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当日の朝。レンさんとの待ち合わせの準備を早々に終えた俺は、朝食とコーヒーを準備していた。
テーブルの上に置いたスマホが通知を知らせて震える。コーヒーを置いたついでに通知内容を見る。表示されていたのは、
“誰か今日、空いてる?”
“先輩とシフト変わることになって、休みになったんだけど、”
“特にやることないから映画とかどう?”
グループチャットでの舘からのメッセージだった。
「いや、急やて。」
小さく呟くと同時に焼き終わりの音を鳴らすトースター。トーストをプレートに載せると、今度はしょっぴーの通知。
“深夜勤だったからこれから寝る”
“昼過ぎからなら空いてるから行く”
「ほんで空いてるんかい。」
“翔太わかった。康二は?”
…俺はこれから予定があるわけで。プレートをテーブルに置き、スマホを軽く握り直してゆっくり息を吐くと、漸くトークルームとキーボードを開く。
「──どう返すねん、これ。」
職場のホスト達と遊びに行きますなんて言ったら、2人はどう思うんやろ。少し考えて、打ち込む。
“ごめん。早めに仕事入ってるから時間的に無理や”
送信。既読がつくのは早かった。直ぐにしょっぴーから。
“は?日曜の昼だぞ?”
“お前適当言ってない?”
少しキツい言い方の指摘に、俺は眉を顰めた。
「本来なら、ほんまやったんて。」
ぽつりと呟いて、指を動かす。
“ほんまやって、シフト入ってんねん”
“ホスト以外の従業員で定期清掃と棚卸があんの”
そう続けて送信。少しだけの間。その沈黙が、妙に長く感じる。次に来たのは、舘からだった。
“そっか”
たった3文字。それだけで終わるかと思ったら、もう1つ続く。
“日曜でも忙しいんだね”
責めるでもなく、ただ事実を受け止めるみたいな言い方に、俺はスマホから視線を落として思わず小さく零れる。
「…2人して、そんな言い方せんでもええやん。」
舘は尚も続ける。
“また都合いい日あったら教えて”
“最近集まれてないし、3人でまた遊ぼうよ”
俺はしばらく画面を見つめたまま動けなかった。
(『3人で』って…そんなん、言われたら、)
自分都合の嘘を吐いてしまった罪悪感から胸の奥がずしりと重くなっていく。そんな中、今度はしょっぴーが続く。
“康二、また今度”
“仕事頑張れよ”
しょっぴーらしくどこかぶっきらぼうで、それでいて優しさが垣間見える一言。
「ほんま、あっさりやな。」
“ありがとう、ほんまごめんな”
“またタイミング合う時、連絡する”
“3人でまた遊ぼな!”
そして、会話の最後となった言葉が流れてくる。
“連絡待ってるね”
嘘を吐いてまで断ったことに、更に胸が痛む。スマホをテーブルを置き直し、コーヒーを啜る。
「…これで、ええねん…やんな?」
誰に向けたわけでもなく、強いて言えばスマホに…小さく問いかけた。
店内は静かで、外の喧騒が遠くに感じるくらい落ち着いていた。整然と並ぶ浴衣を一通り見渡して、レンさんは迷いなく1着を手に取った。
「俺はこれかな。」
「早ぁっ!?」
値段も見ずに彼が選んだのは濡羽色の浴衣。光の加減で黒にも紺にも見えるそれを、姿見の前で軽く合わせる。1度店員さんに預け、続けて選んだのは藍色地に白独孤の帯。
預けていた浴衣を再び手に取り、その帯をあてると店員さんが《とてもお似合いです。》と笑みと共に心底惚れ惚れしたような声音で褒め言葉をかける。レンさんは軽く頷くだけで、
「じゃあこれで。下駄は着付けの後で決めます。」
と手に持った2つを渡して長椅子に腰掛けて足を組む。
俺はというと、気になった浴衣はあるものの、恐る恐る見た値段に固まっていた。
「…なぁ、これ普通に高ない?浴衣ってこんなするもんなん?」
「そりゃ呉服店だからね。別にいいでしょ、俺が払うんだし。」
「そういう問題ちゃうって…。」
「何で?」
小声で問いかける俺の配慮も気にせず、きょとんとした顔で返され、ぐっと言葉が詰まる。
「…いや、なんか、落ち着かへんやん。」
「まだ全然時間あるから、ゆっくり選んだら?」
「それができたら苦労せぇへんて。」
どの浴衣を見ても、どうしても値段が先に目に入る。手に取っては戻し、また別のを見ては溜息が零れる。そんな俺の様子を見て、レンさんがふっと笑う声が耳に入った。
「ほんと面白いな、お前。」
「うっさいねん…。」
軽く睨むと彼が立ち上がり、1着に手を伸ばす。即決したように選び出したのは、紺青色の浴衣。そのまま俺を姿見の前に立たせ、背後からそれを俺の肩にあてる。
「うん…、これだな。」
「早いねんて。適当ちゃうん?」
「大丈夫、似合うから。」
「…ほんまにぃ?」
下からその浴衣を眺めると鏡越しにレンさんと目が合う。気まずくなって顔を逸らすと、《持ってて、》と俺に浴衣を持たせ、レンさんはもう1つ手に取ったのは人参色の兵児帯。
「これ合わせたらいい。」
「いや、それちょっと目立ちすぎちゃう?」
「お前、地味過ぎるの似合わないし。この帯、結び方で金魚の尾鰭みたいに華やかになるんだよ。試着で嫌だったら変えたらいいんだから。」
ちゃんとした理由を添えてあっさり言い切られて、俺は何も言えなくなってしまった。不意にぐい、と後ろから帯をあてるその状態は抱き寄せられているような感覚で、つい心臓が跳ねる。
「うん。いいじゃん?」
俺の肩越しにレンさんが覗き込む。距離、近い。耳元で声がして、つい漏れそうになる声を誤魔化すように首を振り、帯に触れる。
「…なぁ、ほんまに、これ似合うとる?」
「似合ってるよ?」
迷いのない即答。それだけで、胸の奥が妙にざわつく。
「、…ほな、これで。」
鏡越しに彼が満足そうに微笑んで頷き、そのまま着付け室へ向かう背中へついて行く。
「──ほんま、狡いわ。」
小さく零した声は、やっぱり届かない。