テラーノベル
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千歳と星野さんの間に、このような会話があったそうだ。
「娘にね、スマホ買い換えろって何度も言われてるんだけど、スマホってありすぎて何買えばいいかすらわかんないのよね」
『へー、でもワシもわかんないな、和泉に選んでもらったし』
「LINEと、メールと、検索ができればいいんだけど、機能それくらいで安いのないかしらねえ」
『和泉に聞いてみようか?』
「和泉さん、詳しい?」
『詳しいと思う、こないだも子狐たちににインターネット教えてたし』
ということで、俺に話が来たわけだ。
「今の機種の後継機種を買うのが安牌だね、星野さんのスマホの機種わかる?」
千歳は首を横に振った。
『わかんない、ていうか今のスマホもあんまり使いこなせてないって』
「まあ、あの年代の人じゃな」
60代の人、ガラケーからスマホへの移行も怪しい人もいるしな。
『星野さん、わからないことは娘さんにいつも聞いてるんだけど、ネットとスマホのことはいつもすごく怒られるんだって。「なんでわかんないの」と「調べればわかるでしょ」ばっかり言われるから悲しいって』
「うーん、星野さんにはお世話になってるし、一度会ってスマホ見せてもらって、それで相談に乗ろうか?」
『おっ、頼む』
そう言う訳で、夕方に星野さんが家に来た。
『とりあえずワシの座椅子座って! 今お茶出す』
「ありがとね」
星野さんは千歳にお礼を言い、次いで俺に頭を下げた。
「本当すいませんね、よろしくお願いします」
「いえ、こちらもいつも野菜いただいたり千歳がお世話になってるんで……スマホ、機種わかりますか?」
「それが、説明書しまいこんじゃって、何にもわからないのよ……」
「スマホをお借りできれば、スマホの設定で見られます」
「もうお願いしちゃっていい? 特に見られて恥ずかしいものとか入れてないし」
星野さんは、そんなに軽々しく扱っていいのかと心配になるほど、気軽に自身のスマホを俺に渡してきた。
「では」
俺は、少し緊張して星野さんのスマホを受け取り、設定から機種を確かめた。
「BASIO3か……ちょっと調べますね」
俺は自分のスマホで機種名を検索し、後継機種を探した。
「あー、これ、かんたんスマホなんだ……後継の最新機種は……BASIO active2か、買い替えるならこれですね」
「ありがとう、スマホショップに行けば買えるかしら?」
「すぐに買えるかは在庫次第ですね、契約してるキャリアでの通販のほうが確実です」
星野さんの顔が曇った。
「娘もそう言うんだけど、スマホで検索以外のことは何をどうすればいいのかもうさっぱりわからないのよ……」
うーん、星野さんのスマホ理解度はどれくらいなんだ? そう言えば、星野さんのスマホ、Googleらしい検索アプリはあっても、Chromeやら何やらのブラウザアプリがないな……。
「失礼ですが、検索とブラウザの違いってご存知です?」
「なんにもわかんないわ」
「アプリのダウンロード方法はわかります?」
「なんにもわかんないわ」
#幽霊
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#日常
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わーい
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485
なるほど、それくらいの理解度か……。
星野さんはため息をついた。
「……娘に、何がわかんないの、ここに書いてあるでしょ、自分で調べてっていっつも怒られながらやってもらって……孫の写真もメールで送ってくれればいいのに、みてねってアプリ使えってずっと怒られてて……」
千歳が星野さんに気の毒気な目線を向けた。
『なんか、娘さんネットに関しては厳しいよな』
俺は星野さんに聞いた。
「娘さんって、私と同年代です?」
「もっと上よ、今36」
「娘さん、ネットには小さいころから触れてらっしゃる?」
「そうね、中学上がる頃からなんかやってはいたわね、テキストサイト? 作るとか、htmlがどうとかやってて、今はサイトデザインがどうとかいう仕事してて」
「ああー……それは……」
俺は額を抑えた。テキサイ世代、自分でも作ってる、今も似たようなことが仕事……それはもう相当の猛者だぞ!
俺は、星野さんを慰めようと思って言った。
「それ多分、娘さんは本当にネットがわからない人がわからないんですよ。私の世代よりよっぽどネットが整備されてない時代に、独力でモノになるまで学んだ人なんで、できない人のことがわからないんです」
「そうなの?」
星野さんは首を傾げ、千歳が俺に聞いてきた。
『すごい人ってことか?』
「うーん、何ていうかねえ、星野さんの娘さんが星野さんにネットを教えるっていうのは、ムキムキマッチョの歴戦の勇士がヒョロヒョロの運動神経ない初心者に教えてるみたいな、運動神経も体力もない人のことがわかんない人がひょろい人にスパルタで教えてるような、そんな感じだと思う」
『全然レベルが違うのか』
「そういうこと」
俺は星野さんに話しかけた。
「あとですね、娘さんが自分で調べろっていうのも、娘さんの世代の人はわからないことがあったらまず検索しまくって調べて、それでもわかんなかったら初めて人に聞くのがマナーって言うのが叩き込まれてるせいだと思いますよ」
星野さんは目を丸くした。
「そうなの……」
『へええ……』
千歳も驚いてるようだ。
みてね、というアプリを知らなかったので、俺は自分のスマホで検索した。
「みてねっていうアプリは、写真をたくさん共有するのにいいみたいですね。メールだとたくさん送りにくいし、お孫さんの写真はたくさんあるだろうから、全部見せるなら娘さんはみてねのほうが圧倒的に使いやすいんでしょうね」
「ああ、そんなこと言ってたわ……」
星野さんは思い当たるようにうなずいた。
「とりあえず、このスマホで次のスマホ注文するのと、みてねのダウンロード方法を教えますね」
「でも、スマホ変えたら写真とか全部なくなっちゃうでしょ?」
星野さんは眉根を寄せた。そ、そのレベルなのか!
俺は星野さんを安心させるように言った。
「データは古いスマホから新しいスマホに全部移せますから。アプリも移せます。まあ、その辺はスマホショップ頼ったほうがいいですけども」
「へえそうなの、変えたらなくなっちゃうと思ってたわ……」
星野さんは感心したようだ。
「LINEの移行もしたほうがいいですね、LINEはアプリの方で操作しないとこれまでのトーク履歴消えちゃうんで……いや、でもそれもスマホショップでやってくれるかな? とりあえず、やったほうが覚えるから、いっしょにやりましょう」
俺は星野さんににスマホを返し、できるだけ丁寧に教えながら、星野さんにスマホ注文とみてねダウンロードをやらせた。
星野さんがお礼を言って帰っていってから、俺は千歳にほめられてしまった。
『お前、教えるのうまいな』
俺は照れくさくなった。
「いや、星野さんはいい学び手だから。わかんないことをわかってたし、わかることが必要だって思ってくれてたからね。本当にダメなのはわかってないことをわかってなくて、わかることが必要だと思ってない人」
『へえー』
「ブラック企業時代の俺の上司がそれだったからさ、わからせようとしたけど全然聞かないから諦めたよ……」
当時の記憶が蘇って、俺は盛大にため息をついた。課長は途中で転職して逃げたので、俺が部長のお守りをさせられてたのである。
『ネット全然できなかったのか?』
「ネットもパソコンもスマホもぜーんぶダメ、ダメなことがまずいことだと認めようとしない、ネットとパソコンが必要なことを全部つまんないこと認定して俺にやらせる」
調査もプレゼン資料作成も原稿作成も事務仕事も全部俺の仕事だった。部長はプレゼンだけはやりたがったから、マウスクリックして進めれば大丈夫にしたパワポ資料をノーパソごと与えるのが度々だったんだけど、あの人左クリックも怪しかったからな。
千歳は顔をしかめた。
『クソだな』
「クソです。まあもう関わることはない人だからね、俺がいなくなったらおしまいの人だったんだけど、しーらない」
『お前がいなくなったのが一番復讐かもな』
「わりとそうかも」
俺と千歳は笑いあった。
後日、江井さん(新卒の俺に仕事教えてくれた後逃げた課長)と打ち合わせの機会があった。富貴さんとの間に無事に娘さんが生まれて、子育て大変ながらデレデレだそうだ。
「もうね、本当に目に入れても痛くないくらいかわいくて」
「おめでとうございます」
「あ、そう言えば、和泉くんは今の笠原さんのことって知ってる?」
笠原とは、俺がいた部署のクソ部長の名前である。
「いえ何も……退職してから、会社とは全く関わりないんで」
「あっそうなの……あの、和泉くんが退職してからあの部署の仕事全部止まってね。笠原さん、1人のみの部署に左遷されてて、完全に追い出し部屋だってよ」
「へえ……」
経営陣の親戚だって言うのにそんな扱いか、本当に学ぼうとしなかったんだなあの人。
「なんかね、和泉さんの後の人を使えないって怒鳴りまくってパワハラで訴えられて、降格かつ追い出し部屋らしい」
「わーお」
俺は実績なしに転職する勇気出なくて、3人分の仕事を必死でこなして、気がついたら部長の仕事を介護するレベルだったわけだが、他の人は別にそこまでする義理を感じないよな。
「和泉くんに聞かせたらスッキリするかなーと思って」
「いい気味だとは思いますね。まあ、私がいなくなって即クビだったらもっとスッキリしてましたけど」
俺のあとにパワハラ被害者が出てることを考えると、あんまりスッキリもできない。
「まあ、あの人給料はずっと出てるもんね、何もしてないのに」
「何もしないしできないのに、毎日会社行って何してるんでしょうね」
「それは知らないけど、定年後の再雇用希望してるって」
「面の皮が極厚……」
俺が思わずそう漏らすと、江井さんは爆笑した。
「絶対無理なのにねえ」
「それくらいでないと世の中渡ってけないんでしょうね」
まあ、もう二度と関わりたくないし、関わらなくていい人なのだ。俺は、千歳と、狭山さんやおっくんや今の会社の人たちみたいな、俺が好ましく付き合える人たちと、俺の人生を作っていくつもりだから。
コメント
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うわあ、この話、すごく沁みました……。星野さん世代の「わからないことがわからない」状態と、娘さん世代の「調べればわかるでしょ」の間にある埋まらない溝を、主人公がちゃんと翻訳してあげてるのが印象的で。特に「ムキムキマッチョの歴戦の勇士がヒョロヒョロの初心者に教えるみたい」って例え、めちゃくちゃ納得しました。クソ部長が結局何も学ばずに転落した対比も効いてて、読後感がスッキリしつつ考えさせられる。いい話でした。