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目を開けると、部屋の中は暗かった。
「え……もう夜?」
お薬飲んで眠っちゃったんだ……。
私は目をこすりながら仰向いた。最近ずっとそう……。寝てばかりなのに、朝になると眠くなる。せめて逆だったらいいのに。そしたらあんな悪夢ーー。
私はハッとして枕元の時計を見上げた。午前零時まであと少し。またあの声が私を呼ぶ!悪夢がやってくる。どうしよう、どうしたら……。
そうだ!私は転がるようにベッドから降りた。アーウィンに一緒にいてもらおう。そうよ。そうすれば、もし声が聞こえても連れて行かれないように止めてもらえるかも。夢じゃないって、証人にもなってくれる。急いで部屋を抜け出した。
寝てるよね。私は、アーウィンの部屋の前で少し躊躇った。起こすのは気が引けるけど……。コンコン。控えめにドアをノックしてみる。……返事がない。
「アーウィン……」
コンコン。
「起きて……」
コンコン。今度はもうちょっと強く叩く。
「アーウィン、お願いがあるの!」
…………。返事はなかった。よく眠っているんだ。どうしよう……。しばらく迷った後、ノブに手をかけた。少しドアを開けて、ここらから声をかけるだけ……それならいいわよね?
自分に言い訳をしながら、ドアを押した。
「……アーウィン?」
ドアの隙間から呼びかけてみる。返事はない。
「アーウィン、起きてってば!」
やっぱり返事がない。困った……。すごくよく眠っているんだ。でも早くしないと、またあの声が……!
「…………」
思い切って部屋の中へ滑り込んだ。
「……いない?」
ベッドにアーウィンの姿はない。お手洗いかしらと思って、すぐに首を振る。ここにくる前にトイレの前を通ったのに、明かりはついてなかった。どこへ行っちゃったんだろう。こんな夜中に……。
戸惑って部屋の中を見回す。そう言えば、この部屋には初めて入る。前に一度覗いてみようと思ったところを見つかって、他人の部屋に断りもなく入ってはいけないと怒られた。それからは、一度も入ろうとしたことがない。
「……?」
私は首を傾げた。なんだろう。なんだか一瞬違和感が……。もう一度、部屋の中を見回す。別におかしなところなんてないわよね?すごく綺麗に整えられているし……。物が少なくて素っ気ない感じだが、アーウィンらし……。
「!」
ハッとした。
この部屋……照明器具がない。ベッドサイドにも、机の上にも。どこにもない。慌てて部屋の中を何度も確かめてみる。やっぱりどこにもない。
「…………」
で、でも……特別おかしいってことは無いよね?照明器具がないのは、きっと何か当然な理由があって……。そう思いながらも、奇妙な不安に襲われていた。安心できる材料を探して、目が部屋の中を彷徨う。
驚くほど飾り気のない部屋だ。物が少なすぎて、部屋の主人の顔が見えてこない。だから、不安な気持ちになるのかもしれない。この部屋で、唯一主の人格を感じそうなものと言えば……。
部屋の隅に置かれた机に近づいた。その上には、青い壺がポツンと置かれている。殺風景な部屋の中で、その壺だけは妙に鮮やかだ。蓋つきの壺で、とろりとした深い青の地に朧な白い花が描かれている。この花……バラかな。綺麗な壺。私は惹かれて、その壺の蓋を持ち上げた。
「……?」
壺の底に、白茶けた粉といくつかの小さな塊が積もっている。なんだろう、これ。何かを砕いて粉にしたもの?塊は白地にうっすらとした飴色をしていて……。
「何をしているんです?」
「!!」
咄嗟に戻した壺の蓋が、ガチャンと音を立てた。振り返ると、戸口にアーウィンがもたれ立っている。
「……アー、ウィン……」
どうしてだろう。アーウィンがいてくれたら心配ないって思っていたのに、それの姿を見たら不安と恐怖はさらに濃さを増した。腕を組んで戸口にもたれた彼は、うっすら笑みを浮かべる。
「無断で人の部屋に入るなんて、感心しませんね。そんな風に育てた覚えはありませんが」
「……ご……ごめ……んなさい……」
アーウィンの視線が、私の顔から青い壺へ移る。
「……中を見たのですか?」
「!」
彼の声は平静だった。声を荒げて怒られるよりも、私を震わせる。
「レナーー」
「見てないわ!」
叫んで否定した。
「見てない!暗くてよく見えなかったから!」
見てはいけない物なのだ。壺の中身の正体がわからなくても、それだけはわかった。
「……そう」
あからさまに動揺する私を見て、アーウィンは態度を変えない。それきり、黙ってしまう。
「…………勝手に入ってごめんなさい……。私、部屋に戻る……」
やっとそれだけ喉から絞り出すと、震えがバレないように下を向いたままドアへ足を向けた。
「その必要はありません」
「え……」
傍らを通り過ぎようとした私は、思わずその顔を見上げる。必要ないって……。
彼は腕を組んだまま、ふと廊下の方に目をやった。
「そろそろ呼ばれる頃でしょう?」
「!!」
「嫌、離して!!」
アーウィンは腕を掴み、居間へと引きずっていった。掴まれた腕が痛い。踏ん張ってみても、私の力じゃ敵うはずもなく床に引きづられていく。でも、彼は助け起こすことも離すこともしてくれない。そのまま、引っ張っていく。こんなの嘘!
アーウィンは厳しいところもあったが、基本的に過保護と言っていいくらい甘かった。こんな乱暴な扱いは、今まで一度だってされたことがない。何が起きているの?一体どうしちゃったの!?分からない!分かるのは、地下室へ近づいているということだけ。
「嫌!行きたくない!!私、そっちは嫌だ!!」
夢中でつかんだ電話台が倒れた。電話や花瓶がぶちまけられて、大きな音を立てる。
「静かになさい」
「何で!?アーウィン、一体どうしちゃったの!?」
私の質問には答えず、物置のドアを開けた。
「さあ、中へ」
「嫌!!お願い、離して!!」
必死に抵抗する私を彼は軽々と抱き上げると、地下道の扉を開く。湿った風と、微かに混じる血の臭い。ーー死の匂い。
パニックになって、アーウィンの肩にしがみついた。
「お願い!!私、もっと言うこと聞くから!!いい子でいるからやめて!!」
暴れる私の耳にそっと囁く。
「レナ。リズは一人でさぞかし心細いでしょうね?」
心臓が凍りついたかと思った。
「やっ……ぱり……」
声がガサガサと掠れる。
「やっぱり……夢じゃないのね!?リズはあそこに!!」
「自分で確かめなさい」
冷たく言って、私を地下へ突き落とした。短い階段を転げ落ちて、肩を強く打ち付ける。その痛みに追い打ちをかけるが如く、扉の閉じる音が響いた。
「!!」
駆け上がって、閉じた扉に縋り付く。
「アーウィン、開けて!お願い、開けて!!」
拳を打ちつけて叫んだ。
「お願い、開けて!!」
アーウィンが応えてくれることは無かった。扉は固く閉ざされたまま。
「どうして……?」
ドアにしがみついたまま、しゃっくりをあげる。
「どうしてアーウィンがこんなことするの?」
答える声はない。代わりにあの声が蘇った。
『リズは一人でさぞかし心細いでしょうね?』
「そうだ……リズ……」
ぐすっと鼻を啜り上げる。
「リズ……捜しに……行かなきゃ……」
リズは、私よりずっと怖い思いをしているはず。足だって怪我してる……。
ようやくドアから離れ、立ち上がった。固く閉ざされたドアを見上げた。どうしてアーウィンがこんなことを?一体どうしちゃったの?何が起こっているの……。
「…………」
ううん。今はそれより、リズのことを考えなくちゃ。きっと寂しい思いをしている。急いで捜さなきゃ……。