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柱代理
・・・・・・・・・・
日中は隊士を相手に稽古、夜は他の柱と痣を出現させ維持する為の稽古。
朝方帰宅し、数時間の仮眠の後、また隊士を相手に稽古。
柱稽古が始まり、2週間と少し経った。
《無一郎。大丈夫?》
夜の稽古に出掛けようとする無一郎に銀子が声を掛けた。
「ん…大丈夫だよ」
それに答える無一郎。銀子が心配するのも納得がいくくらい、彼は目に見えて元気がなかった。
《調子ガ悪ソウヨ。疲レガ溜マッテルンダワ。今夜ノ稽古ハ休マセテモライマショウヨ》
保護者のように無一郎を見守ってきた銀子が、これ以上無理をさせまいと提案する。
「そんなのだめだよ。時間が惜しい。昼間のじゃ正直あんまり稽古になってないし、柱同士の稽古でようやくちゃんと訓練できてるようなもんなんだから。ちょっとくらい疲れてても行かなくちゃ」
《無一郎……》
頑として夜稽古に行こうとする無一郎。
『どうしたの?』
翌日の朝食の仕込みを終えた茉鈴が声を掛けてきた。
《茉鈴。…無一郎ガ今夜モ夜稽古に行クッテ聞カナイノヨ。明ラカニキツソウナノニ》
『…ほんとね。あんまり顔色がよくない。無理せず休んだほうがいいんじゃない?』
銀子の意見に同意する茉鈴。そして無一郎に近付き、前髪を掻き分けて額同士をくっつけた。
「!!」
無一郎が硬直する。頬が熱くなる。
『うーん…。熱はなさそうだけど……』
「だっ、大丈夫だから!ほんとに!銀子も茉鈴も心配し過ぎ!」
弾かれたように無一郎が茉鈴から距離をとった。
「ほんとに平気だから!…じゃあ僕、稽古行ってくる!」
《アッ!待ッテチョウダイ無一郎〜!》
無一郎が慌てて屋敷を飛び出し、銀子も急いで後を追った。
『大丈夫かな〜……』
1人その場に残された茉鈴の呟きが、夜の闇に吸い込まれていった。
バシッ!
ガガッ!
カァン!
今夜も実弥と小芭内と手合わせをする。
2人には未だに痣が出ない。無一郎の顔にも、刀鍛冶の里以来、まだ一度も痣が出現していない。
心拍200以上、体温39℃以上。それが簡単にできれば誰も苦労しない。第一、生命に関わる危険な状態を自ら誘発することも、脈や体温を自分の意思で操ることも、それ自体が不可能に近い芸当なのだ。
「っはぁ〜!今夜もだめか〜……」
「なかなか思うようにいかないな」
「激しく動いていれば脈は速くなるけど、体温を上げるのは難しい…ですよ…ね……」
夜明けが近付いてきた為、柱同士の稽古を終える。
「……………」
「時透、どうした?」
小笆内が急に黙った無一郎に気付く。
「…ん………」
無一郎は稽古をしていた神社の拝殿の外階段に腰掛けたまま、舟を濃いでいた。
「!?…おい、時透。こんなところで寝るんじゃない」
「やっぱお前無理してたんじゃねぇか。毎晩こんな遠くまでよォ…」
舟を漕いだ勢いでひっくり返らないよう、実弥が無一郎の身体を支えてやる。
「おい、時透」
「風邪引くぞ」
「……………」
2人の歳上の柱が無一郎を軽く揺さぶりながら声を掛けるが、彼はすっかり寝入ってしまったようだ。
顔を見合わせる2人。
「……仕方ねェ。連れて帰るか。…おい、時透の鴉!」
《何ヨ!…ッテ無一郎!ドウシタノ!?》
「眠ってしまって起きない。お前は先に時透の屋敷に戻って宝生に伝えて布団でも用意させろ」
《…アラ…、悪イワネ。ジャア先ニ茉鈴ニ知ラセテクルワ!》
銀子を見送り、小笆内が無一郎を抱えて実弥の背中に乗せる。そして自分の縞々の羽織を無一郎の背中に被せてやった。
「俺の隊服着せてやるからいいって」
「その少ない布をどう被せてやると言うんだ」
「あー…、それもそうか……」
実弥が無一郎をおぶり、彼の刀や荷物を小笆内が小脇に抱えて、その場から遠く離れた霞柱邸へと出発した。
銀子からの知らせを聞いた茉鈴が、急いで無一郎の寝床を整え、門の外に出て帰りを待っていた。
『あっ、風柱様、蛇柱様!』
「よォ」
「急に悪かったな」
夜が明ける頃、ようやく霞柱邸に辿り着いた3人。
『いえ、こちらこそご迷惑をお掛けして申し訳ありません。……ほら、む…、時透様起きてくださいませ』
「んんん~……」
茉鈴の声掛けに、無一郎は低く唸り声をあげたが、そのまま再び実弥の背中で規則正しい寝息を立て始めた。
「…起きないな」
「ああ、マジで。…おい、茉鈴。布団まで運んでやるから案内してくれ」
『ほんとにすみません。前から寝起きがよくなくて……。お願いします』
茉鈴に案内され、実弥と小笆内が無一郎を寝室に運んでやる。
隊服の上着を脱がせ、布団に横たえ、掛け布団を掛ける。
「……こうして見ると、まだ子どもだな…」
「ああ。たった14だろ。無理し過ぎだっての…」
2人がしみじみと無一郎の寝顔を見つめる。
「茉鈴、お前も苦労するなァ。しんどくないか?」
『平気ですよ。記憶が戻って私のことも思い出してくれましたし、一緒にいられて本当に嬉しく思ってます』
「…そうかィ」
実弥が微笑み、茉鈴の頭をぽんぽん、と撫でた。被り物がずれない程度に軽く。
『蛇柱様。羽織はお洗濯してお返しします』
「構わん。このまま持って帰るから気にするな」
『でも……』
「いい。その手間の分、時透の好きなふろふき大根でも多めに作ってやれ」
『……分かりました。ありがとうございます』
小笆内が茉鈴から羽織を受け取る。
そしてそろそろ帰ろうかと立ち上がる2人。
『お2人とも。よろしければこれどうぞ 』
「?」
「握り飯?」
茉鈴が差し出したのは、おにぎりの入った包みだった。
『夜通し稽古してお疲れかなと思って。こんな遠くまで無一郎くんを連れて帰って来てくださったし。数時間後にはまた隊士のみんなを相手に稽古をつけないといけないんですよね。帰りながらでも召し上がってください 』
「…気を遣わせたな。ありがとう。いただくよ」
「お前の料理がめちゃくちゃ美味いって時透が話してたぞ。ありがとよ 」
霞柱邸を後にする2人。
正直かなり空腹だったので、近くの無人の神社に立ち寄り、もらったおにぎりを食べて帰ることにした。
包みを開けると二重になっており、外側の包みの中には使い捨てにできるおしぼりが入っていた。内側の包みを開くと、お手本のように綺麗な三角形のおにぎりが3つと、その隣には漬け物が添えられていた。
「…気配りがすげぇな。おしぼりまで入れてくれてるなんてよ」
「ああ。よくできた娘だ」
軽く手を拭き、おにぎりを食べる。
まだ温かい。急いで握って準備してくれたのだろう。
「うまっ!」
「ああ」
3つのおにぎりには、それぞれ鮭と梅と昆布の佃煮がぎっしり入れられていた。
2人の柱を見送り、無一郎の寝室に戻った茉鈴。
まだあどけなさの残る寝顔の幼馴染みが、少し傍を離れた短い時間で派手に布団を蹴り飛ばしていたので、必死に笑いを堪えながら彼の体勢を整えさせ、布団を掛け直す。
サラ……
顔に掛かった髪を退けてやる。
『…無一郎くん。起きてるんでしょ?』
「…………なんで分かったの?いつから?」
『お布団掛け直す時くらいにね。寝てる時の呼吸じゃなくなったから。あ、起きたんだなって』
「ばれてたか……」
無一郎が重たそうな瞼でふにゃりと笑った。
『銀子ちゃんが大急ぎで知らせにきてくれたよ。稽古終わりに寝こけちゃうくらい疲れてたなんて。やっぱり無理してたんじゃない。私たちが言う通り、今夜の稽古は休んだほうがよかったのよ』
「……ごめん…」
『怒ってるわけじゃないのよ』
「うん…」
サラ……
茉鈴がそっと無一郎の頭を撫でた。
無一郎はまた胸の鼓動が速くなるのを感じたが、それを悟られないように努めながら、掛け布団を引っ張って鼻と口を覆うように被る。
『目が覚めたなら、ざっとお風呂入ってくる?一応お湯沸かしてあるけど』
「んー…、面倒くさい……。でも汗かいたしなあ」
『軽く汗流すだけでもさっぱりするんじゃない?入っておいでよ。それからまた少し眠るといいじゃない』
「……うん。そうする」
ゆっくりと起き上がり、無一郎は着替えと手拭いを持って風呂場へ向かった。
『無一郎くん、おかえり』
「ただいま。気持ちよかった」
『そうでしょ。入浴剤も入れてみたのよ』
「なんかいい匂いすると思った。ありがとう」
再び布団に潜り込む無一郎。
『ね、今日の午前中だけでも私がみんなの稽古つけようか?無一郎くんはその間ゆっくり休んでて』
「え、茉鈴が?」
思い掛けない提案に驚く。
『疲れが溜まってる状態でまた無理するのもよくないし。無一郎くんが起きてきた時間でぼちぼち交代するから』
「でも茉鈴…、食事の仕度もしてくれて大変でしょ。足だってまだ痺れてるだろうし……」
『大丈夫よ。足も平気。ごはんの用意は隊士のみんなとしたっていいんだから。無一郎くんはちゃんと休んで体調を整えて。ね?』
「……分かった……」
茉鈴の説得に渋々頷く無一郎。
「…茉鈴……」
『どうしたの?』
無一郎がそっと布団から手を出した。それを茉鈴が握る。
「…茉鈴、…ありがとう……」
『いいえ。ゆっくり休んでね』
「……ぅ…ん…」
あっという間に眠りに就いてしまった無一郎。やはり相当寝不足だったようだ。
茉鈴はしばらく無一郎の寝顔を見つめて、彼を起こさないよう慎重に手を離し、静かに退室した。
朝になった。隊士たちが起床し、身仕度をする。
朝食の時間。
「なあ、霞柱は?」
「見当たらないな」
「いつも夜中出掛けてるけど、まだ帰ってきてないのかな?」
「それか寝坊?」
未だに合格をもらえない隊士たちが話している。
「うおーっ!これ美味いな!!おい紋逸、お前の分も寄越せ!」
「はぁ?何言ってんだよ。これは俺の玉子焼きなんだから!だめ!」
昨夜霞柱邸に到着した嘴平伊之助と我妻善逸が、この食事で初めて口にした茉鈴の料理を前に騒ぐ。
「なあなあ、これって誰が作ってくれてるとか分かるか?」
善逸が自分より早くからここにいた隊士にたずねる。
「食事の仕度は主に、宝生茉鈴さんっていう霞柱専属の隠の人がやってくれてるってよ。竈門がいた時はあいつが米炊いてくれてたぞ」
野菜炒めを口に運びながら、話し掛けられた隊士が答える。
「まりんさん、かー!可愛い名前だなあ。こんな料理上手なんだ、きっとすごく可愛いんだろうなあ!」
「なんで料理上手が可愛いに結び付くんだよ。……でも実際声も可愛いぞ。覆面の下の顔はまだ見たことないけど、すごく綺麗な目をしてるんだ。ここでの稽古を終えた奴だけ彼女の顔を見ていいって霞柱からお達しがあってよ」
「へぇー!じゃ、稽古頑張って早く顔見ないとな!」
そんな会話をしていると、伊之助がしれっと善逸の皿から、中に海苔が巻かれた玉子焼きを摘み出した。
「ぎゃっ!?何してんのお前!」
「早く食わねえからだろ!」
この2人が来てから、急に屋敷が騒々しくなった。
稽古の時間になっても、無一郎が姿を見せない。
どうしたのかと隊士たちがざわつき始めたその時、道場の扉が開いて、1人の人物が入ってきた。
えっ、誰!?
めちゃくちゃ可愛いぞ!
隊服じゃない。
柔らかそうな黒髪を後頭部で1つにまとめ、白いうなじが見え隠れする。
大きな琥珀色の瞳、それを縁取る長い睫毛、すっと通った鼻筋、淡い桃色の頬、形のいい唇。
恋柱や蟲柱やその継子の少女とは違う。初めて見る人物だ。
着物に袴姿のとんでもない美少女の登場に一同が息を呑んだ。
『皆さん、毎日の稽古お疲れ様です。この時間は私・宝生茉鈴が霞柱様の代わりに皆さんの稽古のお相手を務めさせていただきます』
ざわっ
ほうしょうまりん、って言ったか!?
え、あの宝生さん!?隠の!?
彼女が霞柱の代わり!?
どよめく隊士たち。
それを最初に打ち破ったのは伊之助だった。
「お前、強えな!?俺様には分かるぞ!弱っちそうに見えるのに纏う空気が強い奴のそれだ!」
言いながら、勢いよく木剣で斬り掛かる伊之助。
「…を……!?」
天地が逆になり、何が起こったのか混乱する伊之助。
『体勢も剣の持ち方もめちゃくちゃ。胴もがら空き。やり直し』
細い喉から放たれた厳しい言葉。
伊之助の攻撃を軽々と躱し、木剣同士をぶつけることもせず彼を床にひっくり返した茉鈴。
『次』
集団を振り返る茉鈴。皆呆気にとられて固まっている。
『何をぼんやりしているんですか?私を鬼だと思って攻撃してきてください。さあ、早く』
「えっ、いやでも女の子だし…!」
『女の姿をしている鬼だってわんさかいますよ。さあ、構えて。柱稽古で培ったものを発揮してください』
「で、でも…!怪我させたりしたら……」
ある隊士の言葉に、茉鈴がふっと片方だけ口角を上げた。
『怪我?…そんなの心配要りません。“今の”皆さんなんて私の相手じゃない。遠慮なく斬り掛かってきてください。彼の…伊之助くんのように。皆さんが束になってかかっても、きっと私のほうが強いから』
「「「!!」」」
挑発的な言葉。不敵な笑み。普段隠として自分たちの世話を焼いてくれるあの優しい少女と本当に同一人物なのかと疑う。
「「「「うおおおっ!!」」」」
上手いこと茉鈴の挑発に乗せられた隊士たちが一斉に斬り掛かる。
ガガッ!
バシッ!
ドッ!
ビシッ!
ダァンッ!
あっという間に全員が容赦なく木剣をはたき落とされ、弾き飛ばされ、身体を床に投げられ、ひっくり返された。
隠の筈の少女は息ひとつ乱していない。
なんって強さだ…!
現役の隊士の俺たちが全員でかかってもまったくない歯が立たない!
こんなに強いのになんで隠なんてしてるんだよ…!?
落ち込む一同。
『…じゃあ、今度は1人ずつお相手します。一本勝負です。順番にどうぞ』
茉鈴が木剣を構えた。
隊士たちが順番に手合わせをしていく。が、呆気なくやられる。
道場内は、ちーーーん……と音が聞こえてきそうな雰囲気になった。
『皆さん、霞柱様の助言をちゃんとご自身のものにしてください。じゃなきゃ柱稽古の意味がないですよ』
小さく溜め息をつきながら言う茉鈴。
『はい、もう一度。今度はゆっくりいきます』
再び順番に手合わせをしていく。先程と違うのは、茉鈴が相手の癖を分析して、一人ひとり丁寧に改善方法を伝えていくということ。
『あなたは、振りかざす時に体勢が崩れがち。体幹を鍛える練習もしましょう』
『あなたは剣を振り下ろした時に着地点がぶれてる。これじゃせっかくの攻撃も力が逃げてしまうから。もっと力いっぱい踏み込んで』
『あなたは太刀筋は綺麗です。でも攻撃が一本調子だから。相手にそれがばれてしまうと一気に不利になってしまう』
すげえ……。
ちゃんと見てくれてたんだ……。
助言も一人ひとりに。しかも的確だ。
何だよ、煽るようなこと言って。ちゃんと優しいじゃんか……。
今まで厳しくされた分、思わず目頭が熱くなる隊士たち。
『今お伝えしたことを意識して。もう一度いきますよ』
「「「「「はい!!」」」」」
ビシッ!
カァン!
ガガガッ!
『そうそう、皆さんすごくよくなりましたよ!やればできるんですから、ちゃんと始めからやってください』
額の汗を拭って、茉鈴がやっと笑顔を見せた。
『霞柱様も私と似たようなことを仰ってたんじゃないですか?』
「ああ…、確かに言われたな…」
「言い方がきつくて言われた内容が頭にちゃんと入ってなかった……」
冷たい目つきで容赦なく厳しい言葉を投げかけてくる霞柱を思い出し、隊士たちはまたがっくりと肩を落とした。
『…言い方はきついかもしれないけど、霞柱様は皆さんに死んで欲しくないんです。大事な仲間である皆さんを死なせないように、少しでも長く戦えるようにと考えていると思うんです』
“みんなよくやってると思うよ。でもだからって、勝てるわけじゃない。僕はみんなに死んで欲しくないし、できれば元気で長生きして欲しいと思ってる”
数日前の無一郎の言葉が隊士たちの脳裏に蘇る。
『私だって同じです。皆さんのことが大事だから、大好きだから、死んでほしくない。これ以上大事な人を喪いたくない。少しでも長く一緒に戦って、無惨を倒して、できるだけたくさんの仲間と勝利の喜びを分かち合いたいと思ってます』
宝生さん…!
不器用な霞柱の部下への想いと、代理で稽古をつけた茉鈴の言葉に、その場にいた全員が目を潤ませた。
『…私はそろそろ昼食の準備に取り掛かります。今からの時間は自由に使ってください。休憩してもいいし、自主練してもいいし、誰かと手合わせをしてもいいです。時間には限りがありますから、大事に使ってください。お疲れ様でした』
茉鈴の言葉に慌てて立ち上がった隊士たち。
「「「「ありがとうございました!!」」」」
声を揃えて礼を伝える彼らに、茉鈴が振り返り、にこっと笑ってみせた。
その笑顔に心臓を鷲掴みにされた者がいったい何人いることか。
茉鈴に言われた通り、各々が時間を有効に使おうと努める。
そこへ、霞柱邸で働く隠たちがやって来た。
「皆さんお疲れ様です。これどうぞ。梅ジュースです」
「えっ、ありがとうございます!」
「美味そう!」
皆喜んで隠が手渡してくれた湯呑みに口をつけ、梅ジュースを喉へと流し込む。
「うわ!美味い!」
「炭酸が入ってるな」
「なんか疲れが取れた気がする!」
隊士たちに笑顔が戻った。
「これは宝生さんからですよ」
「「「えっ!」」」
「この屋敷の裏にある梅の木から宝生さんが自ら摘み取って、丁寧に下処理をして浸けた梅でできてるんです。霞柱様もこれがお好きで。毎年作るんですよ。梅には疲労回復効果があるそうです」
隠たちも小さめの湯呑みで梅ジュースを口にする。
「あの。宝生さんはなんで隠をしてるんですか?あんなに強いのに」
1人の隊士が質問した。皆同じことを考えていたようで、聞かれた隠に注目する。
「宝生さんは、幼馴染みである時透様を追って鬼殺隊に来ました。最終選別を突破したのは彼女が先なので、実際は時透様より先輩になります」
別の隠が口を開いた。
「皆さんが今日目の当たりにされた通り、宝生さんはとても強いです。…もうあれから何ヶ月も経ちますが、この屋敷を襲った上弦の伍の鬼と、夜明けまでたった1人で戦うことができたくらいに」
「えっ、それってこの前霞柱が刀鍛冶の里で戦って倒した鬼ですか!?」
「はい。同じ鬼です。あの時は惜しくも逃げられてしまいましたが、宝生さんは大怪我や毒を受けながらも、あと一歩というところまで上弦の伍を追い詰めたのです」
ごくり…、と唾を飲む音がした。
「話が少し逸れましたね。…あれだけの強さです。時透様と同じ時期に、宝生さんにも柱就任の声が掛りました。しかし、彼女はあっさりとその話を断り、霞柱になった時透様の専属の隠として鬼殺隊に仕える道を選びました」
「どうしてですか?あんなに強いなら、一緒に戦ったら百人力な筈なのに」
「時透様をいちばん近くで支えるという決心が彼女にあったからです。栄養たっぷりの食事、温かいお風呂、清潔な着替え、ふかふかの布団。日常生活の基盤となるもので時透様を支えたいと考えたのでしょう」
「どうしてそこまで……」
隊士の問いに、隠たちが顔を見合わせて笑った。
「分かりませんか?愛ですよ、愛」
「あ、あい!?」
「そうですよ。宝生さんは霞柱様のことを本当に大事に想っています。それまでの暮らしも投げ出して、霞柱様を守るその為だけに。そんなの愛以外の何でもないでしょう?」
「もちろん宝生さんは、今ここにいる隊士の皆さんのことも大好きです。同じ隠の我々にもとてもよくしてくれます。他人に対する思いやりが人一倍強くて、愛情深い、本当にいいお嬢さんなんです」
わざと厳しい言葉を投げかける。容赦なく投げ飛ばす。
でもそれだけではなかった。一人ひとりを丁寧に観察して助言をくれた。できたことはちゃんと褒めて、笑ってくれた。
皆、湯呑みに残った梅ジュースを見つめる。
収穫した梅を丁寧に処理して、氷砂糖と交互に瓶の中に詰めていく茉鈴の姿が思い浮かぶ。梅シロップを炭酸水で割り、完成した梅ジュースを味見して、嬉しそうに微笑む姿も。
「さあ、あと1杯分ずつはありますよ。皆さんいかがですか?」
「「「いただきます!」」」
疲労回復効果のあるという梅ジュースを飲み干し、茉鈴の愛情たっぷりのその味に、隊士たちの胸が温かくなった。
『皆さん、お昼ごはんですよ!』
先程の着物の上から割烹着を着た茉鈴が、普段通りの変わらない笑顔でお盆を抱え、道場に顔を出した。
「うおおお!」
「宝生さあぁぁん!」
『わ!?』
先程の隠の話をきっかけにますます茉鈴への好感度が上がった隊士たちが彼女を取り囲む。
「梅ジュースありがとうございました!」
「めちゃくちゃ美味かったです!」
「俺たちも何か手伝います!」
『あ、えっと…?よかったです。…そしたら、お食事の部屋に料理を運ぶの手伝ってもらっていいですか?』
「はい!喜んで!」
ドタドタと隊士たちが駆けていく。それを見送り、茉鈴が微笑んだ。
料理を運び、食器を並べて、席に着く一同。
「「「「いただきます!」」」」
『どうぞ、たくさん召し上がってね』
茉鈴が笑った。道場での凛とした顔や挑発するように口角を片方だけ上げた顔とは異なる、優しい笑顔だった。
「美味い!」
「最高!」
皆が口々に叫ぶ。
「おい!」
『伊之助くん。どうしたの?』
口の周りにたくさんの食べかすをつけた伊之助が茉鈴の腰掛けたその目の前にやって来た。
「“宝石祭り”、お前やっぱすんげえ強いんだな!悔しいが認めてやる!」
「ちょ、伊之助なに偉そうなこと言ってるんだよ!失礼だな!しかも名前!“宝生茉鈴”さんだって」
ろくなことをしない、と予想してついて来た善逸が、慌てて横から伊之助を窘める。
『いいのよ、善逸くん。…ふふふ。“宝石祭り”だって』
特に気を悪くした様子もなく、茉鈴が笑った。彼女からは、炭治郎のそれとはまた違った優しい音がしていた。
『ね?伊之助くん。言った通り私、強かったでしょ?』
「ああ、すげぇ!俺様の大事なツヤツヤのどんぐりやるよ!」
「は!?どんぐりとか要らんだろ!」
『いいの?ありがとう。綺麗ね』
「え、受け取るんだ……」
伊之助からもらったどんぐりを、茉鈴は丁寧にハンカチに包んで割烹着のポケットに入れた。
『どんぐりのお礼に、お夕飯に伊之助くんの好きなもの作ってあげる。何がいい?』
「本当か!?天ぷら食いてえ!」
『分かった。じゃあ、午後の稽古も頑張ってね 』
「任せとけ!」
稽古の初っ端から茉鈴にひっくり返された伊之助。少し凹んだような音をさせていたが、すっかりご機嫌になったようだ。
茉鈴も隊士たちと食卓を囲み、色々と話しながら昼食を終えた。
片付けも隊士たちが手伝ってくれたので随分早く終わった。
午後の稽古。再び茉鈴と手合わせをする隊士たち。
梅ジュースの疲労回復効果か、栄養たっぷりの食事のおかげか、その両方か。今までよりももっと稽古に身が入る。
しばらくして、ようやく無一郎が道場に顔を出した。
目を見張るような隊士たちの成長に、無一郎はとても驚き、それと同時に嬉しくなった。
「あっ、霞柱!」
「お疲れ様です!」
「みんなもお疲れ。茉鈴、ありがとう」
『いいえ。それじゃあ、私はこのへんで。皆さん頑張ってくださいね!』
「「「「ありがとうございました!」」」」
茉鈴が笑った。覆面をしていない彼女の笑顔は破壊力が凄まじかった。
「…さあ、みんなどれだけ僕が言ったことをできるようになったか見せてもらうよ。…いくよ!」
「「「はい!!」」」
掛け声と、木剣のぶつかる音、床を裸足で踏み締める音が、夕食の時間まで道場いっぱいに響いていた。
続く