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俺は頭を掻いてから、ドアをまたノックしてから少し開けた。
「音星。いいかな? 朝食の時間だけど……」
部屋の中には、ジャージ姿の音星が布団の中で二度寝をしていた。
健やかな寝息が聞こえる。
「あ、着替えたんだ……」
そう言った俺は、音星の部屋から、鼻をくすぐる香水かなにかの良い匂いに顔を赤くしていた。
「早く来いよ。じゃ」
きっと、疲れてるんだな。
俺は音星をそっとしてやって、一階へと降りていった。
再び花柄のテーブルへ着こうとしている途中で、廊下で知らない男とすれ違った。
「やあ、おはよう。君が確か火端くんだね」
知らない男は、理知的な目鼻立ちの中年で、背が俺より高く背広こそ着てないが、大きな会社に通っていそうだし、そこで部長とか社長とか。とにかく偉い人のようだった。
俺は頭を即座に下げ、
「あ、おはようございます。谷柿さんですか? それとも、古葉さんですか? 俺、まだ居候してから一日しか経っていないので」
「あ、そうだったな。ふむ。私は谷柿だ。これからよろしくな」
俺は何ていうか、気恥ずかしさを覚えた。
「あ、あの。朝食はもう?」
「いや、その前に用足しだ。失礼」
「そうですか」
俺はその時、ジャージ姿の眠そうな顔の音星が、一階へゆっくりと降りてくるのを見つけた。
「あ、音星。まだ寝ていても良かったんだぞ。朝食なら俺が二階へ持って行ってやるぞ。まあ、たぶん。どのみち、おじさんかおばさんが持って行けっていうんだろうけど」
「ええ。ええ。火端さんありがとうございます。谷柿さんもおはようございます」
「おはよう。巫女さん」
――――
音星とテーブルに着くと、もう一人のお客さんの古葉さんが廊下から歩いてきた。
「おはよう。巫女さん……誰? そいつ?」
「あ、俺は火端 勇気です」
「ああ、新しいお客さんか」
古葉さんは、いわゆる不良のような人だった。だらしのないポロシャツを着ていて、髪はぼさぼさで茶色に染めている。
背はひょろ長いが、程よく筋肉がついたナイスガイだった。
歳は俺より上の大学生のようだ。
谷柿さんもやってきて、おじさんとおばさんもテーブルに着くと、平和な朝食が始まる。献立は大根の味噌汁に、ご飯。それと、海苔と漬物に、エビフライと玉子焼きだった。
俺のご飯だけ大盛りだったのは意外だったけど……。
「火端さん。あの……午後からは、この鏡でまた八大地獄へ行きましょう」
「ああ。あ、その鏡は? やっぱり普通の鏡じゃないんだろ?」
「ええ、この鏡は、浄玻璃《じょうはり》の鏡の欠片なんです」
音星は、古い手鏡をテーブルの上に置いた。
すると、みんなが朝食の手を止めて、一斉に鏡を覗きだした。
「じょうはり? ふっるい鏡だなあー。かなり昔からあるんだろ? これ? しかも、よく割れないよな」
「ええ。家の箪笥に大事に仕舞ってあったんですよ」
古葉さんが半ば呆れて言って、音星が受け答えした。
「家の箪笥にあったのか?」
「ええ。この鏡は、そう遠くはないご先祖さまの代から、いつの間にかあるんですよ」
「確か、浄玻璃の鏡って。閻魔様が死んだ人の生前の善悪を見極める際に使う鏡だったっけ?」
「ええ、そうなんです。それと、この鏡は欠片ですから、地獄と現世に共通して存在しています。なので、地獄とこの世を、行き来することのできる光触媒というものになるんですって」
テーブルの上の手鏡をおじさんが持ち出して、おばさんと覗きながら感心している。
「へえ。この鏡で地獄へねえ……」
「そうかい。大したものだな」
おじさんとおばさんが頷き合う。
俺は八天街の裏道にある神社の鏡も、これと同じ浄玻璃の鏡の欠片なんじゃないだろうかと考えていた。