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「……ねえ、あいちゃん」「そろそろちゃんと、僕のこと“ご主人さま”って呼んでよ」

無一郎は笑っていた。

子どもみたいな、無垢な顔で。

でもその笑みの下には、あいを逃がさない冷たい支配があった。

あいは唇を噛み、声が出せない。

膝の上に置かれた無一郎の手は、まるで鉄のように重く感じられた。

「ほら、言って? 恥ずかしくなんてないよ」

「僕が優しくしてあげるから」

その声は甘くて、柔らかくて、命令に聞こえなかった。

けれど──それが一番恐ろしい。

拒否する余地を与えずに、“従いたくなるように”心を絡めとってくる。

「言えたら、撫でてあげる」

「よしよしって……ね、あいちゃんが好きなやつ」

あいの背中を、細い指が撫でる。

やさしい手。愛しそうな手。

けれどその温度は、皮膚の奥まで深く突き刺さって、心を揺さぶる。

「……言わないと、悲しいな」

「僕、こんなに大事にしてるのに。傷ひとつつけずに、やさしくしてるのに」

無一郎の声に、少しだけ“静かな怒り”がにじむ。

それは怒鳴るわけじゃない。

けれど、逆らえば取り返しのつかない何かを失う──そんな気配。

「僕に従えば、怖いことなんて起こらないよ」

「全部、守ってあげる」

「……だから、ほら。言って?」

「ねえ、“ご主人さま”って」

その瞬間、無一郎の手があいの喉元をゆっくり撫でた。

喉仏にそっと触れる、微かな圧。

それは命を握られている感覚──でも、やっぱり「やさしい」からこそ、逆らえない。

心が、崩れていく。

でもその崩れ方すら、彼の望む形にされてしまう。

「……ごしゅじん……さま……」

そう声に出した瞬間、無一郎の笑みが深まった。

「うん、えらい。すっごく、かわいいよ」

「ごほうびに、もっとやさしくしてあげるね」

その“やさしさ”が地獄であることを、あいはもう、わかっていたのに──

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