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**鬼堂楽園奇譚 第六章 「境橋の子守歌」**
境橋に吹く風は、いつもより柔らかく感じられた。
朗が子供になってから三日。
その変化に、鬼堂楽園はざわついていた。
雷花が朗の手を引きながら西の宝武器庫へ戻る道を歩いている。
「ほら、朗!ここが雷花ちゃんの町だよ!
武器いっぱいあるけど触っちゃダメだからね!」
朗はきょとんとした目で巨大な槌や槍を眺めた。
「……これ、なに?」
「危ないものー!」
「さわっていいの?」
「だーめっ!!」
雷花は慌てて朗を抱き上げる。
朗は軽くて、抱き心地があまりにも子供だった。
宝武器庫の鬼たちはざわざわしている。
「おい、あれって……侵入者じゃなかったか?」
「小さっ……かわっ……いやいや油断するな!」
「雷花様が子守りしてる……世も末……」
雷花は眉間に皺を寄せながら叫んだ。
「この子はもう悪い子じゃないの!
今は、雷花ちゃんが守るんだから!」
朗は雷花の髪を指でつまみ、
「……おねーちゃん、つよい?」
と聞いた。
雷花の顔が一気に赤くなる。
「つ、強いよ!!めちゃ強いよ!!
だって鬼堂楽園一の雷使いだもん!!」
朗は目を輝かせた。
「すごい……!」
雷花は胸を張り、朗を高々と持ち上げた。
「でしょ!!」
その光景に、宝武器庫の鬼たちは
「あの雷花様が……子供にデレてる……?」
と震え上がった。
一方、東の境橋では青蘭がひっそりと川底を覗き込んでいた。
水底で、赤黒い刀がゆっくりと揺れている。
——まだ生きている。
——いや、“誰か”が内側で目を開けている。
青蘭は鎖を握りしめる。
(封印しなければ……
でも、あの力……誰が作ったの?)
刀からぼんやりと黒い気配が漂う。
そこに声がした。
「青蘭さん、どう?」
振り返ると酒鬼が瓢箪をぶらさげて立っていた。
「……だめです。
川の流れがゆるむ夜じゃないと、引き上げは困難でしょう」
酒鬼は瓢箪を傾けながら川底を見つめる。
「ひとまず、あの子を優先しよ。
まだ完全には呪いが抜けてないかもしれないから」
青蘭は頷いた。
「はい。朗の魂……とても弱っています。
心に空いた穴が、まだ塞がっていません」
酒鬼は空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「……子供の朗、かわいいよねぇ。
でも、あれは本来の姿じゃない。
“戻った”ってより、“削られた”って感じ」
青蘭は静かに目を伏せた。
「記憶も……人格も……刀に囚われた時に奪われたのでしょう」
風が冷たく吹き抜ける。
刀の奥で、何かが蠢いた気がした。
*
北の神休所では、竹爺が焚き火の前に座り、朗と向き合っていた。
朗は竹爺の刀に興味津々で、じーっと睨んでいる。
「それ、きれい……ひかってる……」
竹爺は困ったように顎を触った。
「こりゃあのう、触ったらお主の指が吹き飛ぶぞい」
朗はびくっとして後ずさる。
「……こわい……!」
「ふむ。怖がるのは良いことじゃ。
お主はもう、刀の怖さを知っとるからな」
竹爺は朗の頭を軽く撫でた。
朗はこそばゆそうに笑う。
「じーじ、やさしい」
竹爺はその言葉に噴き出した。
「じ、じーじ!? わしはまだそこまで老いとらん!」
草むらの奥で神休所の鬼たちがひそひそと囁く。
「竹爺様……朗に“じーじ”って呼ばれてる……」
「まさかの新しい称号……」
竹爺は耳をぴくぴくさせながら顔を真っ赤にし、
「誰にも言うなよ……!? 絶対じゃぞ……!?」
と怒鳴った。
朗は腹を抱えて笑っている。
「じーじ、かわいい!」
「やめんか!!」
しかし、竹爺の表情はどこか柔らかかった。
*
そして、夜。
竹爺、酒鬼、雷花、青蘭の四人は境橋に集まった。
子供の朗は雷花に抱かれて眠っている。
竹爺が口を開く。
「朗の魂は、不安定じゃ。
しばらくわしらで育て、守る必要がある」
酒鬼が頷く。
「刀との縁は、まだ完全に切れてなさそうだしね」
青蘭は川底を見つめ、静かに言った。
「……あの刀を造った者。
その者こそが、朗を利用し、鬼堂楽園を壊そうとしている黒幕。
その気配は……確実に外にいる」
雷花は朗を抱きしめながら震えた。
「そんなの……やだよ。
この子を……また利用されるの?」
竹爺は刀を握り、夜空を睨んだ。
「安心せい。
この四鬼がついとる限り——
黒幕とて、好き勝手はさせん」
風が吹き抜ける。
朗は眠ったまま、柔らかく微笑んだ。
しかし——
川底の刀の奥で、ほそいほそい声が響いた。
——まだだ。
——まだ遊びは終わらない。
誰もその声に気づかない。
鬼堂楽園に、新たな波乱の影が迫っていた。
・つづく