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僕は宮野首くんに案内され、お店の外に建つ四阿に向かった。辺りは色とりどりの綺麗なバラとその香りに包まれており、こんなオシャレな場所と自分という存在が全く結びつかなくて、何だかひどく場違いな場所にいるような気がしてならなかった。
堂河内くんは「ちょっと待っていてください」と笑顔で言ってお店の方に引き返すと、ほどなくして白いポットと二つのカップを乗せたトレーを手にして戻ってきた。慣れた手つきで彼はカップに紅茶を注ぐと、「どうぞ」とテーブルを挟んで椅子に腰かける僕の前に静かに差し出す。
「ありがとう」
その姿が何だか様ってなって見えるのはどうしてだろう。彼の見た目の問題だろうか。野暮ったい僕と比べて、堂河内くんはスラっとしていて身なりも整えていて、やっぱりどこか女の子のようにも見える。いや、実は本当に女の子だったり――なわけないか。
「ん? どうかしましたか?」
僕のその視線に気づいた堂河内くんが、対面の椅子に腰かけながらそう口にした。
僕は取り繕うように「あ、いや、なんでもない」と答えながら目の前のカップに手を伸ばし、淹れてもらった紅茶を一口含む。
「――美味しい」
お世辞抜きに、彼の淹れてくれた紅茶は美味しかった。あいにくお茶についての知識は持ち合わせていないから、その香りや味から銘柄がわかるようなことはなかったのだけれど。
「本当ですか? 良かったです」
口元を綻ばせながら、彼は言う。
「最近、よく真帆ねぇに頼まれて紅茶を淹れるようになったんです。すぐに他人を使いたがる人だから、自分で淹れたら? って答えてるんですけど、そのたびにカケルくんの淹れてくれたお茶が飲みたいんですって言われてたら、なんか断り辛くって。僕もそんなにお茶に詳しくはないんですけど、最近は美味しいお茶の淹れ方ってのを調べるようになって」
ふうんと僕は鼻を鳴らすように返事してから、
「なんて言うか、堂河内くんって、優しいんだね」
「どうでしょう?」
堂河内くんは恥ずかしそうにはにかみながら、
「ただ、居候させてもらってる身だから、そのお礼くらいはしたいなって思っているだけですよ」
「そうなんだ」
「はい」
それから僕は、もう一口紅茶を飲んで、
「――そういえば、さっき見せてくれた魔法の話だけど」
「え? あ、はい」
「どうして、その――真帆さんにもバイトの人にも秘密にしているの? 両親や友達にも言ってないって言っていたけど」
すると堂河内くんは、少し困ったような表情を浮かべながら、
「何ていえばいいんでしょうか…… これという理由は、特にないんです。ただ僕は、普通に暮らしていたいだけなんです。魔女や魔法使いとしてではなくて、ごく普通の、ただの人として」
それは意外な言葉だった。だって、あれだけの魔法が使えたら物語の主人公になったみたいで楽しいだろうと思ったから。少なくとも、自分だったら小説のネタにできそうだからってだけで色々な魔法を試してみたいと思うのだけれど。
「それってつまり、堂河内くんは魔法がそんなに好きじゃないってこと?」
「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
堂河内くんは四阿の天井裏を見上げ、言葉を探すような仕草を見せてから、
「――興味がないわけじゃないんです。昔、僕がまだ小学生だった頃、真帆ねぇのほうきに乗せてもらって、空を飛んだことがあるんです。真帆ねぇの運転はとてもひどくて、その時は酔って降りた時に吐いちゃったんですけど、それでも魔法ってすごいな、僕にもこんな力があればいいのに、そう思っていたこともありました」
「それなのに、今はそうでもない?」
訊ねると、堂河内くんはこくりと頷いて、
「僕が魔法を使えることに気づいたのは、中学生になってからのことでした。当時入学した中学校ではいわゆる不良が何人かいて、そのうちの一人に運悪く絡まれてしまったことがあったんです。理由は身に覚えのないこと――その不良の彼女さんに僕がちょっかいを出したとか、そんな感じの理由でした。ある日突然、僕の教室にその不良が訪ねてきて、僕を体育館裏まで無理やり連れだしたんです」
「……それは、怖いね」
想像しただけでも身震いしてしまいそうだった。僕の通っていた駅前の中学校にもそこそこ不良と呼ばれる奴らはいたけれど、彼らと関わったことは一度もなかった。全校生徒数が千人近い、市内でもそれなりに大きな中学校だったから、悪そうな人たちを校内で見かけることも相対的に多かったような記憶もあるけど、彼らはただ仲間内で大騒ぎしているくらいで、無関係の人に絡んでいるところを見たことはほとんどなかった。
「はい、その時はとても」
と堂河内くんは自嘲気味に笑い、
「それで、何の話かよくわからないまま、彼は僕の胸ぐらをつかんで殴りかかってきたんです。僕は咄嗟に腕を伸ばして彼の拳を避けようとして――気づくと彼を、魔法で吹っ飛ばしていたんです」
「……それは、無意識的に魔法を発動させていた、っていうこと?」
堂河内くんはしごくまじめな表情で頷くと、
「――はい」
と答えてため息を漏らした。