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「LINEで亮太さんにそのこと伝えたら『なら、どうすべきかわかりますよね?僕、待ってますから』とだけ送られてきて」
「だから、亮太さんが2番目に好きな銘柄を買ってすぐ帰ったんです」
俺の言葉が続くにつれ、尊さんの表情が険しくなっていくのがわかった。
「そうしたら……怒らせてしまって、酷い、暴言を浴びせられて……」
「……なんて、言われたんだ……?」
絞り出すような尊さんの声。
俺は震える声で当時の言葉をなぞった。
「……『なんでこれ買ってくるんですか?』とか『セブンスターがそこの店になかったのなら普通他のコンビニとか薬局回るでしょう?僕がわざわざ〝待ってる〝というヒントまで上げたのに』って、何時間も捲し立てられて……」
「他の店、回ればよかったんです。でも俺、急ぎすぎちゃって、他の店行ってる時間ないと思って『待ってますから』って言うのが『2番目の銘柄でいいですよ』の遠回しな言い方だと解釈しちゃったんです。俺の落ち度なんです」
「そんなわけないだろ」
尊さんが短く断じた。
けれど俺の話は止まらない。
「…それからも、些細なことで怒られたり、毎日、小さなことでもミスしたら、逐一指摘されて……1時間くらい説教されて、いつもごめんなさいって泣いて震えることしか出来なくて」
「でも、怒ったあとは普通の態度に戻ったり、優しくなったりして……当時の俺はこれが普通の付き合い方なんだと思ってて……。でも、周りの人に相談したときに、初めてそれが普通じゃない、モラハラだって気づかされて……」
「……とことん、最低だな」
「……でも、最初の頃は亮太さんと離れられませんでした。怖かったのもありますけど、束縛するってことは、自分のことが好きだからなのかなって、勘違いしてたんです。必要とされてるんだって……」
「そうやって束縛されることに慣れて、逃げられなくなっていったのか」
尊さんの分析は静かで、的確だった。
俺は情けなくて、自分自身が嫌になって俯いた。
「はい……っ、ご、ごめ、なさい。俺……みっともない、ですよね。あんな人に依存して……」
気付くと涙が瞼から溢れ、膝の上に落ちていた。
腕で乱暴に拭おうとするけれど、止まらない。
「……恋、そんな擦ると目赤くなるだろ。ほら、こっち向け」
尊さんに腕を掴まれ、強引に視線を上げさせられる。
尊さんの大きな指先が、目尻から零れる雫を丁寧に、壊れ物を扱うように拭ってくれた。
「っ……ずぅ、ずみません……ぐす……っ」
「バカ。謝ることじゃないだろ?」
「だ、だって……泣いちゃっ、て……尊さんの手、汚しちゃう……」
そんな俺の言葉を、尊さんは鼻で笑い飛ばした。
「俺にとっちゃ、ただの甘い水だ」
突拍子もないその表現に、涙で霞んだ視界が揺れる。
「……っ、俺が、ケーキだから……?ふふっ……」
「ああ、そうだよ」
尊さんの少しだけ悪戯っぽい笑み。
それを見た瞬間、緊張の糸が切れた。
すると、尊さんは俺の腰をぐいと抱き寄せ、空いた手で俺の頭を広い胸元へと招き寄せた。
すっぽりと腕の中に閉じ込められ、彼の鼓動が直接耳に届く。
「……っ?たける、さん?」
「……辛いこと、話してくれてありがとうな」
包み込むような抱擁。
「……お前は本当、真面目すぎるし、自分を責めすぎだ」
「……っ?」
背中をゆっくりと、大きな手が上下になぞる。
「今話したこと全部、お前が弱かったからじゃないってことだけは覚えとけ。追い詰められてたら、人は誰だって判断力が鈍くなる。当時のお前の傷は正論で片付けられるほど、簡単な話じゃなかったんだろ」
その一言が、ずっと俺の中にあった「自分がダメだったからだ」という呪いを解いていく。
尊さんの体温が、凍りついた記憶を溶かしていく。
「っ、たけ、る……さんっ……な、んで……っ、そん、なっ……や、優しい……ん、ですか……っ」
「好きな奴に優しくしない男がどこにいるんだよ」
「っ、は……っ……う、」
「俺はいつだってお前の味方だ。嫌なこと思い出したときは、俺に吐き出すなり甘えるなりしろ。お前は我慢しすぎなんだよ……泣きたいときは、好きなだけ泣けばいい」
「ぅぅ、っ、ぁ……う゛ぅ……っ……」
我慢しなくていい。
そんなこと言われたの、初めてだった。
いいや、尊さんには何度か言われた記憶はあるけれど
今この瞬間の「我慢しなくていい」は合図とも言えた。
俺の喉から堰を切ったように嗚咽が漏れた。
尊さんのシャツをぎゅっと掴み、子供のように声を上げて泣いた。
これまで一人で抱えてきた恐怖、後悔、悲しみ、そのすべてを尊さんの胸に預けた。
「たけるさん……っ、たけるさん……っ」
何度もその名前を呼ぶ。
そのたびに、抱きしめる腕の力が強まる。
尊さんは何も言わず、俺の嵐が過ぎ去るのをただ待っていてくれた。
「……頑張ったな、恋」
頭に置かれた手のひらの重みが心地いい。
尊さんの穏やかで、どこか懐かしい温もりを含んだ声が傷だらけだった俺の心の奥底まで
ゆっくりと、けれど確かに染み渡っていった。
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