テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
落ち葉踏む 君の隣を 歩きたい そんな願いが 秋空に舞う
【短歌をテーマにした物語】
秋の並木道を歩くたび、私は少しだけ勇気が欲しくなる。
赤や黄色に色づいた葉っぱが、風に吹かれて足元に舞い落ちる。踏みしめるたび、かさり、かさりと小さな音がした。
隣を歩く人がいたら、きっと楽しいだろう。
そんなことを考えながら、私はひとりで学校へ向かっていた。
正確に言えば、ひとりではなかった。
少し前を、同じクラスの佐伯くんが歩いている。
彼はいつも登校時間が早い。駅から学校までの道も、私と同じだった。
だから、朝のこの時間は、彼の後ろ姿を見つけることがよくある。
声をかければいい。
おはよう、と。
それだけでいいのに、私はいつも迷ってしまう。
友達と話しているときの彼は、よく笑う。授業中に先生から当てられて困っているときでさえ、最後には周りを笑わせてしまう。
そんな彼が、私は好きだった。
けれど、好きだからこそ、声をかけるのが難しい。
もし迷惑そうな顔をされたら。
もし、私だけが特別な気持ちを抱いていると知られたら。
考えれば考えるほど、足が前に進まなくなる。
今日も私は、彼の少し後ろを歩いていた。
すると突然、彼が振り返った。
「おはよう、花音」
「……お、おはよう!」
驚いて、声が裏返った。
佐伯くんは気にした様子もなく、私の隣まで戻ってきた。
「今日、寒いね」
「うん。朝は特にね」
「もう冬が近いのかな」
彼は空を見上げた。
雲の少ない、澄んだ秋空だった。
「でも、こういう道は好きだな。落ち葉がきれいだし」
「……私も」
本当は、景色だけが好きなわけではなかった。
この道を、君と歩けたら。
何度もそう思っていた。
それなのに、いざ隣に並ぶと、何を話せばいいのかわからない。
私は足元の落ち葉を見つめながら、必死に言葉を探した。
「佐伯くんは、毎朝この道を歩いてるの?」
「うん。花音もでしょ?」
「えっ、どうして?」
「よく見かけるから」
彼は何でもないことのように答えた。
「いつも少し後ろを歩いてるよね」
心臓が跳ねた。
気づかれていたんだ。
私は恥ずかしくなって、うつむいた。
「……ごめんね。なんか、声をかけるタイミングがわからなくて」
「なんで謝るの?」
「だって……」
好きだから。
そんな言葉を口にできるはずもなかった。
黙り込んだ私を見て、彼は少し考えるような顔をした。
それから、ふっと笑った。
「じゃあ、明日から一緒に歩こうよ」
「……え?」
「せっかく同じ道なんだし。俺も、花音と話してみたかったから」
聞き間違いかと思った。
私は顔を上げた。
「私と?」
「うん」
彼は照れくさそうに頬をかいた。
「クラスでは話すけど、朝はいつもひとりだったからさ。誰かと話しながら歩くのもいいかなって」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
明日から。
彼と一緒に。
そんなことが、本当にあっていいのだろうか。
「……うん。私も、一緒に歩きたい」
小さな声だったけれど、今度はちゃんと言えた。
佐伯くんは笑った。
「じゃあ、明日もここで会おう」
その約束をしただけで、目の前の景色がいつもより鮮やかに見えた。
*
翌朝、私はいつもより五分早く家を出た。
駅から続く並木道には、昨夜の風で落ちた葉っぱがたくさん散らばっていた。
約束の場所に着くと、佐伯くんはすでに待っていた。
「おはよう、花音」
「おはよう!」
昨日より少しだけ自然に挨拶ができた。
私たちは並んで歩き始めた。
かさり、かさり。
二人分の足音が、落ち葉の上に重なる。
学校のこと、昨日見たテレビのこと、好きな食べ物のこと。
話してみると、彼には知らなかった一面がたくさんあった。
実は甘いものが好きなこと。
休日には家で本を読んでいること。
冬になったら、駅前のカフェで温かいココアを飲みたいと思っていること。
私が知らなかった彼を、少しずつ知っていく。
それが、こんなにも幸せだなんて知らなかった。
「花音は、冬になったら何したい?」
彼が尋ねた。
私は少し考えた。
「……きれいなイルミネーションを見に行きたいかな」
「いいね。俺も見たいな」
そこで会話が途切れた。
言ってみようか。
もしよかったら、一緒に行かない?
でも、それはまるでデートに誘っているみたいだ。
どうしよう。
迷っているうちに、学校の門が見えてきた。
結局、私は何も言えなかった。
それでも、彼は別れ際に笑って言った。
「明日も一緒に行こうな」
「……うん!」
今度こそ、もう少しだけ勇気を出そう。
そう思った。
*
それから、私たちは毎朝一緒に登校するようになった。
雨の日には傘を並べて歩き、風の強い日には落ち葉が舞い上がるのを二人で笑った。
少しずつ、彼の隣が当たり前になっていく。
けれど、私の気持ちは変わらなかった。
彼が笑うたび、うれしくなる。
名前を呼ばれるたび、胸が高鳴る。
もっと一緒にいたい。
いつか、この気持ちを伝えたい。
十一月のある朝、並木道の木々はすっかり葉を落としていた。
「もう、秋も終わりだね」
私が言うと、佐伯くんは空を見上げた。
「そうだね。最初に一緒に歩いた日、覚えてる?」
「もちろん」
忘れるはずがない。
私がずっと願っていたことを、彼が叶えてくれた日なのだから。
「俺さ、あの日から朝が楽しみになったんだ」
彼は少し照れたように笑った。
「花音と話しながら歩けるから」
私は立ち止まりそうになった。
そんなことを言われたら、また好きになってしまう。
もう、とっくに好きなのに。
「……私もだよ」
どうにか、それだけ答えた。
冷たい風が吹き、私たちの足元を落ち葉が転がっていった。
私はその一枚を見つめながら、心の中でそっと願った。
冬になっても、春になっても。
季節が変わって、景色が変わっても。
こうして君の隣を歩いていたい。
いつか、友達という名前では足りなくなる日が来ても。
そのときも、君の隣にいられたらいい。
秋空はどこまでも高く、青かった。
落ち葉を踏みながら、私は君の隣を歩く。
ずっと願っていた、何でもない朝。
それは私にとって、何よりも大切な時間だった。
コメント
1件
水曜さん、お邪魔しますね。ああ、短歌がテーマの物語だったんですね!学生の頃のひとり歩き通いたいという感覚、そうあの距離が、本当に、静かに色いなあと温かくは鮮やかに見えました。花音の「あの一歩が」という感覚が胸を打ち、私がじんわっていったという熱心さが好きだ。彼が振り返って「おはよう」と言ってくれた距離、その距離を素直に伝えという、とてもいい文章でした。またお邪魔しますね🌷