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私は、人間というものを甘く見ていたらしい。
弱いと思っていた勇者たちは、力を隠していた。
「聖女ちゃんさ。俺らのことバカにしてるよなぁ」
弱いのに強いフリをしているからだけど、バカにしているわけではないと言いたかったけど、そんなものは言い訳にしか聞こえないのだろう。
彼らは突然牙を剥いて、私とシェナを殺そうとしている……。
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鉱山から二時間ほど王都に戻ったところで、勇者たちの態度が変わった。
というか、行きとは違って黙りこくっていたのに、急に低い声で、「止めろ」と言い出した。
運転手さんは、その妙な圧を感じたのか、素直に停車させ……自動のドアを開いた。
勇者は、今度は私たちに降りろと言って、ギラついた目で私を睨みつけている。
何をするつもりなのかと聞いても、アゴで指示されるだけで。
私は……あまりの態度の変わりように戸惑い、そして少し怖くもあった。
男の人に、こんな風に凄まれたことは無かったから。
力は、私の方が上のはずなのに。
「何をするつもり? 散歩がてら歩いて帰るには、まだ遠いわよね」
勇者たちとは反対のドアから車を降りて、少し距離を取りながら、いつでも剣を抜けるように心の中で警戒した。
シェナは私の少し斜め前に立って、彼ら両方をすでに警戒して睨んでいる。
「わりーけど、ここで死んでもらわないとだ。聖女ちゃんよ」
言っている意味が分からない。
「どういうこと?」
数メートルだけの空間を挟んで勇者、そしてそのさらに後ろに、黒い人が立っている。
魔法を使う人間が睨みながら距離を取っているのは、狙っていると告げられているみたいで嫌な感じだ。
「るせぇな。弱いフリしてたんだよ。それをムカつくくらいバカにしやがって。だからここで、死んでもらおっかなーって」
「ほんとにそんなことで?」
「お前らは強さを見抜けない。俺達はお前らがどの程度かを見た。それで今決めた」
「殺すつもりなの? 人を殺すのよ? ほんとに言ってるの?」
「ま、死ぬ前に遊んでやってもいいけどな。聖女ちゃんみたいな上玉、滅多にいねぇし?」
「ダイキ。喋り過ぎだ」
ダイキというのは、勇者の名前だろうか。
今すでに決別した人の名前なんて、知りたくもなかった。
「つか、俺がダイキって名前だって、微塵も覚えてねーだろ。まじで気に入らねぇ」
そういえば、自己紹介はしたかもしれない。それはごめんなさいだけど。
「争うのは好きじゃないの。やめて。って言ったら?」
「ボケ。お前らはもう奪われる側で、俺達は奪う側だっつってんだよ。俺らより強い気でいたんだろ? 楽しい思い出を胸に、さようなら。ってな」
私はなんとも言えない気持ちになって、涙がこぼれた。
助けてあげたのに。
一応は一緒に魔物を討伐したのに。
――全部がフリで、ここでだまし討ちをするために?
ほんとに、意味が分からない。理解できない。
「お姉様を泣かせたな。雑魚のくせに……今の姿で帰れると思うな」
シェナは、私の悲しい気持ちを察して、怒ってくれている。
私も怒りたい。
でも……それよりも悲しい。
辛い。
くやしい。
どうして、裏切ったりするの?
「ねぇ、どうしてよ」
「理由なんか、いくらでもあんだろうが。テメェがなびかねぇからとか、な」
「……最低」
「クズが。お姉様に対するこれまでの所業、その罪。全てその体に刻み込んでやる」
「うるせぇ。お前も一緒に死んでもらうぜ。その大事なお姉様と一緒に――」
それを言い終える前に、シェナがナイフを抜き放った。
討伐で見た勇者の反応速度なら、避けられるはずのない速度で。
「――避けられねぇとでも思ったか? 銃でも当たらねぇのに」
本当に、そこまでして私たちを騙すんだ。
討伐でいい所を見せた方が、わずかでも好感度は上がっただろうに。
「お姉様。手加減無用だと思いますが」
「……うん」
「はい。ボロ雑巾くらいにはしますね――」
と、勇者の後方で黒い人が、魔法を撃つための魔力を溜めているのが分かった。
すかさずシェナは、先にそっちを狙って突進を仕掛ける。
後方火力や治癒士から狙うのは、攻撃が届き得るなら定石だ。
「んじゃ、テメェの相手は俺だな」
軽薄な男なのに、今はその雰囲気を微塵も感じない。
真剣な顔も出来るのね。そう思った瞬間だった。
――油断した。
何かの組み術だろうか、私は地面に思いきり背中から倒された。
そしてすぐさま、みぞおちをどすんと踏まれて剣の切っ先が眼前に迫る――。
やばっ。保護膜を――。
「痛ッッ」
――その剣先は、竜王の加護と竜魔法の保護膜さえ突き抜け、私の額を数ミリ突き刺した。
(これを貫通出来るの?)
「くそっっ! 硬ってぇなボケ!」
本当に、強かったんだ。
「お姉様あああああああ!」
金切り声で叫ぶシェナ。
あの子が本気を出したら、白天の王の姿に獣化してしまう。
「だっ、だめよ! 大丈夫だから! 油断しただけ!」
獣の姿を見せてしまっては、彼らを絶対に殺さなくてはならなくなる。
私も、うじうじとしているだけではいけない。と、思っている間にもう、シェナは黒い方を片付けてきてしまった。
「……その足をどけろ。汚くしか生きられないゴミが」
勇者の隣に立ち、最大の警告を発している。
「ちっ! カズヤは何してんだ!」
「あれはもう、ただのゴミ。次はお前がそうなる」
黒い人は……横たわった胸が少しだけど上下している。辛うじて生きている。
「シェナ。私は大丈夫だから」
聞く耳をもってくれているかどうか――。
今のシェナの攻撃を、当てさせるわけにはいかない。
みぞおちを踏みつけたままの勇者の足を、私は魔力を込めた黒刃の剣で薙いだ。
「足のひとつくらい、我慢してもらうわよ」
切断されて、バランスを崩して倒れかける勇者に、さらに剣を払って腕を刎ねた。
勇者は受け身さえ取れずに、私の隣に倒れ込む。
「くっっそがあああああ!」
痛みのせいか、それとも、勝てると思っていた悔しさからなのか。
彼は目を見開いて叫んだ。
「ゴミは黙っていろ」
トドメは、シェナがその口に石を投げつけた。
歯を砕き、アゴ骨を潰した勢いで顎関節も完全に外れ、さらに喉までめり込んだ。
顔の造形を無理矢理変えられた状態というのは、とても見ていられない。
彼はうめく事さえ出来なくなって、息も詰まっているらしい。
残った手足をばたつかせることもなく、自ら首を掻きむしるようにしてめり込んだ石を取ろうとしている。
……あと数分もしないうちに、窒息して死んでしまう。
そんなことを冷静に考えつつ、私はシェナに手を引かれながら立ち上がった。
「お姉様……油断し過ぎです。お怪我をされて、綺麗なお顔に傷が残ったらどうするんですか」
と言ってもすでに、再生の力で元通りに治っているはず。
「ごめん。まさか、貫通してくると思わなかった」
「それは、そうですが……」
私の額に手を伸ばしながら、シェナは心配そうに、突き刺された額を凝視している。
コンマ一ミリの傷さえ見逃すまいと。
「それより、この二人のこと……治しちゃうわね」
「……優し過ぎます。お姉様は」
シェナは私から目を逸らして、その後に続く言葉を飲み込んだらしい。
そんなことでは、また狙われます。
もしくは、すぐに襲ってくるかもしれません。だろうか。
――分かってる。
もう油断しないし、警戒しながら治すから。
だって、ちゃんとした理由を聞いておかないと、ずっと辛いままだもの。
まさか、私の態度だけで襲ったとは……さすがに信じたくないから。