兎田の言葉に竜一と咲茉が笑った。隼だけ、笑い事じゃないだろ、と眉を寄せていた。
更に3日後。今日も灼熱のグラウンドで吹奏楽部がマーチングの練習をする。何度目か行進の練習の合間、木陰に移動してきた吹奏楽部の生徒たち。
ドサッ
何かが崩れ落ちる音がした。そして生徒たちの慌てた声が響く。
「ちょっと!結城さん!大丈夫!?」
「しっかりして!」
「エマちゃん!」
周りの部活生も何事かとそこに集まる。熱中症の症状で倒れる生徒が時々いるので、屋外で活動する部活の生徒たちには部活関係なくいち早く倒れた生徒を救護してやる関係性ができていたのだ。“結城”、“エマ”と聞き、隼も他の野球部員たちとその場へ急ぐ。
見てみると、倒れていたのはやはり結城咲茉だった。
「どうしよ、全然反応しない…」
「先生たち呼んできたがいいよね」
「ちょっと俺ら担架借りてくっから」
サッカー部の部員が走り出す。
「お水掛けてあげる?」
「洋服緩めてあげるのが先じゃない?」
あわあわと戸惑う吹奏楽部の生徒たち。
「…直接保健室に運んだほうが早え!」
「「「!」」」
倒れた咲茉を抱きかかえたのは、野球部の無愛想で有名な狼谷隼だった。
「おい、ちょっとこの楽器持ってやってくれ」
「あっ、はい!」
咲茉が握ったままのフルートを、他の部員が手から取り外してやる。
そして、隼はそのまま咲茉をいわゆる“お姫様抱っこ”して保健室へと急いだ。
周りの生徒たちのざわつく声が聞こえる。
きゃっ、と興奮する女生徒の声。
ひゅー♪とからかうように口笛を拭く音。
全て、どうでもよかった。
触らせたくない。誰にも。結城を。
そう思った次の瞬間、身体が勝手に動いて咲茉を抱きかかえていた。
保健室へ向かう足を速める。でも極力揺らさないよう注意を払う。
この時、隼は急に自覚した。
ああ、俺は。こいつが…、結城咲茉のことが好きなんだ。
と。
つづく
コメント
1件
あーもう、隼くんったら…!「触らせたくない。誰にも」で自覚しちゃうの、熱すぎるでしょ!倒れた咲茉ちゃんをお姫様抱っこで運ぶ展開、胸がぎゅっとなるね。完全防備でフルート吹く姿とか、目薬が一発で入らなくてへへへって笑うとことか、日常の可愛い描写もよかった。灼熱のグラウンドが背景だからこそ、隼の気持ちがキラリと光った回だったよ。続きが気になる〜!